Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
やまだ
2026-02-22 21:47:46
1931文字
Public
アークナイツ
Clear cache
No title
2024.12.01 ロゴ博 酒と厚意と好意の話
「酒はあまり飲まないようにしているんだが」
と言いつつ、ドクターはいそいそと氷とグラスを用意した。ロゴスは部屋の主よりも先に予備のスツールでくつろぎながら持ちこんだ酒瓶の封を切る。日付もそろそろ変わろうかという頃合いの、四方を鉄で囲まれた無機質な室内に、ふわっと甘い香りが立った。
「バンシーの薬草酒だ。滋養が高い。母上が是非に、と」
「わざわざ悪いな」
「なに、我も相伴に預かれるゆえな。一度今のうぬと杯を交わしてみたかったことでもあるし、この場で故郷の味を分かちあうに嬉々としておる」
ハーブとスパイス、蜂蜜を混ぜた河谷の酒は他国のものと比べると非常に甘い。だからといって軽い酒というわけではないのが母ラケラマリンの妙なこだわりを感じるところだ。あまり調子に乗ると翌朝どんなありさまになるか、ロゴスは身をもって知っている。
ドクターへ多めの炭酸水で割ったものを渡してやると、彼はひと口含んで嬉しそうにした。
「これまで私が口にした強壮剤の中で一番味がいいよ」
「それは重畳。母上や姉妹たちも喜ぼう」
機嫌よく、しかしゆっくりとグラスを傾けるドクターとの会話は、どうしても仕事の話が中心になる。共通の話題がそれしかないからだ。そして決してそれに窮屈さを感じずにいられるのは、ひとえにドクターの纏う雰囲気のためだった。
ロゴスは彼のそれを河谷の霧のようだと思う。あまねくすべてを柔らかく包みこみ、覆い隠し、そしてあまねくすべてから等しく遠い。手を伸ばしたところで何をも掴むことは叶わず、指先が僅かに湿るのみだ。
とはいえ今宵はドクターの輪郭に爪の先が引っかかったような気がする。酒精は人間を少々無防備にさせる。
「もしかすると、今夜はいい夢が見られるかもしれない」
ドクターがゆったりと微笑んだ。もしかすると、と言いながら実際にはちっともそれを信じていない口ぶりに、グラスを傾けながらロゴスはじっと耳を澄ませる。
ロゴスはバンシーだ。バンシーほど言葉というものの重みを理解する種族はこの大地に存在しない。
ロゴスがたったひと言呟けば、砂漠に雪を降らせ、羽獣が水中を泳ぎ回るようにもできる。ひとりのくたびれた男を眠りに誘い、美しい夢を見せてやることなど、呼吸するに等しい行為だった。実際彼に直接告げたこともある。ただ、実行されたことはこれまで一度もない。
ドクター本人が笑って辞退したのもあるが、ロゴスにも躊躇する理由があった。おそらくドクターにそれを看破されてもいる。
だから彼は今ロゴスを正面から見つめて微笑んでいるに違いなかった。
「アエファニル。おそらく私は君が思ってくれているよりもはるかに俗物的で、臆病だ」
プライベートの気軽さでひょいと痩せた肩を竦める。
「悪夢は嫌だが私に優しい夢もおそろしいんだ。そんな素晴らしく美しいものに囲まれた世界から目覚めたとき、すべてに絶望しないでいられるという自信がない」
「それだけか?」
「それだけでは足りないのか?」
「我は
……
うぬに美しい虚構を与えたとしても、うぬはその夢の中でそれと気づいてしまうのではないかと思うておる」
ふ、とドクターの目尻が優しく下がるので溜息が出る。どうせこの男は、悪夢の中でも夢だと気づいた上で朝までたっぷり痛苦を味わっているに違いなかった。
「目を閉じているあいだも覚醒しつづけるのは感心せぬな、ドクター。うぬには特に、人並以上に酷使したその頭脳を休める時間が必要であろう」
「だからといって、君が母君に無理を言う理由はないさ。貴重なものじゃないのか? この酒は」
「そうでもない。これは真実母上の道楽なのだ。危うく樽ごと持たされるところであった」
「
……
ラケラマリン殿の厚意をそのまま受けていたら、私は目を開けたまま夢を見るところだったのか」
「ドクター」
軽口はロゴスがドクターを呼ぶとすぐに止まった。ゆるく微笑む口元にグラスが寄る。甘い酒は彼の舌を滑り喉から腹に落ち、体内で馥郁と香りを放つだろう。霧深い河谷でひそやかに咲く野花のように。
いつかロゴスは霧をかき分け、その花を見つけてみたい。
スツールを滑らせてドクターの横に移動する。グラスを持たない手を伸ばし、酔いが回って普段より多少健康的に見えなくもない頬を撫でた。彼は瞬くばかりで、ロゴスを拒まない。霧のような男が今ロゴスの手の中にいる。
「まだ、悪夢を払いたくはならぬか」
バンシーの問いかけに、彼はけぶるような笑みを浮かべて首を振った。頬にあてたままの手に擦り寄る仕草にも似て、その拒絶は親しみに満ちていた。
「私にその資格はないんだ、アエファニル。少なくとも、今はまだ」
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内