やまだ
2026-02-22 14:38:59
1766文字
Public 羅小黑戦記
 

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2021.08.21 小白と師弟の話

「小黒、あのね……
 真面目な顔の小白がこそこそっと小黒ににじり寄ってきたのは、羅家に夕飯の臭いがこもりだしたころだ。開けっ放しの窓から射す橙色の光線が、土間を四角く照らしている。
「なに?」
 野菜の切れ端を拾う手を止めて横を向く。阿根はおじいちゃんと夕飯を作っていて、山新は二階で家族と通話中だ。一晩泊まっていくらしい。
 阿根や小白と階段を駆け降りてきた、白髪に猫耳の子どもを見ても、おじいちゃんはあまり驚かなかった。
 正体が小黒だとわかるとなおさらで、ほほほ、と笑いながら頭を撫でてくれた。確かにこんな子にお酒を飲ませちゃだめだよね、と言うおじいちゃんを、阿根と一緒に半目で見つめたものだ。
 小黒は料理はできないので、小白と一緒に土間の片づけをしている。さっきからなんだかそわそわしていた小白の手の中で、豆の莢がしわくちゃだ。
「あのね……私、小黒に紹介してもらう前に、小黒のお師匠さん見ちゃった」
「えっ? なんで?」
「さっき……
 任務に失敗した小黒を、天限が助けに来てくれたところを、小白たちもこちらから見ていたのだと言う。
 ただ見えたのは後ろ姿くらいで、すぐにカメラが暗転してしまったからそれもちょっぴりしか見ていない、と、小白はどこか悔しげに付け足した。
 ふうんそっか、と言いながら小黒はこっそり安堵する。小川での会話まで聞かれていなくてよかった。話の途中でちょっとだけ泣いてしまったので、あれを友達みんなに見られていたら格好悪い。
「小黒も強いけど、お師匠さんも強いんだねえ。よくわかんなかったけど、ひとりで周りの人あっという間にやっつけちゃったでしょ!」
 小白は嘘をつかない女の子だ。この子が凄いと言うときは、本当に心の底からそう思っている。
 无限の強さを見ても、怖いとか気持ち悪いとか、小白はこれっぽっちも感じていないのだ。藍渓鎮で小黒が大猫に変化したときだって、小白はちゃんと理由をわかってくれた。
 きらきらした目で師匠を褒めてくれる友達を前に、小黒の口がくすぐったくなる。うん、と、まず言葉より先に頷いた。
「そうなんだ。師匠……ぼくの師匠、すっごく強いんだ」
「それに、優しいんでしょ?」
「うん!」
 顎が胸につくくらい大きく頷く。にこにこ笑う小白へ上半身を傾けて、小黒は一生命に大根の葉を握りしめた。
「凄いんだよ、ぼくの師匠。優しいし、強いし、かっこいいんだ! 料理はめちゃくちゃへたくそだし、ぼくのおもちゃでずっと遊んでたり、遊びに本気になってズルしてぼくのことこてんぱんにするけど、でもいつもぼくのこと考えてくれてる!」
「小黒はお師匠さんのこと大好きなんだねえ」
「うん。ぼく、師匠が世界で一番好き」
「そうか」
 小白よりずうっと低くて、小白と同じくらい優しい、ここにいるはずのない声が返事をした。びっくりして固まる小黒と小白がいる土間に射す光が、いつの間にか人型の影を描いている。
 西日を負って微笑む无限が、窓枠に頬杖をついている。
 わあっ、と小白が明るい声をあげ、逆に小黒はわあっと叫んでその場に頭を抱えて丸くなる。
 顔が熱い。なんだかやけに汗が出てくる。もしかしたら尻尾が出てしまっているかもしれない。
……し、し、師匠、なんでここにいるわけ!」
「私もおまえを見送ってからログアウトしたから」
「そうじゃないってば! わかってるくせにっ」
「小黒のお師匠さんだ! ご飯食べるでしょ? おじいちゃんとお兄ちゃんに言ってくる!」
「ありがとう」
 おそるおそる顔を上げてみると、やっぱり无限が窓の向こうから土間の小黒を覗いていた。楽しそうに笑って小黒の持つ大根の葉を指さす。
「偉いじゃないか。ちゃんと手伝いができてる」
「う、……師匠、いつからいたのさ」
 无限はただ笑った。目を細めて、自分のほうが西日を負っているのに眩しそうな顔で小黒を呼ぶ。
……誰の料理がへたくそだって?」
……ずっといたんじゃん! なんでもっと早く声かけてくれないんだよ師匠!」
 立ちあがって大根の葉を振りかざす小黒を前に、とうとう无限は声をたてて笑った。
 柔らかく響く笑声に向かいあう小黒の顔がぽっぽと熱いのは、絶対に、窓から射すあかあかとした光のせいだ。