メメント森井もりさわ
2026-02-21 19:32:04
2993文字
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流れよわが涙、みたいな事を追跡者は言ったりした

完全に捏造のお話です。追跡者やレディのジャーナル内容に触れているので、ややネタバレ注意です。
追跡者や守護者、隠者、夜の刺客と夜の盗賊が出てきます。
誤字脱字、ありえない誤りなどあるかもしれません。すみません。許してください。
※詩の訳語はWikipediaからです。

流れよ、わが涙、なんじの源から溢れ落ちよ。
とこしえの追放を受けたれば、せめて我に悲嘆を許し給え。

***

 その日、追跡者・守護者・隠者の三人は災域に踏み込んだ。頭上には不気味に雲が渦巻いており、周囲は呪われた木々が枯死したままに立っている。この地では他世界の罪人夜の力に堕ちた夜渡りが現れる。敵は強力だが、討ち果たせば武器を奪うことができる。災域での戦闘は悪くない選択でもあった。
「来るぞ」
 追跡者が短く告げる。彼の視線の先で闇が立ち上り、やがて罪人が姿を現した。罪人は追跡者らを視認すると、武器を手に走り寄ってくる。無論、殺し合うためである。罪人のひとりは巫女だった娘。もうひとりは
「あちら側の貴殿か」
 守護者が呟く。追跡者と同じ羽兜を被り、大剣を帯びた剣士だった。夜に染まった剣士は、信念なく他者を殺す刺客に堕ちている。
 追跡者は厳しい口調で答える。
「容赦は無用だ。俺は巫女をやる。二人は“俺”を殺してくれ」
「分かった。無茶はしないでね」
 駆け出した追跡者の狙いを察したか、夜の刺客が目の前へ飛び込んできた。だが、そこへ隠者の放つ魔力のつぶてが襲いかかる。輝くつぶては過たず刺客に命中した。
 呻き声を上げよろめく刺客の横を、追跡者は走り抜けた。続けて守護者が駆け寄り、罪人ふたりを分断するように盾を構える。舌打つ刺客の背後には、既に隠者が控えている。守護者は刺客に告げた。
「相手をしてもらおう」

 追跡者は背後で戦闘が開始されたのを理解する。そして、目の前には巫女だった娘。
……
 罪人どうしで合流するのは諦めたらしく、娘は無言のまま短剣に魔力を纏わせた。先手を打たせまいと追跡者が娘に斬りかかる。しかし、一撃目は空振りに終わった。
 華麗だった巫女の身ごなしは、卑怯な戦い方へ変化してしまっていたのだ。
 ひらり、ひらりと距離を取っては隙をついて短剣を振るってくる。背後を執拗に狙ってくる振る舞いに、盗賊のようだと追跡者は思う。こちらの集中力が切れるまで逃げ続けるつもりなのだろう。面倒で、厄介だった。
 ぶん、と追跡者が横薙ぎに大剣を振れば、盗賊は再び距離を取るべく宙返りをした。
(面倒で、厄介だが)
 追跡者は大剣では追わずに、反対の腕左腕を相手に向けて突き出した。左腕の武装には、鉤爪付きのワイヤーが仕込まれていた。
 狙うは、今まさに盗賊が降り立とうとしている地点。追跡者はワイヤーを放った。
 ざく。鉤爪が肉に刺さる音と小さな悲鳴。
 太腿を貫かれた盗賊は、バランスを崩す。すかさず追跡者はワイヤーを巻き取りつつ、自身も敵に向かっていく。
 無理矢理、鉤爪が引き抜かれると同時に、盗賊は腹に大剣の突きを受けた。追跡者の大剣その荒い刃が皮膚と肉を突き破り、凄まじい痛みを盗賊は味わった。
(浅いか)
 娘の絶叫を聞きつつ、手ごたえで追跡者は判断する。抜く直前で大剣を少し捻ってやった。盗賊の腹部、その傷口から血が滲み出す。盗賊は地面にくずおれた。勝敗は明確だった。
 追跡者が、項垂れて晒された白い首に向けて大剣を振り下ろそうとした、その瞬間だった。
「、ッ!?」
 何か考える間もなく、追跡者は反射で身を逸らした。ぶん、と剣先が通り過ぎていく。一瞬前まで追跡者がいた空間を剣が斬り裂いていったのだ。
 剣を振るったのは、夜の刺客だった。
 どうやったのか、守護者と隠者の包囲を突破して来たらしい。刺客は血に塗れた姿で殺気を放っている。おそらく、彼自身の血だ。守護者たちからの攻撃を躱しきれなかったのだろう。羽兜も歪んでしまっている。
 それであっても、夜の刺客は追跡者を殺すべく斬りかかった。追跡者は咄嗟に丸盾で受ける。どつっ、と鈍い音が響く。骨まで痺れそうな斬撃だった。
(なぜ、こちらに?)
 冷静さを取り戻した追跡者の頭に疑問が浮かんだ。先ほど盗賊が上げた悲鳴を聞かなかったはずが無い。仲間である彼女の戦力が期待できない今、追跡者までを狙う理由など
(仲間を庇うため、か)
 刺客の渾身の蹴りを追跡者はあえて受けた。大した威力も無いがやはり、倒れている盗賊から距離を取らせようとしている。後ろへ下がった追跡者と入れ替わりに、追いついて来た守護者が前へ出る。
「すまん。ここからは私が
 守護者が翼で風を巻き上げれば、夜の刺客が簡単に体勢を崩す。致命傷を与えるなら今この瞬間だと誰もが思った。しかし、刺客は諦めていなかった。
 刺客の左腕でジャキン!と音を立てる“それ”は
「くそッ、下がれ!」追跡者の声。
 刺客は燃える楔を撃ち放った。轟音と共に熱と衝撃が追跡者らを襲う。薄暗い災域において、それは彼らの視界も眩しく焼いた。
(直撃していない? いや、目眩しか)
 どうにか視界を回復させた追跡者は、地面に倒れた守護者を見つけた。至近距離で爆撃を受けたため、気絶したのだろう。翼も少し焼かれてしまったらしい。
「騎士様」
 遅れて隠者が駆け寄る。追跡者は周囲を見回した。死体が無い。
「遠くには逃げられないはずだ。俺が止めを刺しに行く」
 守護者の治療を隠者に任せると、追跡者は敵を追うことにした。この災域のどこかに潜んでいることが確実だったためだ。手負いの獣は恐ろしい。こちらが復讐を受ける前に仕留める必要がある。

***

 とうとう追跡者は敵を見つけた。災域の片隅の、祭壇の陰に隠れるようにして、ふたりはいた。座り込んだ夜の刺客の腕の中で、巫女だった娘は既に事切れている。ふと、刺客が顔を上げた。
そこ、に、誰かいるのか?」
 もはや何も視えていないらしい。誰もいない空間に向かって刺客は問いかける。無論、追跡者は無言で近づいていく。手にする大剣は抜き身のままだった。
「頼む。彼女を、助けてくれないだろうか」
 ぴたりと追跡者の動きが止まった。
「せめて、この子だけは いもうと、なんだ
 刺客は、言葉を詰まらせて咳き込んだ。血濡れの湿った咳だった。なおも言い募ろうとする刺客に、追跡者は短く告げる。その女は死んでいるぞ、と。
「ああ」
 刺客は悲哀のこもった声を漏らした。ああ、どうして。
 ほとんど死にかけの男は熱に浮かされたように、朦朧としたまま語り出す。己の後悔を。

「むかし 子どもの頃。冬の訪れを感じる寒い朝だった。ひとりで遊びに出た先で、俺は霜柱を見つけたんだ。
 それを綺麗だと思ったから、妹にも見せてやろうと持って帰ったことがある。家に着くと 当たり前だが、霜はすべて手の中で溶けて泥になってしまっていた。
 俺は霜柱をすくい取ってしまわずに、妹の手を引いて、そこに連れて行ってやれば良かったんだ。そうすれば、あの子も透き通った美しい氷を見れたはずなんだ。

 俺は 俺は、いつも“こう”なのかもしれない。何かを選ぶ時、俺は
 あの子だけじゃない。本当は、みんなに

 追跡者は男を殺した。
 追跡者は、羽兜の下でしばし目を瞑った。今、この男が語った話は真実だろうか? いや、そうに違いない。追跡者は直感していた。
 だとすれば、俺が殺した“あの子”は

***

幸いなるかな、幸いなるかな、地獄にありて
このうつし世の悪意を知らぬ者たちは。