花人
2026-02-22 21:11:32
4063文字
Public 零英
 

零英 夕陽色のラブソング

バイクに二人乗りして夕陽を見にツーリングに行く零英の話。

「天祥院くん。ほれ」
 バイクにまたがった零からぽいっと投げるようにヘルメットを渡されて、英智は首を傾げた。
「なんだい? これは」
「それはヘルメットっていうんじゃよ。頭につけると、万が一事故った時にも人間の最たる弱点ともいえる頭を守ってくれる優れ者じゃ」
 どこか得意げな零に、英智は「ふふっ」と貼り付けたような笑みを浮かべた。
「僕が聞いているのは、物の名称ではなくて君の意図だよ。これを僕に手渡して、一体何がしたいのかな。君は」
 表情だけは優しい微笑みを浮かべているが、おそらく零の突飛な行動を訝しんでいるのだろう。自らの動揺を悟られないようにしている姿が何ともかわいらしい。
 零は「くくく」と笑うと、口を開いた。
「単刀直入に言うんじゃが、我輩とタンデムツーリングに行かぬか。天祥院くん」
「タンデム……?」
「バイクの二人乗りじゃ」
…………はぁ。急に外に連れ出されて何かと思ったら……。本気かい? 誘う相手を間違えていると思うのだけれど」
「いいや。間違えてはおらぬよ。おぬし、今日一日中パソコンとにらめっこしておったじゃろ? もうブルーライトで脳が疲れてへとへとじゃろうし、気分転換にお誘いしておるというわけじゃ」
「別にへとへとではないけれど。仮に僕がへとへとだとして、そんな人間を外に連れ出そうとするのはどうかと思うけれどね。そもそも僕が君の誘いに乗るメリットがない」
「メリットならあるぞい。この朔間零ちゃんがとっておきの場所に連れて行ってあげようぞ」
…………それのどこがメリットなんだい。君のとっておきの場所なんて興味ないな」
「本当かえ? これ、今まで誰にも教えたことのない秘密の情報なんじゃが。敵を知り、己を知れば百戦危うからず。おぬし、少しでも我輩の情報がほしいとは思わぬかや?」
……それは……
「それに」
 一瞬言いよどむ英智に畳み掛けるように、零は言葉を続けた。
「おぬしのことじゃ。ツーリングなんかしたことないじゃろ。我輩の情報も得られて、初めての体験もできる。まさに一石二鳥の機会じゃと思うんじゃけどな〜。断るなんてもったいないと思うんじゃけどな〜」
 零は人差し指と中指を順に立てると、その指の関節を曲げたりのばしたりしながら英智の方へと向けてきた。
 迫ってくる零は、妙に押しが強い。正直鬱陶しい。が、ここまで言ってくる零の「とっておきの場所」に、何故だか少し興味が出てくる自分がいる。
 ――ツーリングという、碌な青春時代を過ごしていない自分がこのままだと一生体験できそうもない行為にも、少しだけ――本当にほんの少しだけだが――興味がないといえば嘘になる。
 ――――まぁいいか。この後予定は特にないし、帰ってもやることもない。ここは一つ、零の口車に乗ってやっても良いかもしれない。零の思い通りに事が進むのはなんとも気に食わないが。
「行く気になったみたいじゃな」
 英智の表情を見て察したのか、零は得意げにそう言うと、「ほれ」と振り返りながらバイクの後ろの座席をぽんぽんと叩いた。
「ここにまたがるんじゃ」
「僕はまだ何も言っていないけれど……
「おぬしも大概面倒な子じゃのう。……そうじゃな。ちと我輩の気分転換に付き合ってくれんか。話し相手が欲しくてのう。お礼に帰りは何か奢るぞい」
 零はヘルメットをつけながら前を向くと、エンジンを入れた。
「ほれ。早く乗らないと置いていくぞい」
…………仕方ないね」
 英智はヘルメットを着用して零の後ろにまたがると、両手を座席の後ろにやった。
「あぁ、天祥院くん。手はここじゃよ、ここ」
 零はそう言うと、英智の手を取り己の腰に巻きつけさせた。
「ちょっと。何でこんなところに……
「二人乗りとはこういうものなんじゃよ。ほれ、もっと強く巻き付けないと危ないぞい。もっと我輩にくっつくんじゃ」
 零の手が、英智の手に重なる。冷たいながらも人の体温をしたその手に、ドキッと鼓動が反応する。英智は華奢な自分より少し広い、その角ばった背中に胸を寄せて零の腰に手を巻き付けた。
 バク。バク。
 心臓の音がうるさい。触れている身体を通して零にまで届いていないか不安になる。変に手に汗をかいてしまう。何だろうこれは。不整脈だろうか。
 ぎゅっと抱きつくような体勢でいるのが落ち着かなくて、道中の零とのお喋りは明晰な頭脳でなんとかこなしたものの、結局その内容までは頭に入ってこなかった。

 ✼✼✼

「たしかに、綺麗だね」
 零に連れてこられたのは、柔らかいそよ風がふく岬だった。
 オレンジの夕陽に照らされた海が、空からの光を反射して優しく輝いている。
 ピンクや紫、水色などを含めたグラデーションがかった空と、それと混ざり合う海はどこまでも続いていて、自分がまるでちっぽけな存在になったかのような開放感を覚える。
 生暖かい風は、これからの未来への希望を抱かせてくれるように、英智の金色の髪を優しく揺らす。
「じゃろう?……綺麗じゃよ、本当に」
 バイクを置いてきた零が、英智の隣に並んだ。
……君の意見に同意するのは何とも複雑な気分だけれど、そうだね。……うん。この景色、本当に綺麗だ。こんな素敵な場所を教えてくれて、どうもありがとう。朔間くん」
 英智がにこりと笑みを貼り付けると、零もにこりと微笑んだ。
「うむ。どういたしまして。喜んでくれたなら何よりじゃ。……じゃが、この景色より、ずっと綺麗なものがある」
…………え?」
 この景色よりずっと綺麗なもの。何かの宝石だろうか。まぁ自然の美しさと加工品の美しさを比べようとすること自体ナンセンスな気はするが――そもそも宝石の希少価値とこの景色の希少価値は一概に比べられるものでもないのでは――そんなことを頭の中で考えていると、零がふわっと笑って英智の耳に白い花を差し込んだ。
…………おぬしじゃよ。天祥院英智くん」
……………………え?」
 英智の頭が、言葉の意味を理解しようとフル回転する。と同時に逆回転して言葉の意味を理解しまいとする。
 そんなの、ありえない。あの朔間零が、自分のことをそんなふうに言うだなんて。
「ふふっ。それはそれは。光栄だな。ありがとう」
 これでいい。この返しで間違いないはずだ。英智がエレガントに微笑んでみせると、零は一度口を閉じて再び口を開けた。
…………言っておくんじゃが。我輩は冗談でこんなことを言っておるわけではないぞい。おぬしは綺麗じゃよ。本当に。…………この景色が――我輩のとっておきの景色が、霞んでしまうくらい」
 零の真っ直ぐなルビー色の瞳がこちらをじっと見つめてきて、英智の心臓は再びドクン、と反応した。
 何か。何か言葉を返さなければ。英智が心の内を表面に出さないように頭をフル回転させていると、零はスッと英智に背を向けた。
…………まぁ、今日はそれを伝えたかったんじゃ。ほれ、戻ろうぞ。そろそろ暗くなってくる頃合いじゃ。帰りにコンビニで何か奢るぞい」
…………うん」
 零に指示されるような言葉をかけられて、気に食わないはずなのに何故か英智は「うん」と口に出して、貰った白い花をぎゅっと握りしめていた。
 帰りの道のりは、行きの道のりよりずっと短く感じた。終始何故だか心臓がうるさかった。
 あんなこと、どうせ零は誰にだって言っている。そう頭では納得しようとするのに、何故かそれができない。
 帰り道で買ったアイスは、何の味もしなかった。

 ✼✼✼

……我輩ってもしかしてヘタレだったのかのう?」
 英智と藍良が寝静まった部屋で、零はぽそりと小さく呟いた。
 綺麗だと伝えたかっただけでツーリングに連れ出すという、結果訳がわからないことになってしまった。
 今日、思いを伝えるつもりだったのだが。綺麗だ、と心の声が先に勝手に漏れていた。
 ムードは良かったはずだった。
 だが、表面上は普段の様子でいようとしながらも困惑を隠しきれていない英智にそれ以上の言葉はかけられなかった。
 これは、果たしてヘタレなのか、優しさなのか。
 英智が後部座席から自分に抱きついてきた時。零は内心ドキドキした。英智が自分のとっておきの景色の中で微笑んでいるのを見て、心臓がドクン、と高鳴った。
 グラデーションがかった夕陽に柔らかく包まれた英智は、まるで絵画のように美しかった。綺麗だった。
 またあの「景色」が見たい。また誘ってみようか。今度はもっと暖かい時期に。
 零は寝返りながら、ちょうどこちらに寝返っていたらしい、眠っている英智の顔を見た。
「好きじゃよ」
 そう言うと、零は目を閉じた。

 ✼✼✼

 英智は今日のことがどうしても頭から離れず、暗闇の中、その元凶の背中へと目を向けていた。
 自分よりもしっかりとした、広い背中。あの背中に、今日英智は抱きついていたのだ。
 そんな背中を見つめていると、今日の零の言葉を思い出す。
 
 おぬしは綺麗じゃよ。本当に。…………この景色が――我輩のとっておきの景色が、霞んでしまうくらい。
 
 あんなこと、急に言われても。あの時何て答えるのが正解だったのか、未だに分からない。
 じっと零の背を見つめていると、その背が急にこちらを振り返ってきて、英智は内心慌てて目を閉じた。
「好きじゃよ」
 そんな言葉が聞こえた気がして、英智は思わず目を開けた。が、零の瞳は既に閉じられていた。
 目の先には、眠る零の顔がある。
 その零に背を向けると、英智は毛布を頭から被った。
 まただ。また、心臓がバクバクとうるさく音を立てている。
 岬にいた時よりも、ずっと強く、大きく。
 英智は眠るために深呼吸すると、目をぎゅっと閉じた。

 この二人の青年の関係が発展するのは、果たしていつになることやら。すっかり暗くなった空が、二人を柔らかく包み込んでいた。