驚いても驚き足りない、突拍子のない妄想幻想って言っても過言ではない。まさかまさかの宇宙人襲来で佐賀消滅と地球侵略を阻止するため佐賀が立ち上がり叡智を結集した作戦を実行、あわや絶体絶命の危機寸前フランシュシュのメンバーが力を合わせ見事侵略しに来た宇宙人の宇宙船を大爆発。
見たかこれぞ佐賀のド根性。されど巨大宇宙船爆破レベルの爆発には流石のゾンビィもただでは済まない。自我を取り戻した山田たえに諭されてさあ大変。辛くも大爆発に巻き込まれながらなんとか助かった時ほど源さくらは自分たちがゾンビィで良かったと笑い合った。
短い間に起こった濃密な出来事の日々、ほろ苦さ残るSAGAアリーナライブを大成功で収めた日を境に忘れられない思い出の一部になる――筈だった。
自我を取り戻す前からたえは事あるごとにさくらの頭を齧り、齧られているさくらはそれを受け入れる。
なんてことのない日常風景。ふとたえの自我があった頃を思い返す度、複雑な心境がメンバー内で芽吹くもそれは悲しいものではなく、夢のような忘れ難い出来事を懐かしむ気持ちが大半を占めていた。
「たえ、ライブの後からずっとさくらに引っ付いてんな」
しかりて、たえの引っ付き齧りゾンビィ具合が以前より増しているのならば話は違ってくる。
ソファの背凭れに肘をつき「じゃあ、たえちゃんと一緒に買い出し行ってくるね」と、あすなろ齧りしてくるたえを引き連れリビングから出ていったさくら達を横目で眺めていたサキがぼそり呟いた。
「もしかしたら自我を取り戻していた間、元の…って言ったら変だけど私たちが知ってるたえの記憶が無くてライブ終了と同時に記憶が戻ったんじゃない? で、記憶が無かった分さくらに甘えてんのよ」
「たえはんは本当にさくらはんが大好きでありんすねえ」
ソファに浅く座り軽く握った手を口元に当て憶測を話す愛の隣でゆうぎりが慈しみに満ちた眼差しがどこか遠くを眺めるように細められ、そんな彼女を下から覗き込んだリリィが屈託のない満面の笑みで頷く。
「だってだって! たえちゃんってばいつもさくらちゃん大好きーって顔に出てるよねっ」
年相応に小さな足を嬉しそうにパタつかせるリリィにサキの顔が意地悪そうに歪み、間髪入れずに両手を顔横に構えちょっかい出すモードに入ったサキが頭上から襲い掛かろうとするや否やリリィは即座にゆうぎり抱き着いた。
いつもと変わらない賑やかな光景。ただ唯一たえが誰かを噛む真意を知っている純子だけ疾うに見えない二人の背中をなぞるように何も言わず顔を綻ばせた。
程なくしてゾンビィバレハプニングもなく無事買い出しから戻ってきたさくらが手慣れた動きでキッチンの収納スペースにストック分の調味料を収納し、特売セールで買ったキャベツを冷蔵庫に入れて一息吐くなり屈んでいた腰を上げれば継続して引っ付き虫化しているたえも立ち上がった。
終始齧られている頭は涎だらけ。春色の頭部が雨に降られたみたいに湿っているものの、彼女自身そのことについて全くもって気にしていないどころか柔和な笑みを浮かべゆっくりと首を捻り後方にいるたえを仰いだ。
「買い出し終わり。はやく皆と合流してレッスンせん、と……?」
唐突に持っとらん定評があるにも程があるさくらの不運が発動した際、フランシュシュの宣伝で出張している持っとると豪語した巽幸太郎が新幹線内で豪快にくしゃみをしたのはほぼ同時だった。
自分の意思に関係なく視界が傾き降下する中、「あ、また首取れたと」なんて冷静に判断しているおかしさを俯瞰的に見ているさくらの目に映る世界が緩慢に流れ、痛いようで全然痛くない衝撃を身構えていればそれは終ぞ来やしなかった。
「う゛ぁ゛う゛あ゛」
ワンテンポ遅れて動き出すさくらの腕を追い越し伸ばされたたえの手が彼女の頭部を冷たい床へ落下するのを難なく阻止した。
そっと捥げた頭を受け止める腕が止まっているさくらの心臓を温かな毛布で包んでいく。
無気力な瞳で一心にさくら(頭部)を見下ろすたえに感謝を述べ、首なし胴体が向き直り受け止めてくれた頭を受け取るべく両手を差し伸べるのを見越してか、たえが捥げた首をゆっくりくっ付けた。
普段の野性味溢れるのとは真逆の壊れ物を扱う手付き。何処か艶麗な雰囲気を漂わせるたえに冷たいさくらの頬に朱が走る。
一度死にゾンビィとして蘇った彼女らの瞳は総じて充血しており深紅を称えているが、眼前にいるたえの虹彩がやおら紫苑に揺らめく様にさくらは息を飲んだ。
「…う゛ぁ゛う゛あ゛……」
たえが舌ったらずなうめき声でさくらを呼び、慈愛に満ちた指先が褪せない乙女色の前髪を整える。
普段のたえから想像もつかない落ち着き払った振る舞い。不意に一時自我が戻った彼女の面影が脳裏にチラつき、言葉では表しきれない感情が出口を求め――さくらの左目を眼窩から追い出した。
「なして!?」
無情にも己が意思と関係なく降下する視界をこんな短期間で二度味わうさくら。
そして、床の上をスーパーボールの如く転がる前に再びたえがさくら(眼球)を手のひらで受け止めた。
ゾンビィの摩訶不思議体質は今に始まったことではない。動揺している心を一旦落ち着かせ春の日差しを受け咲く花のように表情を緩め心の底から「ありがとう」という言葉は、「やけにたえちゃんの顔が近いな?」と首を傾げる間もなく左目から伝わる柔らかな唇の感触によって遠くへ吹き飛んでしまった。
恭しく唇を押し付けるたえにさくらは慌てふためくばかり。
挙句の果てさくらを上目遣いで一瞥後、フッと小さく微笑んだたえは先を尖らせた舌を右往左往する眼球に這わせた。唇とは比較にならないやわく湿った感触が体を硬直させる。
「や…、たえちゃん、それ飴じゃない、んぅ……」
力なくたえの両肩を掴みしがみ付く未知の感覚にさくらが耐えているのをこれ幸いに、紫苑の瞳を眇め躊躇することなく翻弄されっぱなしで震えている愛らしい目玉を頬張った。
瞬く間に闇に閉ざされた視界の半分。見えなくとも口腔内で飴玉化している左目が舌の上で転がされ愛撫される度さくらの膝がガクガクと震えてしまい、ついには耐え切れず腰が抜ける瞬間を見計らっていたたえの腕が彼女の腰を抱き寄せ抱き締めた。
粘膜同士が擦れあう淫靡な音。湧き上がる歯で眼球の弾力を確かめたい衝動を抑え込み丁寧に舌全体で舐る。舐め残しがないよう隈なく舐めている内にほんのり口腔内に広がる甘い味。その魅惑的な幻をたえはうっとりしながらさくらを傷付けぬよう喉をこくりこくり鳴らし飲み込んでいく。
紅潮した青白い肌、不規則に弾む息遣い、オウムみたいにずっと名前を呼ぶさくらの声音を体全身で受け止め後頭部を抱きより一層抱すくめるたえは熱が灯り始めた桔梗を瞼裏に隠したあと、火照った彼女の体を少しだけ離して器用に舌の上に乗せた甘い甘い飴を元の場所に優しく押し込んだ。
濡れそぼった眼球がまるで泣いているように滴る唾液を何度も啄み吸い上げたたえは最後にさくらの目元にキスを落とし、未だほわほわ茹ってしまい現実世界に戻って来れていない愛おしい春を様子を見に来た純子に見つかるまで齧り続けたのだった。
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