ご指導させていただきます

オクトラゼロ/CPなし フェンさんの料理がおいしすぎて、自分でも気付かないうちにチョット太ってしまった主人公(♂2ソリくん)それに直面する事件が起こり、居合わせたヴィアトルさんは……という話です。ヴィアトル・ソリ・フェンさんでお送りする。ほのぼのウィシュベ。ネタバレはほぼありません。地名・料理名くらい? 復興3章くらいのイメージ。

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 ヴィクターホロウからウィッシュベールまでのやや長い森道。その中腹で日暮を迎えた一行は、他の旅人の野営跡を見つけ、今夜の寝床をそこに決めた。
 焚き火を囲み、食事をとる。調理の担当は、街でも酒場で腕を振るっているフェン。それから、幅広い薬草の知識を持つメイシィ。
 野営を挟まなければならないことはヴィクターホロウを出る前からわかっており、食材は十分に用意されていた。森の中で狩れたトリ肉もある。八人は大所帯だが、その分食材も手分けして持ち運べ、急な野営でなければひもじい思いをすることはない。
「あー、うめ〜。フェンさん、また料理の腕上がったな」
「野営には野営のやり方があんだよ。旅が長くなってきた証拠だな……って、お前、まだ食うのか?」
「この、キノコとトリのスープうま過ぎてやめらんねえ。鍋一杯いける気がする」
「気に入ってくれたのは嬉しいが、全部お前のもんってわけじゃねえんだからな……
 この旅仲間のリーダーである年若い男、ウィッシュベールのソリが、兄貴分とお決まりのやり取りをしている。若さゆえか、本当によく食べる。ソリがスープのおかわりを鍋から掬い、フェンが呆れ顔を見せると、仲間たちは小さな笑い声を漏らした。
「ソリ、お前さ……
「ん〜?」
 だが、今夜は兄貴分からもう一言あるようだ。焚き火越しに話をしている兄弟分を、ヴィアトルは穏やかに眺めていた。
「お前、ちょっと太ったんじゃねーか?」
「ええ? そんなことねえだろ。服ずっと同じだけど困ってねーし」
「俺の思い過ごしか……? スティアはどう思う?」
 フェンがソリの幼馴染に話題を向ける。ソリの隣でゆっくり食事を進めていた彼女は、隣の男の顔を横目に見上げ、少しだけ首を傾げた。
「うーん。変わらない、かな、と思います」
「そっか。お前が言うならそうなんだろうな。ま、食える時に食っといた方がいいか」
「そうそう。明日ちゃんと食えるかわかんねーからな」
 どうやら、話は決着がついたようだった。笑い合う三人を見て、ヴィアトルも考えてみる。ソリの体型は痩せすぎでも太りすぎでもない、平凡な体型に見えた。彼は人や資材を求めて旅をしたり、街の復興作業を日々こなしているから、学者といえども体力や筋力は人並み以上にあるだろう。ヴィアトルは他の仲間たちよりずっと前から彼を見てきた。その立場からしても、確かに、太ったようには見えない。
 一人で納得し人知れず頷き、ヴィアトルは自分のスープをスプーンで掬った。
 口の中でスープをゆっくり味わい、飲み込む。そして、この料理の味が間違いないこともまた事実であると微笑んだ。鍵の伝承はまだ解き明かせていないけれど、こんな素敵な野営が経験できて嬉しい。人生は剣の修行だけではない。彼らの旅に同行することができてよかった……と噛み締めたのであった。
 
 *
 
「おっし、そんじゃヴィアトル、そっちは頼んだぜ」
「はい。お任せください」
 日差しも穏やかな午後のウィッシュベール。
 復興途中の街へ帰還し、翌日の昼のことだった。ヴィアトルの住まいの裏手はまだ未開拓で、焼け落ちた家屋の廃材や死んでしまった草木の残骸が痛々しく残っていた。今日はそこを片付けるつもりだとソリが言うので、ヴィアトルは手伝いを申し出たのだった。
 手伝いをしてくれとも言わないが、手伝いをするとこちらが言っても遠慮しないのが、ソリという人の気持ちのいいところだな、とヴィアトルは思う。話が早いという点ももちろんだけれど、何より、ヴィアトルのこともウィッシュベールの仲間の一員であると彼自身が思ってくれているのがよく伝わってくるからだ。
「もうどうしようもねー枯草とか腐ってる木はこっちの荷車。もう一台にはまだ使えそうなもん載せてくれ」
「承知しました。日が暮れるまでになんとかできるといいですね」
「二人でやりゃ、いけるだろ。頑張ろうぜ」
 ソリがにっかり歯を見せて笑い、手袋をした手で握り拳を作る。彼もヴィアトルも、今日は軽作業なので武装はしていない。長袖に手袋、ズボンに靴。野良仕事では、とにかく肌を露出しないことだ。
 ソリは腰に布を巻き、その上から作業用具のポーチをベルトでぶら下げていた。髪はいつも通りてっぺんで一つに結い上げている。その姿はまさしくどこにでもいそうな街の青年で、彼が各国の主導者に力を貸し、強大な敵と対峙しているとはとても思えない。
「んじゃ、おれはこっちをやるかな」
 絵に描いた太陽のような色の髪を揺らし、ソリがヴィアトルに背を向けた。彼の前には、黒くなった木とその下敷きになっている枯れ草。彼の背を見て、ヴィアトルも作業に入ろうと自分の前の煤けた瓦礫に向き直る。
 びり、びりりッ
 異音が響いたのは、その時だった。
 咄嗟に振り返る。ヴィアトルは知っている。その、稲妻のような悲鳴を。それは、張り詰めていたものが裂ける、痛烈な叫びだ。
「ソリさん……!」
……⁉︎」
 黒目がちな瞳をぱちぱちやっているソリと目が合う。彼も音を聞きつけたに違いない。どこだ。どこで鳴ったんだ。ヴィアトルは周囲に視線を巡らせた。廃材、枯れ草、二つの荷車、その中心に、膝を折ってしゃがんでいるソリ。
……!」
 ソリの……ズボンの尻が破れている。縫い目に沿って真っ二つだ。音の正体はこれだ。聞き覚えのある、布が裂ける音。どうしよう。見なかったことにしたい。いや、もう見てしまった。逃れようがない。肌色は見えていないから、下着は無事らしい。でも、そんな、ズボンの尻が真っ二つに裂けるなんてそんなことあります⁉︎
「ぶっふ……
 笑ってはいけない。そう思うのに腹筋が勝手に捩れる。ヴィアトルは口元を手で覆い隠し、その下で堪えきれなかった声を漏らした。顔だけは、顔だけは笑うな。下唇を噛み、顔中に力を込める。怖い顔になってしまったかも知れない。しかし、失礼をはたらくよりマシだ。
「な、なんだヴィアトル……? すげー顔してんぞ?」
 当事者の彼は、尻が破れたことに気がついていないようだ。自身の背面なのだから、見えていなくて当然だ。ヴィアトルは素早く左右を確認した。幸いにも、近くを歩いている人はいない。作業に入ろうとしていたのを中断し、口を押さえたままソリに近づく。
「だからどうしたんだってば。それに、今の音……ま、魔物か⁉︎」
 ヴィアトルに近寄られ、ソリは自然と立ち上がった。そうしてくれると、裂けた部分が閉じて、いくらか心に平穏が訪れる。ヴィアトルは彼に向かって首を振り、すっと後ろを隠すように背面に立った。
「ソリさん」
「なに」
 片手を口のそばに立て、小声で耳打ちをする。
「落ち着いて聞いてください。あなたのズボンの尻が……破れました」
……は⁉︎」
 事実を伝えると、一拍ののち、ソリが裏返った声を上げた。彼は後ろ手に尻を探り、ずばっと裂けているズボンの切れ目を指先で探り当てる。すぐそばの頬がぼっと紅潮し、黒い目がまんまるになった。
「うっそ……だろ……
「残念ながら……現実なんです……
……マジか……はー……かっこわりぃ……
 ソリは尻から手を離し、両手で顔面を覆って俯く。ああ、この姿、自分しか見ていなくて本当に良かった。いくら彼が名誉にこだわらない人とはいえ、これはあんまりだ。
「フェンさんの言う通りだったんだな……おれ……太ったのか……
 切なげな声が弱々しくそうこぼし、ソリの背が丸まっていく。そのまま彼はへなりと座り込んでしまいそうになったので、ヴィアトルは彼の膝が折れる前に肩を支えた。だって、座り込まれるとズボンの裂け目が見えるから。
「意気消沈のところ申し訳ないですが、座ると見えますから、どうぞお気を確かに」
「すまねえ……
 ソリはまだ顔面を隠したまま、耳まで真っ赤だ。太ってしまったことに気が付かなかったことと、ズボンが裂けたことをとても恥じているのだ。これは彼に課せられた試練。何か手助けをしてあげたい。
 それはそうと、今はまず……
「ソリさん、私の家はすぐそこです。まずは破れてしまったズボンをなんとかしましょう」
「ヴィアトル……
「お任せください。私はお裁縫も、得意なんですよ」
 俯いていた彼が、指の間からちらりと瞳を覗かせる。その瞳に微笑みかけると、彼は眉尻を垂らして笑顔を返してくれた。
 
 *
 
 ソリは後ろから肩を押される格好でヴィアトルの家に入った。他人が見たら妙な歩き方でしかないが、彼が後ろにいてくれることで裂けたズボンは誰にも見えない。ヴィアトルは本当に気遣いのできる奴だ。
「ええと、これを」
「おう?」
 家に入って鍵をかけると、ヴィアトルは真っ直ぐにベッドへ向かい、掛布の下から毛布を引き抜いた。それを、ソリに手渡してくれる。
「脱いでもらわないといけませんから、仕上がるまで毛布をかけてベッドに座っていてください」
「ああ、そうだよな……うわあ……ほんと、悪ぃな……
「事故ですから、気にしなくていいんですよ」
 ヴィアトルの前でパンイチになるのが恥ずかしいかというとそうでもないなと思えるのだが、相手が見たいもんかと言ったらそうじゃない。裁縫道具を用意する、とヴィアトルが後ろを向いている間に、ソリは大人しくズボンを脱ぎ、ベッドに座って毛布をかけた。
 脱いだズボンの尻を改めて自分で見てみる。尻の真ん中を縫い合わせてあったのが、糸が切れてばっさり分かれてしまっている。引っ張られたせいで布も少しほつれていて、痛々しい。
「ひでえ……
 ひどいも何も、自分の尻がデカくなったせいなのだが。それを考え、ソリは再び落胆した。外に出るのも鍛錬も野良仕事も好きなのに、なんで太ったんだろう。
「私にも見せてくれますか」
「ああ。こんなになっちまってるけど、直せんのか?」
 ヴィアトルが椅子を引いてきて、ソリの斜め向かいに腰掛けた。サイドテーブルに裁縫道具を置き、裂けたズボンを受け取ろうと手のひらがこちらに向く。その手にズボンを手渡し、ソリは優しい眼差しが裂け目を検分しているのを眺めた。
「大丈夫です。切れた糸は外して、新しい糸で縫い直せばまた履けますよ」
「そっか。すまねえが頼む。あとで礼させてくれ」
 礼を申し出ると、ヴィアトルは手と首を横に振って必要ないと言った。それじゃこっちの気がすまねえから、礼は絶対するけど。
「ふむ……
 ヴィアトルはズボンの生地を半分ひっくり返し、切れた糸を抜き始めた。引っかかるところは針を使って引き出し、どんどん糸屑を捨てていく。
「ソリさん」
「ん?」
「大きさ、どうしましょう」
 ぎくりと胸が鳴った。元通りにしても、今の自分ではまた破いてしまうかもしれない、ということを指摘されているのだ。
「お、大きくできるのか?」
「できますよ」
 頷き、ヴィアトルはズボンの内側をソリに見せてくれた。
「縫い合わせるのを簡単にするために、生地は余裕を持った大きさで断たれています。この余分な部分を縫い代といいまして。これを少なくすることで、若干ですが幅を広くできるんです」
 剣士の指は「縫い代」という部分を指で押し上げ、ソリに見やすいようにしてくれた。布が折り返され、癖づいている部分が見え、ここの幅を狭くした分、ズボンを大きくできるのだな、と理解する。
「どうしましょうか」
「う……んん……
 ソリは眉を顰め、唸った。大きくすればとりあえず安心だ。でも、家にある他の服はどうすんだよ。それもヴィアトルに直してもらうのか? 太ったことを許容すんのか? 諦めていいのか? なんか……それってすげえかっこ悪い。
「元通りに……
「はい」
「元のサイズのままにしてくれ。自分の体の方をなんとかする」
「わかりました」
 心なしか、ヴィアトルの了解は明るく聞こえた。髪の色の柔らかさと同じくらいにふわりとした微笑みを浮かべ、剣士は椅子に掛け直す。そして彼は、裁縫道具の中から黒い糸の束を取った。黒いズボンだから、それに合わせてだろう。
 ソリは不器用だ。裁縫の知識がないわけではないし、針を持ったことがないわけでもないけれど、指の関節一つ分くらいの幅で波を縫うくらいしかできない。それも仕上がりはガタガタになるので、スティアにはやらなくていいと言われる始末だった。
 なので、剣士の指が細かく布を繕い始めるのを見て、感動した。多分スティアより上手い。慣れを感じる指さばきだ。
……ソリさん、私はあなたが太ったと言われた時、そんなことはない、と思ったんですよ」
「えっ、ああ……。はは、実際は、太ってたみてえだけどな」
「ええ。フェンさんはあなたのことをよく見ているんですね。些細な変化も見逃さないとは」
 太ったことはショックだが、兄貴分の面倒見の良さを褒められるのは嬉しい。それでソリはなぜか照れ笑いをし、指先で頬を掻いた。
「しかし、何が原因なのでしょう。あなたは活動的だし、鍛錬もしている。正直はじめは学者であることの方が疑わしかった程なんですが」
「んー。なんだろうな。おれも座りすぎってことはないと思うんだけど」
 すいすい針を動かし、ずっと手元に向いていた綺麗な碧眼が、瞬きと一緒にソリに視線を移した。ヴィアトルは手を止め、数回瞼を瞬き、斜め上空を見上げ、また作業に戻る。
……フェンさんのお料理は美味しいですよね」
「ん? ああ、そうだな。どんどん美味くなってく」
 またフェンの話題だった。けど、ヴィアトルの言う通りだ。旅で訪れた街でレシピを習い、ウィッシュベールで採れた食材と交易や旅で集めた食材を使って、どんどん新しくて美味しいものを作ってくれる。
「フェンさんの料理が、なんだ?」
「あなたは、フェンさんのお料理をどれくらい食べてるんです?」
 尋ねられ、頭の中で思い返してみる。
「昼と夜はフェンさんとこで食ってる」
「何をどれだけ食べたか覚えていますか?」
「んー……と、昨日は帰ってきてからパン五個、ヤキトリ一皿、ニジザケのフライ二皿、パエリア、揚げポテト、グリーンサラダ、スープ三杯、最後にアップルパイも食べたな!」
 指折り数えて指が全然足りないことに気が付く。ヴィアトルは口を半開きにして、手を止めてしまっていた。
「きょ、今日の昼は……?」
「今日の昼はパン三個、ミルクスープ、目玉焼き、クリームパスタ、川豆ハンバーグ、揚げポテト、デザートに果物も」
「ふー……はー……
 ヴィアトルが突如深呼吸を始め、ソリは喋るのをやめた。実は最後にブドウジュースも飲んだ。言っちゃおうかな、と思ったが、しかし、自分で喋っていてやばいな、ということを悟り始めてもいた。
「大丈夫か、ヴィアトル」
「はい、大丈夫です……。少々……想像の限界を超えそうになってしまいました」
「はは……いや、聞いてくれてありがとな。おれ、やっとわかってきたぜ……食い過ぎだって」
 いくら運動してたって、こんだけ食ってりゃ太るわ。あっさり原因が見え、ヴィアトルの教え方に感動と感謝を覚える。自分で気付いたら、これからは自分が見張ってくれるだろう。
「あなたがフェンさんのお料理をお腹いっぱい食べられるのは、あなたが街の復興に尽力し、誰も困ることのない食環境を整えたからです。いわば幸せ太りですよ」
「ああ、そう思えば悪くねえが……やっぱケツでかいのはかっこ悪ぃから、フェンさんの飯はちっと我慢して鍛錬の時間を増やすよ」
 決意は固かった。だって、またこんなことになったら次こそ立ち直れる自信がない。戦闘中にでも破れてみろ。悲劇が起こる。
 ヴィアトルはソリの言葉を聞き、深く頷き、笑みを浮かべた。ズボンを縫う手がまた動き始める。
「そうだ、ソリさん」
「ん?」
「お尻の肉を絞る訓練を考えますから、私に指導させてもらえませんか?」
「おっ、いいのか? おれ、父さんに習った剣術用の基礎鍛錬しか知らねーから、助かるぜ」
 言ってみて、それを教わったのももう結構昔のことだな、と思う。今は街に訓練場もある。ヴィアトルはそこの管理者だ。訓練場でならもっと実践的な鍛錬ができそう。
 ソリが期待を寄せると、ヴィアトルは空いている方の手で握り拳を作り、ぱっと目を輝かせた。
「指導役としての修行までさせてもらえるなんて! 頑張りましょうね!」
 
 その翌日から、ソリのヒップシェイプアップ訓練が始まった。ヒップリフト、スクワットを中心に、尻の筋肉を使う運動だ。ヴィアトルは、やりすぎも良くない、と適度な量に調整してくれ、尻の運動が一通り終われば剣術も教えてくれた。訓練場に通うのが楽しい毎日になる。
 同時に、昼は酒場に行くのをやめた。夜には顔を出すが、バランスを重視しパンを食べすぎない、揚げ物を控えるなど、ヴィアトルの助言に従ったメニューを選んだ。
 こうして続けることおよそ一ヶ月。ソリの尻は、元通りよりもう少し引き締まったのであった。
 
 *
 
 ヴィアトルは午前中の指導を終え、昼食のために訓練場を出た。目的は果たしたはずなのに、ソリはいまだに訓練場へ通ってくれている。それはヴィアトルにとって嬉しいことだった。
 さて、時刻は午後二時前。久しぶりにフェンの料理を味わいたいと思い、少し遅いけれどやっているだろうか、と顔を出したところだった。
 フェンはがらんとした酒場の奥で、カウンターに背を向けていた。
「フェンさん、こんにちは。もうお昼の営業は終わってしまいましたか?」
「おう、ヴィアトル! 残念ながらそうなんだが……今から余りもんで自分の飯作ろうと思ってたんだよ。それでよかったら、奢るぜ」
「いいんですか。それはありがたい」
 ヴィアトルが感謝を告げると、フェンは爽やかな笑顔を浮かべてくれた。好きなとこ座っててくれ、と促され、店内の最奥の席に座る。客が他におらず静かな空間に、彼が調理する音が響き、心地がいい。香辛料や油の香りが漂ってきて、空きっ腹が期待に小さく音を立てる。
 十数分待つと、フェンが肉野菜炒めとパンを持ってやってきた。二人分の皿を並べ、グラスに水を注いでくれる。
「俺はちょっとだけ片付けしてから食うから、先に食っていいぜ」
「そうですか。後片付けは私にやらせてくださいね」
「ああ、じゃあ、あとで皿洗い頼むわ!」
 フェンはこちらの申し出を快諾し、炒め物に使ったフライパンを片付け始めた。この感覚、ソリと話す時ととても似ている。兄弟分というのは伊達じゃないな。年の差からして、ソリが見習ったのだろうことは、すぐ察しがつく。
「そういえばさ、ヴィアトル」
「なんでしょう?」
「ソリが昼飯食いに来なくなったんだが……なんか知らねーか? 夜に来てもあんまり食わねえし、太ったって言ったこと、気に障ったかなと思って」
「ああ……
 この人が、弟分の変化に気付かないわけがなかった。ヴィアトルはパンをちぎった手を下ろし、優しい兄貴分の後ろ頭を見た。
「実は、私がソリさんのダイエットを指導させてもらいました。彼は、太ったことは気にしていましたが、フェンさんのお料理は変わらず大好きですよ」
「お、おう、そうか。ていうかあいつやっぱ太ってたんだな?」
「はは……フェンさんが一番ご存知のはずでしたね。ソリさんの暴食……
「まぁな。けど、俺も喜んで食べてもらえると嬉しくってさ、随分甘やかしちまった」
 彼はそう言いながら自嘲気味に笑い、肩を揺らした。それは、誰だって嬉しく思うことだ。調子に乗ってしまっても、責められはしない。
「ソリさんも適量を理解してくれましたし、今後は安心だと思います。ぜひこれからも美味しいお料理を食べさせてあげてください」
「ああ。ありがとな」
 これでこの話は一件落着だ。食事の量を減らしても、彼らの仲が拗れるようなこともなく、ソリの尻も元通り。自分自身もダイエットの指導をこなせ、満足感まで得てしまった。
 パンを一口いただき、水を口に含む。フライパンの後始末を終えたフェンが、それを調理台の下の戸棚にしまおうとして屈んだ。
 びり、びりりッ
「ッぶ」
……⁉︎」
 危うく口から水を吹きそうになり、慌てて手のひらで唇を押さえる。この音は、ひと月前に聞いた、布の断末魔に違いない。
「な、なんだ今の音」
 戸棚を閉めたフェンが立ち上がる。左右をきょろきょろ確かめる彼の腰で、長い三つ編みが揺れた。その毛先の下に、破れたズボンの裂け目がある。
「っぐ、ンンッ」
「おい、ヴィアトル、大丈夫か⁉︎」
 根性で水を飲み込み、ヴィアトルはぜいぜいと肩で息をついた。あなたたち、兄弟分ではなく、本当に兄弟、なのでは⁉︎ こんなことってあります⁉︎ もしかして、私が知らないだけで皆彼らが兄弟だと知っている……⁉︎ 今度スティアさんに聞かなければ……
……はー……ふー……フェンさん……
「お、おう?」
「あなた、ソリさんに付き合って暴食もしましたね?」
「ぎくっ」
「午後から訓練場に来てください。それより、まず鏡を見て、着替えをして……話はそのあとです!」