山本
2026-02-21 23:37:36
3117文字
Public 突発的なやつ
 

先生は時々猫になる

利土井/全年齢/長期忍務前になると不機嫌なネコチャンみたいになる土とそんな土がかわいいが扱いが難しいなと思っている利

 土井先生は時々猫になる。
 とは言っても耳や尻尾が出たわけでも無ければにゃあと鳴いているわけでもない。
 ツンツン。わざとなのかそうでないのか、背中に少しだけ立てられた爪が布越しに皮膚に刺さる。チクリとはするもの痛みはないのでそのままにしていると、指先がゆっくりと動き始める。どうやら何かの文字を書き始めたようだ。
 り き ち く ん の ば か
 この可愛い生き物、ぶち犯してくれようか。そう出かかった言葉をどうにか喉奥に閉じ込めて努めて冷静な表情を作った。
 ゆっくり振り返ってみると大きな猫……もとい土井先生がこちらを見ている。その手はいまだに私の背中に刺さったままであるが、土井先生は特に慌てるわけでもなくそのままだ。
……先生、困ります」
「なにが?」
 何がではない。先ほどから明らかに私の仕事支度の邪魔をしているというのに、本人はなんのこと?ととぼけている。その顔がなんとかわいいことか!――ではなくて。
「そのようにされますと支度が終わらないのですが……
「終わるように支度するのがプロなんじゃないの」
「そう、言われましても……
 このトゲトゲしさである。ご機嫌斜めといった様子で顔を背ける様はいつもは組の良い子たちの前で教鞭を振るっている教科担任にはとても見えない。
 どちらかといえば主人に構ってもらえなくてご機嫌斜めの猫といった様子であった。
 とかなんとか言っているうちに、のっそりと土井先生が移動してくる。私の膝の間には潜入先に持ち込む予定の仕掛けなどが置いてある。今は最終確認を行っていたところだったわけだが、その仕掛けを持った私の手の甲にそっと手を重ねてくる。
 ふみふみ。指先を内側にしまい込んで所謂猫の手で私の手を押してくる土井先生はやはり不機嫌な表情だった。間違いなく猫である。
「土井先生」
……なに」
「ですから、あの、支度が……
 言いながらそっと仕掛けを端に避ける。土井先生もわかっているのだろう。仕掛けには決して触れぬように空いた場所にするりと体を収めるように私に跨ってくる。まろい頬を下から眺める。なんて可愛いのだろう。やはり私を殺す気なのだろうか。
 土井先生は不機嫌そうな表情のままで口を尖らせる。頬がぷくっと膨れ唇がツンと尖ったこの表情を見逃すと後が大変だと身を持って知っている私は、その尖った唇をやさしく吸う。ここで焦ってはいけない。あくまで唇の先端を合わせるだけだ。許されているのはそれだけで、ここから先をがっつくとまた機嫌を損ねてしまうから細心の注意を払うことが必要だった。
「ん♡」
 土井先生の鼻から息が抜けて、私の肩に両手が回される。深い口吸いをしていいよの合図である。これを見逃すと機嫌を損ねるし、かといってやりすぎても後からが大変なのだ。
 尖った唇を割って舌を絡ませて、土井先生が顔を少しだけ傾げて体重をかけてくる。その幸せな重みを感じながら、今日は最後まで出来るかな、と下心満載なことを考えるのもいつもの流れで。
「先生、よろしいですか」
 口を離して、呼吸を乱して頬を上気させる先生を見上げながらお許しを乞う。正直雰囲気はいける感じではあるが、ここで先に尻を撫でようものならば猫パンチならぬげんこつを受ける羽目になる。
「今回は、どれくらい?」
 先生が尋ねているのはきっと潜入の期間だろう。忍という職業を生業としている手前守秘義務ばかりで話せることはほぼない。だからこそおおよその日数を伝えるしか出来ないわけだ。
「そうですね、三月ほど、でしょうか」
 長めに見積もってそれくらいだろうか。土井先生もわかっているので、どこに行くのか、何が目的なのか踏み込んでは来ない。
 土井先生の眉間にくっきりと皺が寄った。長過ぎる、ということだろう。恋仲の土井先生を放ったらかして三か月。忍務で色を使う可能性もゼロではないのを察してのこの表情をされると私は何も言えなくなる。
 土井先生がはっきりと文句を言うことはない、プロの忍びを理解しているからこそ、きっと我慢して飲み込んでくれている。
 だが理解できても気持ちは納得がいってないということだろうか。
「明日朝早いんでしょう、そんなことする時間無いと思うけど」
 ぷいっと顔を背けられる。その横顔は不服ですと言っている。
 嗚呼、あるはずのない黒い尻尾が見えてくる。その尻尾はゆらゆらしていたかと思えば小刻みに動き始め床に叩きつけられている。たいそうご立腹なのが見て取れた。
 こうなると厄介である。
「土井先生、忍務の都合で貴方を長い間お一人にしてしまう利吉をお許しください」
 眉を寄せて目を伏せた。初歩も初歩、哀車の術である。土井先生だってそんな簡単に引っかかるわけはないが、何もせずお預けを食らうのはこちらも勘弁なため背に腹は代えられない。
「そんな顔して私が引っかかると思うなよ」
 土井先生は少しだけ気まずそうな顔をしながらそう言って視線を反した。まあそう言いますよね。次の攻撃へ移ろう。
「貴方に会えないと思うとさみしいです」
 土井先生の手を取って甲に軽く口づける。それから手のひらを頬に寄せてゆっくりと頬ずりする。その間に上目遣いも忘れない。
「!」
 わかりやすく土井先生が怯んだ。土井先生は弟の私にたいそう弱い。おねだりをするときにこの顔をした場合の成功率十割。圧倒的な必殺技であった。
……自分で長期忍務を入れたくせに」
 それを言われると辛いところである。だが別に私も好き好んで三か月禁欲衣生⋯⋯ではなかった、潜入任務をするわけではない。
「全ては土井先生に誇れる男になるためです」
 忍術学園の教師である土井先生の腕前は皆が知っている。そんな土井先生の恋仲である私が仕事のできない不甲斐ない男でいるわけにはいかないだろう。
 まだまだ未熟者である自覚はある。土井先生の隣に立つにもまだ実力は足りないのもわかっている。
「土井先生の隣に並んでも恥ずかしくない忍、男でありたいのです」
 だから、わかってくださいお兄ちゃん。
 ダメ押しとばかりに弟顔を作って見上げる。ぐ、っと土井先生の喉が鳴って、暫く視線を彷徨わせた後で先生がため息を付く。
「わかった。私の負けだ」
 降参のポーズを取った土井先生が布団に横たわった。相変わらず唇は尖っているがその表情は先程よりも柔らかい。
 どうやら今日の勝負は私の勝ちらしい。許可を得たのを良いことにゆっくりと覆いかぶさると、土井先生の丸い目がこちらを見ている。
「怪我しないで、傷ひとつつけないで私のもとに帰ってきて」
「もちろんです」
 実現できる可能性は低いであろう口約束をするのはいつものことだ。土井先生だってきちんとわかっていて毎度口にするこの言葉を、私は愛の言葉だと思っている。生きて必ず帰ると胸の中で誓う。
 土井先生が再び私の首に腕を回す。ぐっと引き寄せられて首筋に吸い付いてくる唇。私が長期忍務に入るときにだけ土井先生がつける所有印は猫が縄張り争いをするときに行う主張行動そのものだと思う。滅多にもらえない。だからこそ嬉しい。
「貴方の利吉は必ず戻ってまいります」
 私の言葉に土井先生が大きく頷く。私の回答は満点を貰えたようだ。
「りきちくん……
 土井先生が腰に足を絡めてきて、甘えた声で私の名を呼ぶ。ここまでくればもう大丈夫。私の腕の中の大きな大きな猫は、どうやら臍を見せてくれる気になったようだ。
「私を待たせすぎたら承知しないんだから」
 ないはずの黒い尻尾が、ゆったりと左右に揺れた。