荻谷
2026-02-20 23:47:49
4827文字
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好奇心

ワミ3プレイして大吾さん峯のこと抱きしめてー😭と思って書いた話です。エロくないけど全くエロが無いわけではないのでワンクッション

 最初は純粋な好奇心だった。
 彼は、自分が今まで出会ったどの人間とも違う不思議な人だった。新参者の俺に心を許し、気兼ねなく手を差し伸べる。立場も力もあるはずなのに、そんな素振りは少しも見せない。例えるならば、まっすぐな光のような人だと思う。悪く言ってしまえば甘い。俺はそんな彼が不思議で仕方なかった。ただ純粋に彼のことを知りたい。そんな衝動がきっかけだった。
「飲みに行きませんか」
 一文の得にもならない提案を彼に委ねる。あまりに脈絡のない誘いだったと気づいたのは、言葉が唇を滑り落ちた後だった。しかし、彼は「もちろん」と屈託のない笑顔で二つ返事をした。脈絡もなく誘ったにもかかわらず、彼の顔は俺がどんな大金を持ってきた時よりも輝いている。その事実が、乾ききった俺の胸に鋭い痛みを残した。
 
 その晩、彼に連れてこられたのは寂れたバーだった。良い女を侍らせ、もっと高い酒を飲めるだろうに、彼はそれをしない。やはり、変わっている。
「ここは俺のお気に入りの店なんだ。柏木さんも知らない、俺とお前だけの秘密な」
 ひっそりと告げる口は緩み、普段の厳格さは幾分か影を潜めている。こうしてみると案外年相応に見えるものだとどこか他人事のように思った。
 気に入っているのだと薦められた酒は、力強くて複雑だが柔らかく、かすかに甘く香る。まるで、彼のような味だ。そんな馬鹿げたことを思ってしまうほどには、俺もこの時に酔っているのかもしれない。
 ふと悪戯心のようなものが働き、彼との距離を詰めた。腕が触れ合うほどの距離にも、ちっとも嫌な顔をせず、機嫌よく酒を飲み進めていく横顔をじっと見つめる。一向に遠ざけようとしない彼に俺の体が癒着していくような気がした。シャツの薄い布越しにじわりと伝播していく体温に喉が締まる。
 どれほど度数の高い酒を流し込んでも、こびりついた渇きは癒えない。俺は縋るように、すぐさま次の夜を求めた。
 二度目の店内も、相変わらず人の気配はない。隅で点滅する小さなクリスマスツリーの灯りが、場違いな哀愁を撒き散らしていた。
「今日は峯のことを教えてくれよ」
 ロックグラスの氷を鳴らしながら、彼が俺をまっすぐに見る。
「俺のことですか」
「ああ。この前は俺ばっかり話しちまったからな」
 彼は逃げ場を塞ぐような瞳で俺の言葉を待つ。積み重なっていく沈黙が俺の喉を塞いだ。逃げるように酒を舐めるも、空っぽな人生をどれだけ振り返っても、彼に聞かせるような話など一滴も浮かんでこない。無垢な期待を一身に向けられることが、今の俺にはどんな尋問よりも苦痛だった。
「特になにも。語るに値しない、つまらない男ですよ、俺は」
 自嘲を込めた吐息とともに言葉を捨てたが、大吾さんは引き下がらなかった。
「なんでもいいんだ。本当、些細なことでいい」
……なんでも、ですか。そういうのが一番困るんですよ」
 突き放すような屁理屈を並べた俺に、彼は少しだけ眉を下げ、困ったように笑った。
「そうだなぁ」
 言葉を探すように顎を摩り、少し考えてから、無垢に瞳を輝かせる。
「じゃあ、好きなものとか」
 好きなもの。その言葉に、はっとして顔を向ければ、至近距離で目があった。彼は、ん、と首を傾げ、俺の答えをじっと待っている。その純粋な眼差しに、俺の胸は激しく掻き乱された。
……金稼ぎ、ですかね」
「はは。なんだそれ」
 笑う顔に胸が疼いた。目尻に浮かぶシワの一本一本すら見逃さぬように凝視する。緩んだ頬も赤らんだ頬も全てが煌めいて見えた。
 気がつけば俺は、机の上に無防備に放り出された彼の手に触れていた。わずかにカサついた皮膚の下には、硬い骨と浮き出た筋がある。それは紛れもなく、修羅場を潜り抜けてきた男の手だった。俺の掌からはみ出すほどの大きく武骨な熱を、握ることもできず、ただじっと重ね合わせる。
 不躾な触れ合いを彼は退けようとも、握り返そうともしないその静かな肯定だけを返した。直接伝わる体温がベッタリと俺の掌に絡みつく。何度手を洗っても取れないそれは呪いのように恐ろしく、同時に失い難いものだった。
 その次も彼は俺を受け入れた。いつの間にか当たり前になっていた距離感と温度は俺にひとつの気付きを与えた。
 それは、彼の瞳の奥には自分と瓜二つの男がいるということだ。そいつは、俺と同じように動くくせに、俺の知らない表情ばかりを浮かべている。彼の綺麗な瞳に写るそいつに妬ましく、羨ましく、どうしようもなく、嬉しい。
 そいつに一矢報いてやろうと、俺は口を開いた。
「抱かせてくれませんか」
 酔いに浮かされていた彼の顔から、微睡みがぴたりと消え去る。いつか、彼を初めて誘った時と同じ無感情な声が静かな店内に響いた。薄く開かれた唇が、正気の色を取り戻していく。
 彼はこんな俺も受け入れるのか。冗談と本気が入り混じった残酷な好奇心が言葉となってこぼれ落ちる。
 沈黙の中で、俺はただじっと彼の瞳を見据え、返事を待った。やがて大吾さんは深く目を伏せ、長い逡巡の末に、俺の顔を見ないまま静かに頷いた。
「いいぜ」
 鼓膜を震わせたその声が、わずかに、けれど確実に震えている。後にも先にも彼のこんな声を聞いたのはこのときだけだった。
 そこからは早かった。
 今までは誰のことも家にあげようと思ったことがなかったのに、大吾さんにはどうしても俺の家に来て欲しかった。俺も彼も男同士のやり方なんてろくに知らない。いい歳をした大人の男が四苦八苦する姿は滑稽だったと思う。苦労の末に繋がり、今にも果ててしまいそうな俺とは対照的に彼は脂汗を浮かべ、青ざめた顔をしていた。
 それでも、目が合う度に不器用に笑い、俺の頭を撫でる。痛々しい動きなのに、その体温と手つきがなによりも俺を満たした。
 一度知ってしまった幸福は、緩やかな自殺のように俺の理性を侵食していく。彼を求めれば求めるほど、自分の中の渇きが浮き彫りになった。少なくとも彼を抱いている間だけは、その視線も、熱も、吐息も、そのすべてが俺一人のものだった。彼の瞳に映り込むのは、欲望に歪み、執着に塗れた、俺自身がよく知る醜い男の顔だ。その顔を見る時だけは僅かに安心できる。泥濘を這いずるような浅ましさで彼と交わり、生の熱を奪う。その残酷なまでの充足感だけが、俺の空っぽな輪郭を辛うじて繋ぎ止めていた。
 そんなある日のことである。
 初めて抱いた時よりも熱の宿った表情をした大吾さんが醜い欲をぶつける俺の顔を見つめる。
 それから、おもむろに俺の頭を掻き抱き、自分の首筋に引き寄せた。耳元に熱い吐息が触れる。湿った唇が耳輪に押し当てられ、逃げ場のない距離で密やかに囁いた。
 「大丈夫」
 その言葉の真意は分からない。喉の奥が熱く、せり上がるような動悸に襲われる。それでも今までの人生でなによりも満たされた瞬間だった。
「峯って、俺のこと抱いてる時いつもなに考えてんだ?」
 ベッドにうつ伏せになったまま、気怠げにタバコを吸いながら大吾さんがふと問いかけた。その首筋には、俺が刻みつけた赤い歯形が痛々しく滲んでいる。それを見つめながら、問いかけられた質問の真意を探るが、どうしても答えに辿り着けない。
 やはり、この人は理解不能だ。
 焦燥に駆られた俺は、手にしていた煙草を灰皿に押し付け、導かれるように彼へ歩み寄った。
「なにって、大吾さんのことですが」
 絞り出した声は情けなく震えていた。大吾さんは俺の顔を横目で一瞥し、ふ、と苦い笑みを漏らすと、自身も煙草を揉み消した。
「怒ってるわけじゃねえんだ」
 億劫そうに身を起こしながら、彼はほとんど息だけで呟いた。
 それから、迷いのない動作で俺の頬に手を伸ばす。触れたその指先は驚くほど熱く、俺の強張った表情を一つずつ解いていく。
「ただ、心配なんだよ」
 大吾さんの指先が俺の頬骨をなぞり、目の下に居座るクマを慈しむように撫でた。いつからか深く刻まれていたそれを、彼は瞳を細めて見つめる。
「心配? 俺を、ですか」
「ああ。お前、俺を抱いてる時いつも……泣きそうな顔してるからさ」
 鼓膜に触れたその声は、残酷なほどに優しかった。
 自分勝手に彼を組み伏せ、一方通行な無体ばかりを繰り返してきた。そんな醜悪な男に対して、彼は出会った頃となんら変わらない、澄んだ視線を向け続けている。それが今の俺には泣きたくなるほどの痛みとともに俺に突き刺さった。体が強張り、息が詰まる。
「あ、ほら。またそんな顔して。どうしたんだよ、峯」
 背に手が回され、大きな体温に包み込まれる。その気になればすぐに振り解けるはずの力なのに、俺の身体は金縛りにあったようにピクリとも動かない。抗う術を失った俺は、彼の胸に頬をすり寄せ、唸るように言葉を吐き出した。
「違うんです。大吾さん……
「なにが?」
 問い返す声は、どこまでも穏やかであやすようだった。聞き覚えのある遠い昔の記憶が俺の心を苛めていく。
「俺はあなたのことしか考えてないんです」
  肩を擦っていた彼の手が、俺の頭に伸びる。セットされていない無防備に撥ねた俺の髪を、大吾さんの長い指が優しくすいていく。手が頭を行き交う度に思考が吸い取られていくようなそんな気がした。
「寝ても覚めても、あなたのそばにいない時でも、大吾さんのことしか考えられねえんです」
「うん」
 未知の感情を孕んだ声が脳の奥に響く。知っているようで知らないその声音が恐ろしくもあり、同時に恋しくもあった。
「でも、考えても、考えても、わからないんだ。あんたのことが」
 口からこぼれたのは、幼い子供がこねる駄々のような言い分だった。
 なんでも知っているつもりだった。なんでも手に入れたつもりだった。なのに、目の前にいるこの男は、俺の想定を軽々と飛び越えて、俺の知らない場所から俺を見つめている。あまりに惨めな自分自身に嫌気がさし、縋るような思いで視線を上げると、彼は慈愛に満ちた目で俺を真っ直ぐに射抜いていた。
 目が合うと、大吾さんは困ったように、けれど愛おしそうに、ふ、と息を漏らした。
「なら今日はこうして寝ようか」
 抱きしめられたまま、抗う間もなくシーツの海へと引き込まれた。今度は彼の方が上から覆いかぶさるように、俺の全身をぎゅっと包み込む。ほのかに汗ばんだ肌から伝わる生々しい体温と、耳元で響く一定のペースの心音。そのあまりに穏やかなリズムは、俺の全身を縛り付けていた強張りを、魔法のようにあっさりと解いてしまった。
 だが、毒気が抜けた後に残ったのは、耐え難いほどの羞恥だった。逃げ場を求めて身を捩る。しかし、大吾さんはそれを許さず、いっそ窮屈なほどに腕の力を強めた。
「なんだよ、照れてんのか?」
 耳元でくすくすと笑い声が聞こえる。低く掠れたその響きが、脳の奥を直接痺れさせた。
「別に、照れてなんかいませんよ。……不本意なだけです」
「はは、どの口が言うんだ。今まで何回寝たんだよ、俺たち」
 揶揄いの中に確かな親愛の籠もった言葉に、俺は露骨に顔を顰めて不貞腐れてみせた。
 それから俺は彼の逞しい身体に両腕を回し、仕返しのように、骨が鳴るほどの強い力で抱きしめ返した。
「あんたが言ったんだ。嫌がっても離しませんからね」
「はは、でっけえガキみてぇ」
 なにか一言言い返したいのに言葉が浮かばない。
 背中をトントンと叩く一定のリズムと、彼に包まれているという安らぎが、俺の思考を真っ白に塗り潰していく。次第にまぶたが重くなり、必死に保っていた理性の灯火が、潮が引くように遠のいていく。必死に眠気に抗おうとしても大吾さんの手が、それを許さない。意識が途切れる刹那、額に柔らかいものが触れた。
「おやすみ、義孝」