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流れザメ
2026-02-22 01:52:18
3150文字
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ビマヨダ
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お誘い
現パロでほんのり両片思いな死ネタビマヨダです。
自ら命を絶つ描写が苦手な人はご注意ください。
ビマヨダと川っていたら、ねぇ、もうあれしかないじゃないですか。
「川にでも行くか?」
夏の暑い日だった。
一度外に出れば容赦なく照り付ける太陽に肌を焼かれ、家に籠もれば部屋に充満した熱気で蒸し鶏にでもなったかのような錯覚を覚えさせられる。
クル家の歴史は長い。その歴史と共に歩んできた本家の屋敷もまた、それと同じぐらい年季が入った古い建物だった。
冷房なんて近代の設備は、この屋敷を終の棲家と定めているビーシュマ大叔父様と彼に仕える使用人達の部屋、そして一族の皆が集まる広間ぐらいにしか付いていない。数年に一度使われるかどうかの客室には、大して役に立たない古めかしい扇風機が一台置いてあるだけだ。
碌な空調設備も無く、さながら小さな灼熱地獄と化しているそんな部屋で、色褪せた革張りのソファに座ったドゥリーヨダナがビーマに投げかけてきた言葉が冒頭の台詞だった。
(川、か)
何をするでもなく二台あるベッドの片方に腰掛け、開け放たれた窓から入り込んでくる鳥たちのけたたましい鳴き声をぼんやりと聞いていたビーマは、屋敷の近くに流れている大きな川に思いを馳せた。
ビーマもドゥリーヨダナも、子供の頃はよくその川で兄弟達と水遊びに興じていたものだ。
過去の記憶と共に、冷たい川の水が火照った肌を包み込む気持ち良さが脳裏に甦る。
「良いかもな」
気が付けば、そんな言葉が口から出ていた。
ドゥリーヨダナが驚いたようにこちらを見る。
自分から提示しておきながら、同意されるとは思っていなかったらしい。
彼の動揺を表すように、手に嵌めれた金の腕輪がシャラリと音を立てて揺れる。部屋に差し込む日差しを磨かれた表面に反射して、ビーマの目を刺した。
「ほ、本気か?」
「あぁ。どうするんだ?行くのか?行かないのか?」
ビーマがベッドから立ち上がってそう問いかけると、ドゥリーヨダナは視線を下げて迷う素振りを見せた。しかし次の瞬間には勢い良く椅子から立ち上がり、「行く」と力強く言い放つ。
「それじゃあ早く行くぞ」
「あっ!おい待て!」
ビーマが窓枠に足をかけて庭へと降りる。
ドゥリーヨダナも少しもたつきながら、その後を追って部屋を飛び出した。
子供の頃に使っていた川への道は、すっかり気力旺盛な草達に埋め尽くされてしまっていた。
それでも、昔は夏になると毎日のように歩いていた道だ。おぼろげではあるが、二人は確かに川への道のりを覚えていた。
高そうの仕立ての紫色のシャツの袖を肘まで捲り上げて、行く手を阻む背の高い草達を薙ぎ倒しながら林を進んでいくドゥリーヨダナの背中を、ビーマはどこか感慨深く眺めていた。
幼少期は家の都合で家族ともども本家の屋敷に住んでいたビーマとドゥリーヨダナだが、こうして二人で川に向かった事は一度しかない。
しかもその時は昼間ではなく夜に歩いていたので、周りの景色はろくに見えず、この道を歩いた記憶はほとんど無いに等しかった。
従兄弟であるドゥリーヨダナは、一度弟達に怪我をさせたことがあるビーマを子供の頃から敵視していた。
昔から何かに付けて対立してきたあのドゥリーヨダナが、歩きやすい道を確保する為に自分の前を行き、滝のような汗を掻きながら先導している。
そう思うと、ビーマは何だか不思議な気分になった。
(暑そうだな)
草木で覆い尽くされた林の中を進んでいるとはいえ、夏特有の茹だるような暑さは微塵も和らいではいない。
ドゥリーヨダナのシャツは汗で濡れ、首元や背中、脇の辺りが濃く変色していた。
ビーマも同じで、全身から吹き出す汗を吸ってTシャツはぐっしょりと濡れている。
(そろそろ変わってやるか)
そう思い、ビーマがドゥリーヨダナに声を掛けようとした瞬間、急に林が終わって視界が開けた。
「着いた」
歩みを止めたドゥリーヨダナが肩で息をしながら呟く。
上下する肩の向こう。数十メートル程離れた所で、大きな川が涼し気な水流の音を鳴らしながら水面をキラキラと輝かせていた。
ビーマが川に近付こうとすると、ドゥリーヨダナに腕をつかまれる。
ビーマを見つめるその目には、戸惑いの色が浮かんでいた。
「お前、本気なのか
……
?」
「あ?ここまで来て怖気ついたのか?」
「違う!お前は本当に意味が分かって
――
」
「お前が俺と川に来る理由なんて、一つしかないだろ」
ドゥリーヨダナの肩がビクリと跳ねる。
見る間に顔から血の気が失せ、ドゥリーヨダナは何かを堪えるように唇を噛み締めながらその顔を俯かせた。
ビーマの手首を掴むドゥリーヨダナの指が小刻みに震えている。
力もろくに入っておらず、その手はビーマを引き止めているというよりも、縋っているかのようだった。
「お前が一緒なら良いかって、そう思ったんだよ」
「っ
……
、何で
……
」
ポツリと呟かれた言葉にドゥリーヨダナが悔しげな声を絞り出す。途中で嗚咽に掻き消された言葉を、ビーマは声に出されずとも理解していた。
どうして今更。それはビーマ自身も抱いていた疑問だったからだ。
「俺だって分かんねぇよ。ただ、このまま生きていてもきっといつか後悔する羽目になる。それならいっそ、今日お前と一緒にいった方がマシだって、そう思っちまったんだよ」
ドゥリーヨダナが顔を上げる。
両目に涙を溜め、今にも泣き出してしまいそうになるのを必死に堪えているその顔を見た瞬間、ビーマの中に僅かに残っていた躊躇いが吹き飛んだ。
ビーマはドゥリーヨダナの手を自身の腕から引き剥がし、互いに指を交差させて手を握った。
ピッタリとくっ付けた掌に、あっという間に汗が滲む。
濡れる不快はあったが、ビーマは決して手を離すまいとドゥリーヨダナの手を強く握りしめた。
ドゥリーヨダナも躊躇いながら、おずおずと手に力を込めてくる。
「お前こそ良かったのかよ。叔母さん達が泣くぞ」
「耐えられる訳ないだろ
……
っ。お前、が
……
――
」
くしゃりとドゥリーヨダナの顔が歪み、またもや言葉の続きが嗚咽に飲み込まれる。
震える喉共に瞼に溜まっていた涙が決壊し、頬を幾筋もの雫が伝い落ちていく。
泣き声だけは上げまいと必死に堪えているドゥリーヨダナを目を細めて見つめながら、ビーマはそっと彼の手を引いた。
「なら仕方ねぇか。行こうぜ」
ドゥリーヨダナが涙を拭いながら頷く。
二人は手を繋いだまま川に向かって歩き出した。
靴を履いたまま水に入り、そのまま川の中央へと進んでいく。
進む度に水嵩が増していき、岸から五メートルほど行ったところで、二人は腹の下辺りまで川に浸かっていた。
水流に晒される面積が増え、もうただ立っている事すら困難になりつつある。
更に前へと進めば、ここよりも遥かに深い川底が待っている。
かつて、幼いビーマがドゥリーヨダナに騙されて溺れかけた場所だ。
「良いか?」
「
……
あぁ」
ビーマの問いかけに、ドゥリーヨダナが鼻を鳴らしながら短く返事を返す。
二人は手の骨が軋むほど強く互いの手を握り締め直すと、白い泡がうねり流れる川面に頭を沈めた。
森に住む数多の生命の声がめいめいに声を上げる中、水しぶきが上がる音が青空に響き渡る。
二人は潜った。
深く深く。下へ下へ。日差しすら届かないほど暗い、川の底へと。
息の続く限り潜り続け、そしてそのまま、二人は二度と水面に顔を出すことは無かった。
クル家再興の為、名士の令嬢達とビーマとドゥリーヨダナの政略結婚が取り決められた、夏の暑い日の出来事だった。
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