フリンズさん動画のためにカラオケへ行く話

※現パロ夢です。ご注意ください。

『DOM channelをご覧の皆様、僕はキリル・チュードミロヴィッチ・フリンズです。今回は新曲のPV映像のご紹介に上がりました。いま、カラオケでこの曲を歌っていただくと、PV映像も流していただけるとのことです。とても良い出来になっているかと思いますので、是非皆様にも見ていただきたいです。それでは、どうぞ。』


 
 PV映像が限定公開されていると情報を手に入れた私は、すぐに予定を立て、いつもの持ち物を鞄に突っ込んでカラオケ店に向かった。そしてCMとして流れる映像を見て、興奮のあまり上手く息ができなくなった。
「はぁ……最高すぎる。推しがいつも通り格好良い。ありがとうございました……
 一人きりのカラオケルームで独り言を口にして、CM映像を拝む。いいじゃん、一人なら好き勝手しても!
 それから、彼――キリルさんの新曲をカラオケ機器に番号入力する。検索せずとも番号は暗記しているので問題ない。連続で十回程予約入力し、三回目までは映像を楽しみ、残りは拙いながら歌うことにした。彼は声域が低めなので、私には辛い音域ではあるが、原曲で歌いたい一心で練習しているのだ。

 キリルさんの過去曲も数曲歌って満足したので、そろそろ帰ることにしよう。長めに利用時間は設定してはいたが、途中退室でも経過時間で会計もしてくれるからね。
「あっ……、と。危ないあぶない」
 机に並べていたアクスタを置き去りにするところだった。なんて事を……。キリルさんアクスタをさっと掴んでから扉を開けて、部屋を出ると――

 ――ドンっ!
……! ご、ごめんなさい。前を見てなか…………え?」
「すみません、急いでおりまして……おや?」

 扉から出た途端に、誰かとぶつかってしまった。体格負けした私は危うく転けそうになったが、ぶつかった人に腕を掴まれ支えて貰ったので、倒れることはなかった――のだが。
 え、な……なに? 推しと、瓜二つの顔をした美人が……⁈ 状況が理解できずに私は体が固まってしまう。そして掴まれたままの私の手元――握っていたアクスタに、彼の目線が注がれている。
……ちょうど良いです。失礼しますね」
「え、あ、ちょっと……!」
 ぐっと体を押されて、先程まで居た部屋の中に押し戻されてしまう。状況が状況なだけに、頭は混乱し続けている。

「しーっ。――お静かに」
 そのように声をかけられて目線を上に向けると、彼は人差し指を口元に当ててニコ、と口元に弧を描いて微笑む。彼との距離が近すぎて分からない、というかまだ頭が理解するのを拒否しているのだが、やはり……この人は?
 手元のアクスタと目の前の彼をもう一度見比べてから、小声で確認する。
「キ、キリルさん、ですよね?」
……えぇ、そうです」
「!」
 慌てて声を上げそうになったところで、「おっと、声を控えてくださいね」と、私の口を彼の手で覆われてしまう。頭はずっとパニックで呼吸を忘れそうになっていたのに、そんな事をされて頭から煙が出そうな気がしてきた。

「あれー? 生フリンズが居たと思ったのにぃ」
「だよねー! すっごい似てたよね⁈」

 そんな声が廊下から聞こえてきた。ガラスの扉越しに見えた姿は女子高生のようで、片手にはスマホを持っていた。
 なるほど、過激派のファンに撮影されそうになったってこと? いやしかし、ここにもファン(私)が居るんですが⁈
 
「すみませんね、少し慌てていたものでして」
 廊下の声が聞こえなくなったところで、ようやく抑えられていた口元は解放された。私は私で、この状況に生きた心地がしなくて、自分の心臓の音が痛いほど聞こえていた。
 喋ることのできる口が開放されたからといって、声が出せるとは限らないのだ。混乱したままの私は、何か言おうとしているのだが、口をパクパク動かすことしかできず、声が出ない。
「ふむ、驚かせてしまいましたね。……そうだ、お水をどうぞ」
 彼は持っていた小さな鞄からペットボトルを取り出して、蓋を開けて渡してくれた。促されるままに、水をコクンっと一口飲んだ。……少しだけ落ち着けた気がする。

「お騒がせしました。少し無理矢理でしたが匿っていただいて、ありがとうございました。……追いかけられてしまって、ね」
 キリルさんは眉を少し下げて困ったように微笑んだ。人気者は大変なんだなぁ……と、他人事ながら心配した。

 ――ピピピ
キリルさんのスマホから着信音が鳴った。そのまま電話を取った彼は「……えぇ、無事ですよ。これから合流しますね。……わかりました」と電話相手に二、三返答した後、電話を切ったようだ。そして鞄から何かメモを取り出しサラサラと何かを書いて、私に差し出す。受け取って良い物かどうか戸惑っていると、彼は空いている方の私の手を掬い上げ、手のひらにそれを乗せた。名刺のようだ。……名刺⁈
「何もお礼が出来なくて申し訳ありませんが、こちらをどうぞ。――それでは」
 それだけ言って、ドアノブに手をかけて出て行こうとする彼を見て、私は――
「あの……! 貴方の、キリルさんのファンです‼︎」
 手に握ったままだったアクスタを更にギュッと握って、勇気を出して、その一言だけ伝えることができた。キリルさんは、もう一度私の方へ振り返ってくれた。

「ふふ、知っていますよ。――ありがとうございます」
 
 そう言って彼はまた微笑んで、私の頭をポンポンと撫でた。再度固まってしまった私を置いて、彼は扉から出ていった。
 キリルさんが退出してからきっかり一分棒立ちした私は、ようやく我に返った。……夢心地とは、この事だね。


 ***


 ――後日、キリルさんのライブチケットが当たった。幸運なことに、さ最前列……本当に⁈
 ライブ当日、いつもよりもドキドキしながら参戦した。普段通り圧巻のパフォーマンスで最高の時間だった。
 ふと、キリルさんと目が合った気がした。そんな馬鹿な、自惚れでしかないと思うんだけど、手を振ってくれた気がした。座席が近い女子が「今、私に手を振ったよね⁈」とか騒いでいた。
 残念、きっと私に向けてなんだよね。――それぐらいは自惚れても良い気がしている。
 

 なお、あの名刺に書かれていた連絡先には、まだ勇気がなくて連絡出来ていません。



『こんな夢みたいなこと、実際に起こり得るんだね