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葵
2026-02-23 20:17:49
2674文字
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りゅうみこ
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優しい棘/頼灯
頼朝本編48話直後に龍宮に戻ってきた前提のSSです。がっつりネタバレしています。
お互い優しすぎて苦しくなっている…という感じの話なので、あまり明るくはないです。
結川、とこの場にそぐわないほどに落ち着き払った声音が、耳朶を打つ。
咄嗟に声がした方に目だけを向ければ、頼朝さんと視線がぶつかった。そして次の瞬間、彼が紡いだ言葉に、おそろしい予感がたちまち身体中を駆け巡る。
決して、私と天秤にかけて良いような秘密じゃなかった。それは頼朝さんにとって、この世界で『源頼朝』として生きるために必要で、何よりも重いもの。
(頼朝さんだって、真実が明るみに出るのを望んでいなかった)
それなのに今、頼朝さんは選ぼうとしている。
――
私を助けるために、最悪の道を。
彼は優しすぎるから、きっと自分自身がどうなろうとも構わない。だから、どうしても止めたかった。
けれど私の必死の訴えは、頼朝さんには届かない。言葉を尽くしても無理ならば、飛び出して行って彼の口を両手で塞いでしまいたかった。
羽交い絞めされていて、身動き一つ取れないくせに。無力感に打ちひしがれ、顔をくしゃりと歪めたその時だった。
凛としたまなざしが、不意にふっと緩められた。
もういいのだと私を宥めるみたいに、それでいてまるでその身に課せられた運命を受け入れたように凪いだ表情を湛える頼朝さんの姿に、目の前が真っ暗になる。
(ダメ
……
!)
「自分もこの世ならざる者である」と、彼が隠し続けてきた秘密を明かす姿を、なすすべもなく見つめることしかできなかった私の心に焼き付いたのは
――
途方もない後悔と罪悪感だった。
****
「
――
っ!?」
水底から一気に引き上げられるような衝撃が全身に走り、一瞬呼吸が止まる。
喉が詰まるような息苦しさに思わず飛び起きれば
――
視界に飛び込んできたのはあの浜辺ではなく、龍宮の自室の壁だった。
「夢
……
」
ドクドクと早鐘を打つ心臓の鼓動が、耳の奥で響いている。肩で息をしながら零した声は、我ながらひどく掠れていた。
――
龍宮に帰ってきてから、何度もあの瞬間を夢に見る。
頼朝さんが真実を告げた次の瞬間、私たちの意識はこちらに戻ってしまったから、その後どうなったのかわからない。
(でも
……
私のせいで、頼朝さんに秘密を暴かせてしまった事実は変わらない)
悔いたところで時間を巻き戻せないと知りながらも、日々胸のうちで膨らんでいく自責の念で、呼吸が出来なくなりそうだ。
こうして私が自分自身を責めることを、頼朝さんは望まないだろう。そう頭では理解していても、感情が追い付かない。『あの時ああしていれば』と、後悔ばかりが募っていく。
「
……
外に行こう」
一人でいると、どんどん良くない方向に思考が沈んでしまうから。夢の残滓を追い払うようにかぶりを振って、私はベッドから抜け出した。
****
身支度を整えて部屋を出た私は、あてどなく龍宮を歩いていた。
途中出くわした精霊のみんなと言葉を交わしながらも、頭に浮かぶのは頼朝さんのことばかり。
合わせる顔なんてないくせに、ふとした瞬間に頼朝さんが苦しんだり傷ついたりしてないか気になってしまう。せめて龍宮にいる間だけでも、心穏やかに過ごして欲しいと願ってしまう。
そうやって思いを巡らせているうちに
――
足は自然と鍛錬場に向いていた。
(
――
いた)
「ふっ
……
はあ!」
風を切る音に混ざり、勇ましい声が耳に届く。
龍宮特有の柔らかな朝日を浴びながら、一心不乱に刀を振るう頼朝さんがそこにいた。
目的を曲げずまっすぐに生きる
――
頼朝さんそのもののような、迷いのない太刀筋。素人目に見ても、一朝一夕で身についたものではないとわかる。
頼朝さんがいつから桜霞の世界で『源頼朝』として生きることになったのか、私は知らない。けれど、あの乱世で源氏の棟梁として生き抜くために、不断の努力を重ねたに違いなかった。
平和な世界に生きていれば触れるはずもなかった刀を、その手に取って。頼朝さんはどんな思いで今まで
――
「
――
結川」
「っ
……
!?」
不意に耳慣れた声に名を呼ばれ、はっと我に返る。
知らぬ間に俯けていた顔を上げると、刀を鞘に戻した頼朝さんが確かな足取りでこちらへ向かってくるところだった。
「すみません、鍛錬の邪魔をしてしまいましたね」
「いや、そろそろ休憩を取ろうと思っていたところだ。朝が早いんだな」
まさか気づかれると思っていなかったから、全然心の準備ができていない。
ついぎこちない口調になってしまった私に対して、頼朝さんはいたって冷静だった。
「今朝はたまたま早く目が覚めてしまって
……
」
そう口にした瞬間、夢の内容が頭をよぎり、思わず頼朝さんから視線を逸らしてしまう。
後悔、罪悪感、無力感
――
どうしようもない感情が波のように押し寄せてきて、胸が潰れそうになる。何事もなかったかのように振る舞うことなんて、私にはできそうにもない。
消え入るように言葉が途切れ、私は俯いたまま口を噤んでしまった。
「
――
結川、顔を上げろ」
鉛のように重苦しい沈黙が、私たちの間に横たわる。永遠にも感じるほどに長い
――
実際は数十秒に満たなかったのかもしれないけれど
――
それを先に破ったのは、頼朝さんの方だった。
彼の言葉には、力がある。言われるまま顔を上げれば、幼子を諭すように眉を下げた頼朝さんと視線が重なった。
「
……
あの時のことは本当に、お前が気にすることではないんだ」
まるで私の心を読んだかのような頼朝さんの言葉に、息を呑む。再び彼の優しさに守られる予感に、言いようのない焦燥感に駆られる。
「でも、私が捕まらなかったら頼朝さんは」
考えがまとまらないまま口をついて出た発言を制するように、頼朝さんが私の両肩に手を置く。誠実を宿した碧の瞳が、しっかりと私を捉える。
「言っただろう。お前を矢面に立たせてまで、しがみつくべきものではないと」
「それでも私は
……
っ」
頼朝さんに全てを背負わせたくなかったなんて、どの口が言えるのだろう。頼朝さんの抱える秘密や苦悩に気づけなかった私には、この思いを伝える資格はない。
途中で声を詰まらせた私の胸のうちを見抜いたのかもしれない。私の肩から手を放すと、頼朝さんはふっと目元を和らげた。
「ありがとう。結川は優しいな」
(
……
頼朝さんの方が、ずっとずっと優しいのに)
囁くように落とされた声があんまり優しくて、思わず視界が滲む。
でもここで泣いてしまったら、私は私を許せなくなってしまいそうだから。決して涙が零れ落ちないように、ぎゅっと目を瞑ったのだった。
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