水樹
2026-02-22 20:22:00
2691文字
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ニャビニャビパニック!

スグアオ/sgao
猫の日なので

「ん……

 気怠さを訴えてくる体を無理やり起こす。ずいぶんと深く長く眠ってしまったらしい。やはり仮眠は机でしたほうがよさそうだ。体は少し痛くなるが、ベッドで寝るよりも浅く短くで済むから。
 それにしてもなんだか暗い。おかしい。仮眠のつもりで寝たから、電気も窓代わりのパネルも消してはいない。布団越しにしたってもう少し明るいはずだ。……考えていたって時間の無駄か。早いとこ起きて、ポケモンを強くしない、と……

「ふにゃっ!?」

 ……え? あれ? ベッドって、こんなに高低差あったっけ? それになんだ今の声。俺の声なはずなのに、なんかまるで、ポケモンみたい…………

「み゛っっ!?」

 衝撃でつぶってしまっていた目をみはる。そこにあったのは見慣れた自分の腕……ではなく、しかしよく知っている……いや、知っていたものだった。
 赤い模様が混ざった黒毛。やわらかそうな肉球。首をひねって後ろを見れば、そこには尻尾。

(もしかして俺、ニャビーになってる……!?)

 …………いや、まさか。そんなはずない。そんなこと、起こるわけがない。ああそうか、これは夢だ。こんなの夢に決まってる。夢ならまだありえなくはない。だから、だからはやく、覚めてくれ。
 だが目を閉じてみても、部屋をうろうろと歩き回ってみても、何も変わらない。……ときどき、自分の尻尾を追いかけたい衝動に駆られるくらいで。

「うにゃうっ……!(夢なんだから、とっとと覚めてよ……!)」

 愚痴ってみても変わらなかった。くそ、こんなことしてる暇なんてないのに。アオイが、学園に来てるのに。四天王を倒して俺のところまでくるの、待ってるのに。

「にゃう……(アオイ……)」

 そうこうしているうちに、ニャビーの本能なのか急に強い眠気に襲われはじめた。抗おうとしてもほぼ無意味で、頭も視界もぼんやりしてくる。……もしかしたら、寝て起きたら夢から覚めて、元に戻ってるかもしれない。その可能性に賭けて、意識を手放すことにした。……断じて眠気に勝てないとかではない。断じて。



 あったかい。ふわふわする。なんだかまるで、誰かに抱きかかえられて、撫でられている、よう、な。

「んみ……?」
「あ、起きた?」

 聞き覚えしかない、ひとときだって忘れたことのない声が、頭上から降ってきた。見上げれば三つ編みが揺れ、ヘーゼルが俺をとらえる。

「!?!?」
「わっ!? ごめんね。びっくりしちゃった、よね」

 な、なんでアオイがここにいるの!? それにどうして俺、アオイの膝のうえにいるの!? しかもまだニャビーのままだし!!

「元気みたいだね、よかった。触っても反応がないから、どこかケガでもしてるのかなって心配だったんだよ」
…………
「でもきみ、どうしてスグリのお部屋にいるの? スグリのポケモンじゃないみたいだし……。でも野生ってわけでもないよね」

 どうしてってそれは俺のセリフだ。話せない代わりに睨みつけつつ見上げてみるが、アオイは微笑むだけで俺を撫でる手を止めない。……心地いいとか、気持ちいいとか、もっと撫でてなんて思ってない。断じて。

「みぅ……
「ふふ、懐かしいなあ。マスカーニャがニャオハだったときも、こうして撫でてあげてたっけ」
…………
「ん、ふふっ。くすぐったいよ」
……?」

 くすぐったい? なにが?

「やっぱりニャオハと同じねこポケモンだから、その仕草するんだね。安心して、甘えてくれてるってことかな。ちょっと嬉しい」

 ……仕草? なんのことだろうかと、いつの間にか細めていた目を開く。否、見開く。だって目の前の光景が、自分の仕草が、信じられなかったから。
 そう。俺の手……もとい前足が、アオイの太ももをやわやわふにふにと押す……いわゆる〝ふみふみ〟と呼ばれることをしていたから。そして、気づいたところでそれは止まらない。止まれ。とまれ。止まってよ……

「んっ、ふふ。もう! 甘えてくれるのは嬉しいけど、くすぐったいってば」
「にゃっ!?」

 急に抱き上げられ、ほんの一瞬だけ体が宙ぶらりんになる。けれどすぐに寄せられて、アオイの鼓動がとく、とく、と聞こえてくる。
 ……えっ? え? え??
 混乱している俺の意思に反して、またしても始まったふみふみが、そこの感触を伝えてくる。あったかい。やわっこい。いいにおいする。
 …………いや何してんだ俺は!!

「わっ。……もう。甘えたさんなんだね、きみ。かわいい」
「んみ……

 違う。断じて違う。これは俺の意思じゃない。ニャビーの本能だ。断じて、断じて俺がアオイに甘えたいとかじゃない!!!!

……名残惜しいけど、そろそろ行かなくちゃ。スグリと話がしたかったんだけどな……

 それでようやく、アオイがここにいる理由がわかった。やわこい感触が離れて、俺の体が再び宙ぶらりんになる。
 じゃあね、の言葉とともに、いいにおいが鼻をかすめた。えっ、い、いいいいま、おで、おでこにきっ、きき、き……!?

 次の瞬間。

「えっ」

 見開いたヘーゼルの中にいたのは、ニャビーではなく見知った顔。そのヘーゼルが下へ向かうのを追うように、俺も視線を下げた。
 そこにあったのは毛むくじゃらの前足ではなく、人の手。そう、何もまとっていない、俺の腕と手。
 その俺の手は、あろうことか。

……え」

 アオイの胸を、わしづかみにしていた。わ、わあ……やわっこ、い……………………っっ!?!?
 弾かれたように視線をアオイの顔へと戻す。その顔は、りんご顔負けに真っ赤に染まっていて、ふるふるふるえていて。

「〜〜っっき」
………………わ」
「っきゃああああぁぁぁぁ!?!?」
「わぎゃああああぁぁぁぁ!?!?」

 俺たちは、それはそれは大音量で同時に叫んだ。
 次に、ばちぃん!! と小気味良い音。俺がアオイに平手打ちされた音だった。
 猛烈な勢い走り去っていくアオイを、俺は呆然と見つめていた。扉が閉まり、部屋の中は静かになる。
 叩かれた頬が、じわじわと痛くなってきた。

……夢、じゃ、ない…………?」

 見下ろした自分の体は、何も身につけてはいなかった。服どころか下着も、だ。おまけに股の間にあるものが、いつもよりその存在を主張している。
 間違いなく、見られた。誰でもない、アオイに。

……わ、わやじゃ…………

 俺の右頬に咲いた紅葉は、しばらく消えなかった。