シノハラ
2026-02-19 23:59:48
3112文字
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賭けには勝ってみたけれど

ンズイル♀ フリンズに手を出してもらいたいイルーガと突然吹っ切れて胡乱な事を口走り始めるフリンズ
※呼称変更有

 A氏曰く、そんな大したものじゃない。
 B氏曰く、彼氏がしたがるからしてるだけ。
 C氏曰く、気持ちいいと思ってるけど、くっついてるだけも凄く幸せだなあ。
 D氏曰く、どっちかと言うと最中の彼氏の顔が見たいのかも。
 ――などなど。イルーガは聞かされた中でも特に印象に残っていた発言を列挙した。
「お嬢さま、いくつか確認させていただいても?」
「はい、いくらでもどうぞ」
 イルーガに横からぴたりと擦り寄られながら、無事な方の手で挙手をしたフリンズにイルーガは真面目腐った声で許可を出した。自分の口出しも許されないと思っていたのか、微かに安堵を滲ませながらフリンズが小さく息を吐く。
「その証言はどこから?」
「ライトキーパーの女子会です」
 どうやらそんなものがあるとは思ってもみなかったらしく、フリンズはじょしかい、と少し不思議そうな様子で復唱してくる。そう、女子会である。ライトキーパーは男性の方が数が多いからこそ、女性が密に連絡を取り合っているきらいがある。男子禁制の女の園であるからには、男の愚痴や相談事が持ち込まれるのも珍しくもなんともない。
 恋人が求めてくる回数が多すぎる! なんて自分の悩みとは正反対の文句が落ち着いてから、イルーガはおそるおそるセックスに対する感想を尋ねたのだ。誰もイルーガが誰と付き合っているのかは探っては来なかったものの、尋ねた動機については白状せざるを得なかった。
 動機は単純明白、フリンズが自分と付き合い始めてから半年経ってもハグと唇を重ねるだけのキスより先に進もうとしてくれないからである。そもそも自分の恋人の年齢は幾つあるのかも分からないまま自分達の年齢差が理由なのかとある日堪らず詰め寄ったところ、フリンズはそれもありますがと目を泳がせた。
 それから彼は事もあろうにあなたがそれに夢中になり過ぎるのも心配ですから、などと言い放ったのである。その日はその言葉から想定される自身の未来予想図に正直なところ怖じ気づいてしまいうやむやにされてしまったのだが、落ち着いてくると疑問が生じてくる。
 ――セックスってそんなにいいものなのだろうか。そんな人に心配されるほどセックスに狂っている人がいるなんて話を少なくともイルーガは聞いた事がない。若い頃は何もかもがエロく見えて困ったみたいな冗談とも付かない発言は聞いた覚えがあるが、それでも他人に心配されるような有様だったとは言っていなかったはずだ。
 そんなイルーガの真剣な悩みと疑問に返ってきたのが上記の四証言だったわけである。
「思うんですが、セックスって実は女性にとっては大したことないんじゃないでしょうか」
……大したことでないのならしなくてもいいのでは?」
「それは駄目です。してみないと分からない事があるし、コミュニケーションの手段である事は間違いないって皆さん仰っていました」
 うーん、とフリンズが反論を考える時間を稼ぐように白々しい声を上げて、テーブルの上にあったコップに口をつける。普段は人にばかり勧めて自分はほとんど飲まないので、十中八九時間稼ぎに違いない。
「それにですね、フリンズさん」
「はい」
 彼の喉仏が動いて水を飲み込んだのを確認してから、イルーガはフリンズの腕に絡みつけている自分の腕の力を強める。さほど大きくもない胸が彼にくっ付いているだろうくらいには密着しているが、この際気にしている場合ではない。
「会の中でフリンズさんは素人童貞だろうと結論が出ました」
「お嬢さま」
「性風俗で相手を買う形でしか性行為をしたことがない人をそう言うらしいです」
 そういう人間はセックスそのものや自らの技量に夢を抱きがちになってしまう。イルーガの年頃だった頃の自身の性欲の記憶と過剰な自信がイルーガを性に溺れさせたくないなんて発想に繋がっているのではないか。証言者Bの推測に、皆どこか納得したような雰囲気を滲ませたのをイルーガははっきりと覚えている。
「その会では僕の名前を出しましたか?」
「いえ、それはないので心配しないでほしいと言いたいですが、僕達って関係をしっかり隠しているわけでもないですから百%は保証できないです。殿方にとってそれなりに不名誉な称号なのは僕も察するところではあるんですが……
 イルーガが言葉を濁した後に残ったのはフリンズの長考だった。彼が保つ沈黙をイルーガは固唾を呑んで見守る。
 まさか彼が素人童貞であるはずがないことくらい、イルーガだって重々承知している。彼の年齢がはっきりしていなくとも、イルーガが初めて彼を認識した時には既にフリンズは大人の男性だった。
 それだけの年数を生きてきて、女を買う以外に性的接触をしてこなかったなんて容姿ではないのだ。これはイルーガの色眼鏡を差し引いたとしても、概ね賛同を得られるはずである。
 その上あんな事を言ってイルーガを脅したのだから、それなりに自負があるのだろう。であればそこを突いてやれば良いのではないか、というのが女子会の最終結論だった。そこでフリンズが素人童貞と思われたところで痛くも痒くもないと肩を竦めて不名誉を受け入れるなら、イルーガにはもうどうしようもないと諦めるしか「随分前ですが、僕は情事の指南というか指導というか……を受けた経験があります」――今なんて?
「僕が大人になるまで過ごしてきたコミュニティでは交際や結婚は家同士の契約を意味するものでした。そうなると性行為も愛情を確かめるものではなく、単純な生殖と接待の意味が求められたのです。外遊びがある程度前提にあるとはいえ家同士で血を混ぜ、子をなす必要があるのでお互いすぐに飽きるわけにはいかないと言うことでしょう。それのせいで結構しっかりと教えられました」
「君の身の上話の方が気になってきたんですが」
 彼がナド・クライ生まれナド・クライ育ちではないことくらいなんとなく承知していたが、そんな癖のある環境で育ったとは思いもしなかった。普段の紳士然とした立ち振る舞いや知識量に加え、先ほどの情報を加味するとひょっとして。いや、それ以前にお得意の嘘や冗談の類の可能性の方がずっと高いのではなかろうか。
「そういう事もある手前、他の方はともかくあなたにそのように思われてしまうのは大変遺憾です。あの苦労をした意味もなくなってしまう」
「ねえ、フリンズさん。嘘ですよねそれ」
 フリンズはイルーガの問いかけを気にした様子はなく、代わりにイルーガにされるがままだった腕をイルーガの腰に巻きつけてきた。ひ、と喉が悲鳴に近い音を鳴らしたが、そのまま勢いよく抱き上げられる衣擦れの音やらなんやらで上手く掻き消されてしまう。
「このキリル、全力でお相手を務めさせていただきましょう」
「いや、えっと……?」
 いつの間にか膝の裏にも腕が通っており、ふわりふわりとどこか不安になる浮遊感がイルーガを包む。彼の腕力を疑うわけではないが少しでも安定感が欲しくて彼の腕に縋りつくと、フリンズが吐息だけで笑うのが分かった。
「こんなことを仕掛けてきたのですから、もちろん明日は非番を取っていらっしゃいますよね?」
「はい……?」
 その通りであるのだが、やっぱり全然思考が追いつかずに口からは疑問符しか形にならない。これから自分はどうなるんだっけ、と考えようとするのに額に彼の唇が落ちてくるので何も分からなくなってしまう。
「あの、う……
 そですよね。そう続くはずだった二度目の問いかけはイルーガが不用意に顔を上げてしまったせいで、フリンズにぱくりと食べられてしまった。