toko-honey
2026-02-23 10:24:28
3153文字
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結んでほどけて2【解ける】

レオン×タクミ。タクミの髪をきっかけにレオンがタクミに惹かれていくお話の第2話。1日1話の連載で全7話です。
Japanese Only
#leokumiweek2026

2.解ける

 レオンは強い風を感じた。わあわあと騒ぐ声が聞こえ、読んでいた本から顔を上げる。
 騒ぎ声の発生源は、今座っている場所の正面にあった。暖かな日の光の下、何枚もの洗濯物がばさばさと風に巻き上げられている。洗濯ロープから離れて宙に舞いそうになった洗濯物をフェリシアがあわてて押さえ込み、フローラがそれをフォローしていた。
「あああ~~、飛んで行っちゃいます! 飛んで行っちゃいます~! どうしましょう~!」
「すぐに洗濯バサミで止めておかないからよ。ほら、ここをこうして」
「うぅぅ、ありがとうございます~」
「あら、そっちはまだ放しちゃダメよ」
「はわわっ! すみませ~ん」
 星界の拠点ではよく見る光景だった。とても戦時中とは思えないほどここの空気は日常的だ。
 レオンは本に目を戻して続きを読み始めた。だが、文字が頭に入ってこないことに気付いて読むのを止めた。
 読書の集中が途切れたのはフェリシアが騒いだからではない。ひるがえる洗濯物の中に白夜の弓兵の装束を見つけてしまったからだ。レオンは文字の列に目を落としたまま顔をしかめた。できれば思い出したくなどないのに、タクミのことを思い出してしまっていた。
 無限渓谷で喧嘩腰の初対面を果たして以来、レオンとタクミの間には険悪な空気が流れていた。
 歩み寄りは不可能だった。タクミは暗夜の人間のことは信用しないと頭から決めてかかっているようだし、レオンもそんな幼稚な考えを持つ人間をまともに相手にしたくはなかったからだ。
 これが二度と顔を合わせないような、どうでもいい相手だったらさっさと切り替えることもできたが、そうもいかない。同じ拠点にいる以上その姿をちょくちょく目にするし、何なら軍議の場では同じ部屋の中で顔を突き合わせていた。
 この前の進軍ルートを決める軍議では、タクミは想定している林道よりも、もっと深い森を突っ切る方がいいと提案した。利点として時間の短縮を挙げていたが、レオンはその案を真っ向から否定した。歩兵と騎兵の足並みがそろわないことと、伏兵の危険性があること、それから地形の調査が不十分だという理由からだった。
「奇抜な案を出すのはいいけれど、実現性を考えているのかな。全体が見えていない人間が上に立つと、下の人間が苦労するよね」
 レオンが不満顔のタクミに向けてそう言うと、彼は眉をつり上げてにらみつけてきた。何か言おうともしていたがその前にリョウマに制されて口を閉じ、悔しそうにしていた。
 後でカムイに「あれは言い過ぎです。言われた方の気持ちも考えてください」などとたしなめられた。だがレオンとしては本当のことを言っただけだ。なぜたしなめられるのか意味がわからない。
 タクミはレオンが何か言うと大抵にらんでくるが、何か言う前でも不機嫌そうな顔をしていた。話す必要があるときもぶっきらぼうな口調だ。レオンだけでなく暗夜人全員に対して多かれ少なかれ同様の態度を見せているようだったが、レオンに対してはひときわ顕著であるように思えた。
 レオンが唯一タクミの不機嫌でない顔を見たのは、今のところ無限渓谷でタクミを助けてやったあの一瞬だけだ。
 タクミもあの時危ないところを助けてもらったとわかっているはずだ。それなのにいまだに礼のひとつも言わず、こちらが何か言うと険しい目つきで睨んでくる。助けた直後は安心したような顔をしていた癖に、どうしてもレオンに助けられた事実をなかったことにしたいようだった。

 先ほどよりも強い突風が吹いて、また正面で騒ぐ声がした。洗濯物がまたもや飛んで行きそうになっているのだろう。さっきとは違ってフェリシアやフローラの声の他に、男の声も混じっていた。人数が増えた分、さっきよりもうるさい。
 人手がいるようなら手を貸してやろうかとレオンが顔を上げかけると、何かがこちらに向かって飛んで来るのが見えた。直後に視界が塞がれる。
「うわっ! なに!?」
 風圧でレオンの顔に布がぺたりと貼り付いていた。飛んできた洗濯物だろう。驚きつつ手に取ってみると、それは赤くて細長い布だった。リボンのような形状をしている。どこかで見たことがあるような気がした。
 果たしてどこで見たのだったろうかと赤い布をしげしげと眺めていると、声がかけられた。
「あのさ、いつまで持ってるつもりだよ」
 その不機嫌そうな声にはものすごく聞き覚えがあった。タクミだ。レオンの読書の邪魔をした張本人だった。
 レオンは片方の口の端を上げた。心理的にだけでなく物理的にも邪魔をされたことに文句を言ってやらねば気が済まなかった。タクミはどう返してくるのだろう。すぐに怒り出すだろうか。それとも屁理屈を返してくるだろうか。
 そう思いながら顔を上げ、レオンは言葉を発する前に固まってしまった。
 タクミの不機嫌そうな顔はいつもと変わらない。だが、いつもは二箇所できっちり結ばれているタクミの長い髪が、両方ともほどけて肩に垂れていた。髪型が違っているだけなのに、一瞬誰だかわからなかった。
「返せよ、それ」
 タクミが近付いて見下ろして来るのにも反応できなかった。
 少し前屈みになったせいで髪はさらさらと流れてタクミの頬にかかり、不機嫌そうな顔に柔らかい印象を与えている。色素の薄い髪が風を受けて軽やかに広がり、日の光を透かしている光景も現実ではないようで、そこだけ別世界に見えた。
「聞いてるのか?」
 不機嫌というより怪訝そうな顔と声で聞かれ、レオンは我に返った。手の中の赤い布をどこで見たのかも思い出す。いつもぎゅっと結ばれたタクミの髪の根本を飾っている髪紐だった。
 レオンは無言で布を差し出した。タクミは怪訝そうな顔から困惑した顔になって受け取り、斜め横を向くと手の中で布をもてあそびながらぶつぶつとつぶやき始めた。
「僕が洗った髪を乾かしてる間に、フェリシアが洗濯物と一緒に髪紐まで持って行っちゃったんだ。代わりを持っていないから困ってあちこち探してさ、やっと洗濯物として干されているのを見つけたんだ。それなのに今度は風で飛んで行っちゃって……
 聞いてもいないのに細かい事情を話すのは、レオンの反応が意外すぎて困惑しているからだろう。
 レオンの方でも、黙って素直に布を返したのは自分らしくないなと思っていた。
 いつもの自分なら「持ち物の管理がなっていないなんて王族として示しがつかないんじゃないの」とか、「代わりがないなら白夜の下着の布でも巻いておけばいいんじゃない? 形は一緒だろ」とか、タクミが怒るような一言を言ってのけている場面だ。そうして怒らせたところで、持っていた布をわざと手放し、また風に飛ばされるのにタクミがあわてる様子を見て楽しんだかもしれない。
 だが、今はそこまで頭が回らなかったし、それが楽しいことだとも思えなかった。下ろしたタクミの髪がさらさら揺れるのに気を取られてそれどころではなかった。斜め横を向いているせいでタクミの顔もそれを縁取る髪もよく見える。腰の近くまである長い髪とは別の、肩口で切りそろえられた髪を見て、結んだときのぴんぴんはねたてっぺんの髪は実はこうなっているのかと納得もした。
 レオンが黙って見つめていると、タクミは居心地が悪くなったのか何やらもごもご言ってその場を立ち去った。去り際の彼はいつもどおり不機嫌に見えたが、初めての経験に戸惑っているようにも見えた。
 レオンは去って行くタクミの後ろ姿をしばらくながめていた。また強い風が吹いてきてタクミの長い髪がしなやかに舞い上がる。それと同時に洗濯物も風にあおられて、レオンの視界からタクミの姿を隠した。