目の前で繰り広げられるイルカショーは、カバキが小さい頃に親に連れて行ってもらった水族館のものとは違っていた。まず第一にこんな暗い時間にはやっていなかった。ナイトタイムのイルカショーは音楽に合わせてイルカが泳いだり飛んだりするだけでなく、ライトアップや噴水ショーまで交えて本当にショーとして成り立っててカバキはいつもより目を大きくした。
「今ってこんな感じなんですね、イルカショーって」
クルクルと回るイルカを見ながら右隣に座るトガシに声をかける。
「ね、わりと見応えあるよね。結構好きなんだよね、俺」
その言葉は想像をかきたてるに充分すぎて、カバキは無視することができなかった。跳ね上がるイルカに感嘆の声を上げるトガシの横顔を見る。
「⋯⋯何回も来たことあるんです?」
「んー、たまに?」
チラリとトガシがカバキを見て、すぐに視線を戻した。ごまかされた気がしたが、黙っているほどカバキは大人ではなかった。
「……水族館すきな彼女さんだったんです?」
カバキはザワザワする気持ちを持て余すことができず、素直に口に出してしまう。
――こういうところがガキやねんな……。
わかってはいてもモヤモヤするよりは聞いてしまったほうがいい。
首を左に向けてカバキの方を向いたトガシはきょとんとした顔をする。
「彼女、というか。女の子ってだいたいこういうの好きじゃない?」
これは間違いなく此処はトガシの定番デートスポットに違いない。なんだか二番煎じにされた気分でカバキは面白くない。
「……モテますもんね、トガシさん」
「ぜんぜんだよ。カバキくんのほうがモテるでしょ、だってカッコいいもんね」
笑ったトガシは歓声につられて視線をもどす。
カバキは『カッコいい』の言葉が耳の奥にリフレインして、にやけそうになる口元を必死で引き締めた。好きな人に外見を褒められるとこんなに嬉しいのかと驚く。
「あはっ、可愛いね」
トガシの声にドキッとしたが、トガシはヒレを振るイルカを見ていただけだった。カバキは少しホッとする。普段見ないトガシの様子のほうが愛らしくてカバキは来てよかったと思った。
カバキは誰かと付き合ったことがない。学生の時はめんどくさかったのと、陸上が第一だったからだ。憧れの人に早く近づきたかった。社会人になってからは、ずっと近くに好きな人がいたから。告白されたのは一度や二度ではないが、好きでもない相手に時間を取られるのは嫌だった。
どうやらトガシはそうではないらしい。自分の気持ちに追いつくと言って付き合ってくれているトガシだが、そんなに気楽に誰かと付き合えるなら、自分の感覚とはだいぶ違うのではないかとカバキは寂しさが拭えない。
そんな事を考えているうちに、ひときわ大きな歓声があがって、拍手がおきた。トガシも拍手してるのをみて、カバキもならう。どうやらショーが終わったらしい。後半は見たような見てないような感じだった。
「どう、カバキくん?やっぱり子供っぽかった?」
「いえ、思った以上に面白かったです」
「よかった」
観客が一斉に立ち上がり出口に向かう渋滞ができる。
「落ち着いてから出よっか?」
「ですね」
急ぐ必要もないので座ったまま落ち着くのを待つ。
「最後に彼女さんいたのいつです?」
どうしてもイルカショーの間に聞いた言葉が忘れられず聞いてしまう。これも悪い癖だなとカバキは思う。まったく興味ないことは聞いたりしないが、トガシに関しては別である。
「ここ数年はいないよ……なんか、ほら。オフシーズンで付き合い始めてもさ、シーズンになるとそっち中心になるから。連絡とかしなくなって、そのまま自然消滅とか、別れ話されたりとか……」
だから長続きしないんだよね、とトガシは苦笑する。毎シーズン違う彼女だったということか、とカバキは少なからずショックをうけた。
「でもカバキくんなら大丈夫だね」
「……何がです?」
ショックが抜けないまま、カバキが小首を傾げると、トガシは右手で首を撫でながら少し笑う。照れているのかもしれない。
「だってシーズンに入ったら競技のほうが大事なのは当たり前だし……それに会わないってことはないだろ」
覗き込まれるようにトガシの顔が近づいてくる。
「絶対隣にいるんじゃない?そしたら自然消滅なんてしないよね」
トガシの顔がほんの少し動けばぶつかりそうなほど近くにあって心臓がはねあがる。
――落ち着けや、俺の心臓……!
カバキは胸のあたりをおさええて、視線をずらした。
「それ言うなら、ちゃんと怪我なおしてまともに走れるようになってから言ってください」
「わかってるよ」
ヘラヘラ笑ってるトガシにカバキは少し腹が立つ。そして少し不安になる。連絡が取れなくなったり会えなくなったりしたら、トガシは簡単に自分のことを振ってしまうのではないかと。
――俺はずっとずっと好きやのにな……。
トガシと自分の間には見えない距離がかなりある気がして、カバキは淋しくなった。
考えてもしょうがない、とカバキは視線を上げて周りを見回す。だいぶ人がまばらになってきていた。
「だいぶ人はけましたね。そろそろ行きます?」
「あ、ねぇ、カバキくん、手を出して」
「なんすか?」
返事をしながら素直に右手を出すと、掌にトガシが何か乗せてくる。イルカのキーホルダーだった。青のカラーが入ってる。
「ちゃんとデートしたの初めてだろ。だから記念に。カバキくんのユニカラーね。俺はこっちの赤」
お揃いだよ、と笑いながらトガシも赤いカラーの入ったイルカのキーホルダーを持ち上げて見せた。
驚いたカバキが声を出せないでいると、トガシの笑顔がだんだんひっこんでいく。
「ご。ごめん……ちょっと浮かれすぎてたかな……ガキっぽすぎた……」
「ちがっ……」
上ずりそうな声が出てしまい、喉がきゅっと締まったカバキは顔を俯かせる。ぎゅっと手のなかのイルカを握りしめた。顔が熱くなるのを感じて、ますます顔を埋めてジャケットの襟に半分隠す。
「嬉し……です」
絞り出すように言ってチラリと視線を上げてトガシを見ると、少し困った様子で頭をかいている。
「俺、こういうの、初めてで……」
「こういのって?」
トガシが顔を少し近づけて来る。自分の声が小さいからだろうが、カバキはますます顔を俯かせてジャケットの襟に顔をうずめる。
「だから……デ、デート、とか……お揃いとか……」
カバキは途端に恥ずかしくなった。これなら好きでなくても経験として何人か付き合っておけばよかったのではないかと今更ながら後悔する。こんなお揃いのキーホルダーをもらったくらいで狼狽えるほど嬉しくなるなんて、自分でもらしくないとカバキは思うが、相手はトガシである。まったく予想していなかっただけに、嬉しくてたまらない。
「あ、そういうこと……?カバキくん、おれが初めてなの?」
ハッキリ聞かないでほしかった。改めて聞かれてしまうと恥ずかしい。仕方ないじゃないかとカバキは思う。ずっと一筋だったのだ。目の前の相手に。
「わ。悪いですか…?」
絶対に情けない顔をしている自信があるカバキは顔が上げられない。
「違う違う、えっとうれしいと言うか……」
ちらりと視線をあげると、トガシがふにゃりとした笑顔で、指で頬をかいていた。あまり見たことがない、照れたような溶けた笑顔。
「光栄、かな……?」
その言葉に思わずカバキも微笑む。トガシは「そっかー」と何度か呟いて後頭部を搔くと、カバキの顔をのぞきこんできた。
「じゃあ、これから色々一緒にハジメテ楽しもうね」
その『ハジメテ』の響きに色々含まれている気がして、カバキはまた顔を俯かせる。
「もうちょっとここにいよっか」
トガシはそう言って、イルカを握り込んだカバキの右手に自分の左手を重ねてきた。
返事のかわりにカバキはされるがままになる。
すっかり人がいなくなったショーエリアで、カバキはトガシの掌の熱が思ったより熱いなと感じて嬉しくなった。
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カバキくんストイックすぎてハジメテ設定を強く推していきたいところです。
まだまだ全然報われないので、早く報われてほしいし、次はもうちょっとスキンシップしてほしい。まだカバ→→→→→→→←←トガくらいじゃないかとおもいます。
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