「オラ、かっちゃんって言ってみ」
ふわりと身を包む浮遊感に続いて、優しく向けられる聞き知った声。目の前には僕を映す赤い瞳と、きらきらと光を弾くミルクティー色の髪。
かっちゃんだ。
思わず目を細めると、ゆっくり距離が近づいて、そのままそっと抱き寄せられた。
「
――……」
かっちゃん。どうしたの。もう機嫌直ったの?
かっちゃんの表情はいつになく柔らかくて、浮かべられる微笑みは見たこともないくらい優しかった。
かっちゃん。
かっちゃん。
昨日はごめんね。僕が変な意地をはったばっかりに
……。
「にゃあ、じゃねンだよ」
「
……?」
背を撫でる手のひらが温かい。僕はもっと撫でてと言わんばかりに、かっちゃんの首元に顔をすり付けてしまう。かっちゃんの匂いがする。心地いい。このままずっと浸っていたくなる。
――いや、そうじゃなくて。
「
……??」
「言ってみろよ、オラ。いつもはかっちゃかっちゃうるせぇくせに」
耳に届く声は言葉のわりにとても穏やかで、僕はまた嬉しそうに身を寄せる。
待って、なに? どういうこと
……?
頭の中とは裏腹に動いてしまう自分が理解できない。なんだか自分が自分じゃないみたいで、僕はいっそう混乱する。
けれども、そこではっとする。
そうだ僕、今朝、個性事故に
――。
「覚えてねぇなら世話してやるわ」
道に飛び出してきた子供とぶつかった拍子に、僕は強い光に包まれた。びっくりさせてしまったせいか、即時発動となったその個性に、確かに僕の記憶はそこで途切れていた。
「猫になっているときの記憶は残らないので」
その間に、そんな説明とともに、僕を託された相手がかっちゃんだったらしい。最初は当然のように嫌がっていたようだけど、もとに戻ったら全部忘れているという言葉を聞いて、渋々ながらも受け入れてくれたようだ。
「昨日のことは水には流さねぇがな」
顛末を知る瀬呂くんたちには「みみっちぃ」と言われていたけれど、それでもかっちゃんは僕を放り出したりはしなかった。
ということで、一時的に猫の姿になってしまった僕はいま、かっちゃんの膝の上で丸くなっている。これまでまともに入ったこともなかった、かっちゃんの自室で。
それだけじゃない。戻るまでに一週間はかかるということで、今夜もきっと(なぜそこまでしてくれるのかはわからないけれど)かっちゃんの
――一緒の布団に入るのだ。そうなると僕はもう、その温かな腕の中、柔らかなかっちゃんの匂いに包まれて、あまりの心地良さにうとうとと目を閉じるしかない。
かっちゃんが寝たら抜け出そうなんて目論見は、それこそ夢のまた夢となってしまう。
ああ、そうか。覚えていないっていうのは僕にとっても好都合かもしれない。
だってこんなの知っちゃったら、僕
……。
END?
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