雲ひとつない青空の下、俺と逢さんはベンチに並んで座って煙草を吸っていた。何を話すでもなく、二人ともが疲れた顔で、ただぼーっと煙を吐き続ける。俺のお腹が鳴りでもしたらちょうどいいキッカケとして立ち上がることができるんだろうけれど、今はお腹も疲れ果てて動けないらしい。
昨日の夜は強行部の代行現場でちょっとしたトラブルがあり、事務所に残っていた俺が社用車を出して送迎をしたあとそのまま報告書を作成し、すでに帰っていたはずの逢さんが別件で急ぎの契約書を作るために夜中に事務所に来たから先にそちらのフォローをし、それが終わってから後回しになっていた自分の業務をやろうとしていたら今度は逢さんが手伝ってくれて、結局昨日の終電前までに終わらせるはずだったものが全て終わった頃にはすでに始発が出ている時間すら過ぎていた。
今日は休みだからもう帰って寝てしまえばいいんだけど、すこし休憩をしたかった。事務所内は禁煙だから一服するには喫煙所に行かなければならない。面倒臭い、と、煙草を吸いたい、が俺の頭の中で戦っていたところで、逢さんがぽつりと「煙草吸いに行くか」と言ったから、俺は反射的に「はい」と答えていた。さっきまで指先一本すら動かしたくなかったのに逢さんに誘われた途端簡単に立ち上がることができて少し笑ってしまう。
行きましょうと事務所の扉を開いた俺の横を通り過ぎる時、逢さんが俺の手を掴んで引っ張った。えっ、と声を上げて、でも全く抵抗はせずに、引かれるまま逢さんの後をついていく。喫煙所を通り過ぎて階段を上っていく逢さんの背中をただ見上げていた。
そうして辿り着いた屋上で、俺たちは無言のままベンチに腰掛けた。朝早い時間帯のおかげかいつも遠く聞こえる下の方からの騒めきもほとんどない。静かな朝の空気を二人占めだ。
「はぁ……。由鶴、今日だけで疲れがとれないようなら明日も休んでいいからな」
「……ありがとうございます。でも、大丈夫です。帰ったらすぐ寝るので」
「食事もしっかり摂るように」
「はい。逢さんも」
ブブッとスマホがポケットの中で震えた。俺は言葉を止め、はぁとため息を吐く。逢さんが慰めるように笑った。
手の中にはさっき新しくつけたばかりの煙草がまだあって、逢さんの手元を見るとそちらはもう短い終わりかけの煙草だった。俺の視線に首を傾げる逢さんへ笑みを返し、俺は吸っていた煙草を逢さんの唇に挟んだ。
「ちょっと預かってて」
スマホを取り出しながら立ち上がり、屋上をぐるりと歩いて柵にもたれかかる。こんな朝早くにかかってくるくらいだから緊急の要件かと思ったけれど明日対応すれば大丈夫そうで安心した。とりあえずの対処法と、報告をきちんと受けたことを伝え、電話を切って体から力を抜く。
ベンチに戻ると逢さんはあまり長さの変わっていない煙草を持ち、俺を見上げて座れと言った。元通りに隣に座ると俺が預けた煙草がすぐに唇に戻ってくる。慌てて指で挟み、逢さんの顔を見た。俺から目を逸らした横顔が淡く色付いている。
「え」
苦手な味でしたかとか、そんなことを言って謝ろうと思っていたのに。俺は目を見開いたまま次の言葉を紡げなくなってしまった。なんで、そんな可愛い顔をしているんだ。
十数秒経ってからチラッと俺に視線をやった逢さんは、すぐにまた目を逸らして拗ねたように唇を尖らせた。
「おまえの熱が残っているのに苦いばかりで、……キスをしたくなった」
いくら他に人がいないからってここは外みたいなものなのに、ひやりと心地良い朝の空気にぽつりと落とされたその声はひどく熱っぽい。
取り落としそうになった煙草を迷いなく灰皿に捨てれば逢さんがふと顔を上げた。煙草を吸った後すぐにキスをするのはやめようと決めたのはお互い好みの煙草の味が違って、俺とのキスの味が少しでも嫌なものに思われたくなかったからだけど、今はもう、そんなのどうだってよかった。
「すみません、一回だけ」
最後まで言い切る前に口付け、煙草の風味が残る彼の唇を舌先で舐めた。煙草を吸って誤魔化そうとした疲れはこの一瞬でどこかに消え去った気がした。
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