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やまだ
2026-02-22 21:51:51
2142文字
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アークナイツ
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2024.11.05 ロゴ博 鉛筆の話
「私の気のせいでなければだが、ロゴス」
ドクターは指に挟んでいた鉛筆をくるっと回した。
「近頃やけに君と顔を合わせる機会が多いようだ」
「然り。その認識は正しい、ドクター」
ドクターは仕事中だ。仕事中だが、ちょっと気分転換がしたくなり、クルビアの新聞に載っていた数学パズルに挑むところだった。
国ごとで仕分けてある新聞を取ろうと椅子から立ち上がったところ、ちょうどドアをノックされたのだ。入室を許すとドアの隙間からするりとロゴスがやって来た。彼もまたクルビア語の新聞を手にしていた。
そんなわけで、備えつけのソファーに向かいあって座りながらふたりで黙々とパズルを解くことになったのだ。ドクターはすべて解き終わったが、ロゴスのほうはあと数問残っているようだ。
新聞を見つめるロゴスが片手でくるっと回すのはバンシーの骨筆ではなく、ドクターが貸した鉛筆だ。
「かねてより、うぬと旧交を温める機会を望んではいたのだ。だが
……
」
「だが?」
「やはりケルシー先生やアーミヤの心情を優先すべきであろう。不粋をする趣味はない」
そうか、とドクターは呟いた。そうする以外なかった。彼の望む旧交は、ドクターにとっていまだ掬い上げること叶わぬ暗闇の底に沈んだままだからだ。
過去の自分が犯した大罪はロンディニウムでレヴァナントにより暴かれたが、結局その前後をドクターは知らないままだ。眼前でのんきに数学パズルで頭を悩ませているバンシーとかつてどのような交流があったのかも、もちろん知らなかった。
「まあ、先達てケルシー先生の屈託は幾分か解けたようであるからな。ならばそろそろよかろうと、顔を見に来ておる」
「
……
君の知る私も、外ではフードを被ってバイザーを下ろしていたのか?」
「いかにも。初めてうぬと相見えた時分には我も見識浅く幼かったゆえ、そう
……
この鉛筆のような男であると」
もう一度鉛筆を回すロゴスの唇がほんのり綻んでいる。棒きれのような、と形容しなかったのはおそらく彼の思いやりだろう。おのれについてで格好がつかないことこの上ないが、「ドクター」は昔から不摂生をしていたようだ。
「君が知る私は
……
」
「ドクター。それは我が語るべきことがらではない」
ロゴスは微笑んだまま、きっぱりとドクターの要望を拒絶した。
「欠けた記憶をバンシーに頼って充填させてはならぬ。すでに知っておろう、我らの口にする言葉はうぬらの操るそれとは少々ありようが異なるのだ。
……
うぬを我の木偶に零落などさせてくれるな」
誠実な若者だ、と思う。
バンシーは言葉を尊重している。特にロゴスは呪文を綴らせれば右に出る者がないほどの使い手だ。都合の良いことを囁いてドクターの欠損だらけの記憶を塗り替えることなど、彼なら片手間で終えてしまうだろう。
そしてロゴスはそれを嫌厭している。
ドクターは用済みになった新聞をたたみながら溜め息をついた。
「ケルシーに訊くわけにはいかないだろう、まだ」
「ケルシー先生に訊けぬものを我に求めるべきではないな、ドクター」
「だが気になるんだ。君ほどの男から信頼されていた『私』は、いったいどんな人間だったのだろうと」
ロンディニウム戦争の核心部で、はたしてロゴスに何度救われたことか。彼はブラッドブルートの大君と対決する際も、ナハツェーラーの王の追撃から逃れる際も最前線に立って骨筆を走らせた。不可能を可能に書き換え、アーミヤとドクターを守ってくれた。
アーミヤはいい。彼女はドクターにとってもかけがえない少女だ。だがドクター自身の価値がわからない。彼ほどの男に守られる価値を、示せていたのだろうか。
「うぬをうぬたらしめているものは、記憶ではない。その魂だ」
バンシーの王は、数学パズルを解きながら穏やかにドクターの問いへ答えた。
「どんな人間だったのだとうぬは言ったな。うぬのような人間であったよ。アーミヤのために、仲間のために、未来のために、常に最善を求めていた」
「しかし、私はバベルを
……
」
「それとこれとを混同する意味はない。少なくとも今はな」
さらさらとメモ用紙に綴られる数式は、ロゴスの紡ぐ声と同じように整然としていた。
「ロドスへ帰還してから今日までのドクターを、我は知っておる。うぬは我から信頼されていたのではない。信頼しているのだ我は、今も」
ロゴスが数学パズルを一問埋めたのと同時に、ドクターもすとんと解を得た。
そうか、と思う。
この自分もまた、彼の信を得ることができていたのか。自分はすでに、彼が命を賭ける価値のある存在たりえていたのか。
「それは
……
背筋が伸びる話だな」
「ドクター、背筋を伸ばす前にこの問題の解法を教えてもらえぬか。先ほどから考えておるが心当たりがない」
「どれどれ」
背中を丸めてテーブルを覗きこむ。
戦場では泰然として呪文を操っていた若きバンシーが、今はドクターの執務室で鉛筆をくるくる回しながら数学パズルに苦しんでいる。その落差を嬉しく思った。
「なるほど
……
感謝する、ドクター」
「こちらこそ」
最後の一問を解いて満足げに顔を上げたロゴスは、ドクターの返事に瞬いてからそっと微笑んだ。
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