ひるね
2026-02-21 21:50:04
4251文字
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火花

「指揮官と任意の構造体による任務」という企画に参加させていただきました。
明察バンジと指揮官のお話です。指揮官の性別はどちらでも。
まだあまり仲良くない二人です。

⚠️色々捏造、流血表現あります。なんでも許せる方向けです。

 
 合同任務の発令は簡潔だった。
 地上廃都市、旧エネルギー施設跡地。パニシング濃度上昇域。原因調査および排除。上層部の命を受け、グレイレイヴン隊およびストライクホーク隊の一部のメンバーで混成チームが結成された。



 瓦礫の粉塵がまだ舞っている。
 かつて稼働していた巨大炉は崩れ、鉄骨は錆び、赤い塵が風に混じって漂っている。大気中の粒子濃度は安全域を逸脱しており、視界は常に薄く滲んでいた。硬質化しかけた粒子が足元でカサリと擦れた。
 明察機体は戦況を再演算していた。残存敵性反応、三を維持。制圧率、上昇。近接班は機能停止。だが戦線は収束に向かっていた。

――粉塵が一瞬だけ、逆巻いた。爆圧。赤い光。

 最後の発光が崩れ落ちた瞬間、指揮官の熱源が視界から外れた。明察はライフルのスコープから視線を外さず、即座に索敵を切り替えた。
 《熱源検出 生命反応、微弱だが安定》
 《腹部損傷 異物反応あり》
 ――映像を拡大。
 《皮膚下 高密度反応検出》
 《硬質化片 残留》
 《材質不明》
 《成分解析 保留》
 《深度 外骨格貫通》
 《内部組織到達》
 《優先順位 敵性排除》
 明察はライフルの装填リミッタを解除した。
 残存敵性反応、三。第二形態へ移行済み。人型への変態途中だった。軌道予測、修正完了。粉塵の中で、異合生物の輪郭が揺らぐ。硬質化した赤い外殻が、まだ完全には形成されていない。動きは速いが、演算の範囲内。銃身がわずかに傾いた。

 ――引き金を引く。

 初弾、膝関節破壊。対象、転倒。硬化途中の装甲が割れ、内部コアが露出する。次弾、コア直撃。
 二体目、側面接近。
 射線、半歩修正。肩部破砕。動きが止まる刹那、胸郭中央へ一発。
 三体目、変態未完。
 赤い光を放ちながら前進するが、演算は既に終了している。引き金を引く。頭部コア、貫通。

 赤い発光が一瞬だけ強まり、やがて粒子へと崩壊する。硬質化しかけた破片が、瓦礫の上に散った。
 《演算負荷 低下》
 《敵性反応、消失》
 《射線上の危険因子 ゼロ》
 戦闘終了信号は表示されたが、明察の演算は終わらなかった。爆圧の残響が遠ざかり、粉塵がゆっくりと地面へ沈んでいく。視界のノイズが減衰し、優先順位が再構築される。
 《第一目標 敵性排除、完了》
 《第二目標 負傷者状態、再評価》
 《再算出開始》
 明察はライフルを担ぎ直し、瓦礫を越えた。熱源の座標、不変。生命反応、微弱ながら維持。瓦礫の陰に横たわる指揮官の傍らへ滑り込む。片膝を接地。保留していた解析を再開する。
 皮膚下異物反応、再スキャン。高密度硬質片、周囲組織との反応値上昇。数値が静かに変化する。色相データが赤域へ寄る。
 成分解析、照合開始。一拍の空白。
 《照合結果 一致率上昇》
 それは単なる破片ではなかった。戦闘中に飛散した高密度粒子が、瞬間的に結晶化したもの。生体組織と接触した際、侵蝕反応を誘発する可能性あり。波形がわずかに乱れる。
 《侵蝕確率 算出》
 《判定 未確定域》
 閾値未到達。しかし、安定域にも属さない。その表示は、警告音を伴わない。だが明察の内部で、優先順位が静かに塗り替えられた。
 敵は排除された――だが、終わってはいない。
 ゆっくりと視線を上げる。指揮官がこちらを見ていた。

――大丈夫。そのまま動かないで」
 明察――バンジは医療バッグを展開した。
 《腹部装甲接合部 再出血なし》
 《バイタル 微弱安定》
 《優先処置 循環維持》
 外骨格のヘルメットロックを解除する。気密が解かれ、蒼白な顔が露わになった。意識レベル、維持。視線、追従。
……ごめん。しくじった」
 声は低いが明瞭だった。
 バンジは頷き、次に腕部装甲を開放する。プレートが横へスライドし、生体スーツが露出する。
 血清アンプルを開封し、シリンジへ充填。静脈路へ接続し薬液を投与する。指揮官は瓦礫にもたれたまま呼吸を整えている。腹部を押さえる手が、わずかに震えていた。
「謝るのは僕の方だよ」
 バンジは周囲を見渡した。
 近接戦闘を担っていた護衛構造体はすでに機能停止している。異合生物の残骸は粒子へと崩れ、瓦礫の上に赤い痕跡だけを残していた。
「今回は主力がいない。……カムイかルシアでもいれば、違った」
 声に感情は乗らない。ただ、事実としての仮定を述べただけだ。
……仕方ないさ。突然の任務だった。有り合わせの人員でこの成果なら、上出来だよ」
 軽口の体を成しているが、覇気はなかった。粉塵の向こうで空が白く濁っている。バンジは目を伏せた。グレイレイヴン指揮官のことを、それほど深く知っているわけではない。だが、任務中の判断の速さ、冷静さ、部下を鼓舞する声――それだけは、何度も見てきた。
「そうだね。――任せて。あとは僕の番だ」
 バンジは損傷部を確認する。外骨格の亀裂の縁に、赤が滲んでいる。血だけではない。粉塵に混じる残滓にしては、色が濃い。バンジの視界の隅に、数値が静かに更新された。波形が揺れる。安定値をわずかに逸脱していた。
……少し深いようだね。外骨格の内側まで届いてる。止血と――
 伸ばした指先が、途中で止まる。指揮官が手首を掴んでいた。力は強くない。だが、迷いはなかった。
 空気が変わる。
――バンジ」
 指揮官の呼吸が一つ、浅くなった。
「私は、侵蝕されているかもしれない。……そうだね?」
 声は落ち着いていた。確認するように、指揮官がバンジを見上げる。押さえていた腹部の手がゆっくりと離れた。外骨格の裂け目の縁に、赤が滲んでいる。ただの出血ではなかった。粒子が傷口の周囲に絡みつくように揺れ、瓦礫の隙間へと落ちていった。バンジはそれを黙って見つめた。
「もし手遅れなら」
 指揮官の青ざめた唇がゆっくりと開く。だが、視線は一切ぶれない。
「迷わず撃て」
 軍人としての命令。戦場では、曖昧な情は命取りになる。
 バンジは答えない。指揮官の真剣な瞳を見た、その一瞬。最悪の選択肢が浮かぶ。だが、静かにそれを閉じた。
――まだだよ」
 低く、柔らかい声。
「始まってない」
 バンジは視線を傷口へ戻す。
「僕の演算を信用して。撃つのは、その後でいい」
 
 バンジは自身の隊服の裾を掴み、一気に布を裂いた。乾いた音が周囲に響く。丁寧に折りたたみ、指揮官の目前に差し出した。
「これ、噛んでて」
 柔らかい声だった。
「痛んだら、僕のこと殴ってもいい」
 指揮官はかすかに息を吐く。
……覚悟しておいて」
 冗談の形をしているが、声音はあくまでも真摯だ。指揮官は受け取り、布を口に含んだ。
 バンジは医療バッグから止血パッドを取り出し、手際良く周囲の血を拭った。温かい血が医療用手袋の上を濡らす。瓦礫の隙間に落ちた血が黒ずんで広がっていく。
 処理液を散布し、白い霧が傷口に触れる。瞬間、指揮官の肩がわずかに跳ねた。布越しに、呼吸が乱れる。
……っ!!」
 声にならない息が漏れた。バンジが外骨格の亀裂を慎重に広げると、内部で赤い結晶片が食い込んでいるのが見えた。周囲の肉は裂け、血がじわじわと滲み続けている。パニシング粒子の赤と混じり、色が濃い。
 バンジは一度だけ呼吸を整える。
――いくよ」
 裂けた傷口に指先を差し入れる。ゆっくりと内部へ沈む。指揮官の筋肉が拒むように収縮した。結晶片が外骨格と肉の間で深く噛み込んでいる。バンジは躊躇わず、引き剥がすように力をかけた。

 その瞬間。
 指揮官の背が瓦礫に強く押しつけられた。布を噛む歯が軋む。喉の奥で押し殺した呻きが震える。血が一気に溢れ、バンジの手袋を赤く染める。視界の波形が跳ね上がる。
――ッ、うッ!!ぁぁッ!!」
……頑張って。もう少し」
 声は穏やかなままだった。バンジの指先が結晶片を掴み、ゆっくりと引き抜く。外の空気に触れた瞬間、それは赤黒い光が強く瞬き、サラサラと風化していった。指揮官のバイタルサインが激しく乱高下する。バンジは宥めるように、指揮官の頭を掻き抱いた。
――下降。
 数値が赤域に触れるのと同時に、腕の中の重みが増した。指揮官の身体が、力を失うようにバンジの肩口へと沈み込んだ。だが、意識はしっかりと保っているようだ。荒い呼吸が続く中、バンジは止血材を押し当て傷口を圧迫した。指揮官の中のパニシング粒子が弱まっていく。
……よく耐えたね」
 バンジが柔らかく告げる。トントンと背中をさすると、指揮官が布を地面に吐き捨てた。それから、荒い呼吸を整えるように口端を上げた。
……っ、あんまりにも痛いから、危うく君を……、ボコボコにするところだった」
「ああ、そうなんだ。……あんな兎みたいに震えてたのにね?」
 二人で顔を見合わせて、思わず吹き出した。
 
 遠くで、輸送機のエンジン音が唸り声のように響き始めた。バンジは止血の圧を調整しながら言う。
「立てる?」
……立たないと、あとで笑われる」
 指揮官が片膝を立てる。次の瞬間、視界が揺れた。
 身体が傾ぐ。
 倒れる前に、腕が回った。迷いのない動きだった。バンジの腕が自然に指揮官の背を抱き寄せた。粉塵と血の匂いの中で、呼吸が触れ合う距離。破片を踏む音が静かに響いた。
 指揮官は一瞬だけ目を閉じ、それからゆっくり開く。
……さっき」
 声は掠れている。
「迷った?」
 問いは軽い。だが核心だった。バンジは瞬きをひとつし、肩をすくめる。
「どうかな。迷うほど余裕はなかったよ」
 軽く首を傾げる。
「君に万一のことがあったら、灰鴉隊の面々に八つ裂きにされちゃうところだったし」
 あくびを噛み殺すような声音だった。指揮官は眉を上げ、小さく笑う。
「それは、否定できないかも」
「でしょ?」
「だからさ、僕は自分の身を守っただけ。……ついでに君もね」
 指揮官の手が離れる。だが、指先だけが一瞬、布を掠めた。
――ありがとう、バンジ」
 バンジは少しだけ目を細めた。
「ん。……輸送機が来るよ。英雄様」
 肩を支えたまま歩き出す。
 輸送機の風圧が頭上に迫った。灰色の塵が舞う中、バンジは自然に手を翳し指揮官の目を庇う。冷却系統の熱が残る装甲。その腕の温度を、指揮官は確かに感じていた。
「ほら、帰ろう」