【邪星】願いを放つよ

×じゃなくて+です。
206話の衝撃で脳天ぶち抜かれました。家族を求めていた邪視を家族にした星子さん…。

 邪視を抑え込むのではなく共存方向へ舵切り出来たのは後にも先にもオカルンが邪視の遊び相手になってくれたお陰。そう少なからずジジは思っていたが体の主導権返却時綾瀬家にいることがちょくちょくあった。
 兎角邪視が綾瀬家にいるのは全然おかしくないどころか街中や学校よりか大分マシ。もし邪視が暴れ回る不測の事態が起きてもモモにバモラ、星子とターボババアが高確率でいてくれるため心強く、オカルンとアイラもいてくれれば助かる度がさらに跳ね上がる。本当にみんなに頭が上がらない。
 ただ意識が邪視からジジに戻った際、オカルンと戦うワクワク感でもなければ、初めて経験するありとあらゆるものに対しての驚きと苛立ち、困惑を経て学び吸収する喜びとは別の言語化が難しい邪視の感情が繋がりが深まったジジの胸の中に渦巻くことが日に日に増えていった。

 漠然とその感情が渦巻いている時は必ずと言っても過言ではない、恩を返しても返しきれない頼りになる師匠の姿がいつも目に飛び込んできた。



 疾うに慣れた不意に照明のスイッチみたいに五感が一気に切り替わる感覚。鼻腔をくすぐる自分の家とは違う木造住宅特有の木と畳みの柔い香りがぼやけていた意識の輪郭をなぞっていく。
 靴下スケートが出来るくらいピカピカつやつやな縁側で紫煙を燻らす星子の涼やかな目元がジジを捉えるなり煙草を銜えたまま「火傷すんなよ」と一声かける。一瞬何のことか分からなくて言い澱んでいれば、じんわり手元から伝わる温もり。ようやくジジは湯飲みを掴んでいるのに気が付いた。
 「麦茶用意したってのに“ソッチが飲みたいんじゃ”って聞かなくてな」
 「あー
 やおら視線を手元から縁側に置かれている茶請けセットに落としてやっと腑に落ちた。盆の上に散在する串の残骸。おそらくみたらし団子を頬張っていたであろう甘辛い味が口の中で主張する。
 「団子ごちっすー!」
 「成長期だろたくさん食え」
 勝手知ったる幼馴染の家。お世話になりっぱなしな星子にチャラい態度で礼を述べつつ飲みかけの煎茶をズズっと啜った。熱く渋い味が団子の余韻を押し流す。表面上ほっと一息吐くジジの脳裏を掠める不安を察してか、星子が邪視用の麦茶が入ったグラスを掴むと半分近くまで一気に煽ると、陽の光を受け輝く氷がグラスの中で転がって透明な音が響き渡った。

 「ジジ。ワシは前に“なにかあったらすぐウチに来いよ”って言ったのを覚えているな?」
 「はい」
 「それは邪視も同じだ。それからお前ぇが心配してることはなんも起きて無ぇ安心しろ。モモも言ってたが、ウチはいろんなヤツのたまり場になってんだ。子供が変に遠慮すんじゃねぇ」
 「~~っ」

 邪視を他の子供と何ら変わりなく受け入れる星子にジジの目頭が熱くなり、それを誤魔化すように普段よりやかましく動き回り星子をほめそやした。
 自分のあずかり知らない所で星子の邪視が何かしらのコミュニケーションを取っている。されど、ジジは深く詮索する気なぞ更々なかった。今の今まで約束を破らないで守り続けている裏打ちされた信頼関係があるからこそジジは邪視の好きなようにさせた。

 「(オレに兄弟がいたらこんな感じだったりして……)」

 異心同体。たまに困ることはあるけど概ね良好で楽しい間柄。何よりジジは邪視が現世で楽しそうに過ごしているのが自分のことのように嬉しくてたまらなかった。
 「(寧ろ自分以上に嬉しいかも)」
 気分よくよいしょされた星子が追加で持ってきた団子に舌鼓して先ほど断然旨味が増した温い煎茶を味わって飲んだのだった。





 長閑な田園風景の中、ポツンと佇む綾瀬家の鳥居を潜るなり元気溌剌な声が響き渡ったのはつい先刻のこと。

 「おい星子来たのじゃ、なんか寄こせじゃ」

 常時道路から丸見えでもお構いなし開け放たれた縁側に一直線で向かい、台所に立つ家主の背中目掛け大声で邪視が呼ぶ。
 縁側と台所の間にある居間に招き猫の姿はなく、リズミカルに菜切り包丁が青菜をザクザク切っている音と共に「ちょっと待ってな」と、縁側に座り長い足をバタつかせ急かしごねる邪視に星子は手慣れた手付きで用意した本日のおやつみたらし団子を邪視の隣に置き早々に台所へ踵を返すつもりだったが。
 「貴様も食べるじゃあ」
 夜霧のような色の筋張った邪視の手が星子の細い手首を掴みその場に留めた。
 つと浮かぶ「先に食べてろ」「ワシはまだ飯支度が残ってる」文言が意味を成さないことは、痛まぬよう加減して握りしめグイグイ引っ張る力が如実に物語っている。なので一度台所を見やった星子はそれはそれは大仰に芝居がかった演技で邪視に視線を移し口を開いた。
 「あー、困った困った。ワシ一人じゃ飯支度が終わらなくて困っちまう。どこかに凄すぎる助っ人がいれば、あっという間に終わって団子も一緒に食べ」
 「ワシが凄いじゃあ!!」
 肩から指先まで真直ぐ手を上げ食い気味に被せる邪視の鼻息は荒く、しょうがないやってやるかと仄かに目を輝かせている姿に星子の表情がフッと和らいだ。

 「なにをすればいいじゃあ」
 「スナップエンドウの筋とりだ」
 台所に取りに行った星子がザルいっぱいに入ったスナップエンドウを二人の間に置き、手に取った一房を手本よろしく邪視の目の前で筋を取っていく。
 「ヘタの方をポキっと折って筋をツーっと引っ張る、それが終わったら反対側の筋も引っ張ってとる」
 「ジャハハハ!! こんなの楽勝じゃあ!!」
 意気揚々スナップエンドウの山に邪視が手を突っ込めば豪快にザルの外にスナップエンドウが零れ落ちた。が、とくに気にせず星子がやった通りに両側の筋を邪視は難なく取ってみせた。それはもう得意満面である。
 「とった」
 「初めてにしては上出来だ」
 「とったぞ」
 「おいおい邪視、お前ぇは天才か?」
 「とったじゃあ」
 「凄すぎんだろ」
 「ワシは凄いじゃあ!!」
 筋を一本取るごとに星子に見せ煙たがられる事なく褒められるたび顎を高く上げ首を見せた。黒い爪の間から匂う青臭い匂いや小気味よくヘタが折れる感触がこれまた楽しく、気付けばザル一杯のスナップエンドウの筋とりが終わっていた。
 「お疲れさん、お陰で夕飯が晩飯にならずにすんだ」
 ザルを台所に持って行った星子の両手にはそれぞれ氷が麦茶の中で浮いているグラスと常人であれば熱くて持っていられない湯飲みを涼しげな顔で持ち戻ってきた。
 星子を目で追う邪視の傍に麦茶を置いた途端、待ってましたと言わんばかりに両手でみたらし団子の串を持ちわんぱく食べする邪視の口元は甘辛い蜜でべとべと。袖で拭われてしまう前に染み着いた動きで口元を拭う星子にやや顔を顰めるだけで邪視は頬袋に頬張った団子を咀嚼し続けた。
 「星子も食べるじゃ」
 「あいにく腹一杯でな、お前ぇが全部食え」
 蜜だらけになったティッシュをゴミ箱に投げ入れガッツポーズした星子の手が熱々の湯飲みに伸ばされるや否やムッと唇を尖らせ彼女より速く手を伸ばし「ソッチが飲みたいんじゃ」と湯飲みを奪った。
 意識と体が乖離する感覚に舌打ちする間もなく、何故自分が異様に苛立ったのか理由も分からないまま、邪視の視界がとぷんと沈んでいったのだった。