フリンズさんに怪我したことを隠す話


「あつっ……!」

 冬の寒い夜、ストーブの近くにいるときに誤って金属部分に手首が触れて火傷を負ってしまった。急いで流水で冷やしたが、少し水膨れができてしまった。…………結構痛い。
 服の袖が丁度当たる部分で、擦れるだけでヒリヒリするため、薬を塗って包帯を巻いてみたが、服から見えにくい部分で助かった。この程度なら医者にかかる必要もないだろうと、自己判断したことを後悔したのは――数日後のことである。


 ***

 
「こんにちは」
「こんにちは、フリンズ」
「えぇ、貴女のフリンズです」
「こらこら。今はね、仕事中なのよ……
 ライトキーパーの事務所で受付担当をしていたら、カウンター越しに声をかけられる。見上げずとも分かる聞き慣れた声だ。処理途中だった書類が一段落してから顔を上げると予想通り、優しく微笑むフリンズが居た。
「今日はどうしたの? 報告書の提出?」
「ふっ、それについては……もう済んだ話ですね」
「その言い方だと提出したか、そうでないのかが全然分からないんだけど?」
 何もない壁の方に視線を向けて呟くフリンズ。うん……書類提出については全然分からないや。「その話は置いておくことにしまして、」などと言いつつ私の方に目線を戻し、彼は言う。
「今日はお願いしていた物資が届いたと聞いたので、受け取りに来ました」
「あぁたしかに来てたね。ちょっと待ってて」
「わかりました」
 差し出された事前申請書を受け取って、確認して判子を押す。事務所預かりにしていた物資の箱を、所定の棚から取り出す。
「はいどうぞ。中身のチェックをお願いします」
――はい、問題なさそうです。ありがとうございます」
「いえいえ、これもお仕事なので、ね」
 書類の受取済み欄に達筆な署名を貰ってから受け取り、仕事の話は終わりとなった。
 
「貴女はそろそろ仕事上がりですよね? 今夜はご一緒にフラッグシップへ行きませんか?」
「んー、そう……あー、ごめん。今夜は用事があるんだった。また今度行こう」
「そうでしたか……それは残念。分かりました、では――

 『ではまた』と言われると思ったが、フリンズは私の手を強く掴む。私は逆に掴まれないように手を引いたのだが、間に合わなかった。

――こちらは、どうしたのですか?」
「あ……ちょっとね、友達の飼ってる猫に引っかかれちゃって。もう直ぐ治りそうなんだけど」
……そうでしたか、気をつけてくださいね」
「うん、心配いらないよ」
 そうして私の手を離してくれたフリンズは、「では、また」と言い残して事務所を去っていった。
…………ったかったぁ……
 彼の姿が見えなくなってから、私はその場に座り込む。いまだに治りきっていない火傷は、手を引っ張られた際に酷く痛んだ。声と顔に出さなかった私を誰かに褒めて欲しいぐらい。
 ――なんとなく、火傷のことを彼には言わない方が良い……と、思ったのだ。


 ***


「おや、奇遇ですね」
……なんで居るのよ」
 
 奇遇も何もない。だって、フリンズが立っていたのは――我が家の前だったから。
「さぁ、部屋の中に入れて貰えませんか?」
……用事があるって、言っておいたつもりなんだけど、」
「それは嘘だと分かっているので諦めてください」
――はぁ。そもそも、うちの鍵はフリンズも持ってるんじゃないの?」
「おやそういえば、そうでしたね」
 フリンズはランプの中に手を突っ込み、もうずっと私の元に帰ってきていない鍵を取り出す。鍵をあげたつもりは無い――でも返して欲しいと言うのも違う気がして、これは保留にしている。
 迷うことなく解錠を進める彼の手元を、私は胡乱な目で見つめていたのだが、フリンズは何も気にせずに扉の鍵を開けた。

 開かれた我が家の扉を支えてくれていたので、フリンズより先に私が潜る。荷物を置いてからストーブを付けていると、フリンズも扉を潜っており、後ろ手に扉を閉めた。そして、ガチャンっとわざとらしい音を立てて、扉に鍵をかけた。
 ――ずっと、嫌な予感が、している。妙な冷や汗が出てくる。

 フリンズは自身の足元を見つめ、私に目線を合わせず伏せたまま、私の名前を呼ぶ。
「な……なぁに?」
「貴女は――僕に隠し事をしていますね」
「か、隠し事ぐらい……沢山してるよ。フリンズに全部を伝える必要は無いわけだし」
「えぇ、そうでしょうね。でも――

「僕に嘘をついてまで、隠さないでください……ね」

 フリンズが一歩二歩と、コツコツ音を立てながら私の目の前へ歩み寄る。無言で手を掬い上げられ、包帯が解かれ、現れた火傷の痕。それを確認したらしい彼は、少しだけ顔を上げて私の顔を見る。ようやく見えた彼の顔は、予想していた怒りの感情は無く、これは――

「嫉妬、してるの?」
……嫉妬? 僕が?」

 恐る恐る声に出した私の言葉に、目を見開いて彼はそう答えた。彼の目には、今も嫉妬の炎が揺らめいており、それを隠そうしているようには見えない。自覚していなかったのだろうか。彼は少し間を置いてから、目元を緩めてクスッと怪しげに笑う。
「そうかもしれません。貴女が――僕の物が――火傷を負うなど、到底許せませんからね」
 あぁ、やはりこうなったか。私の、あの時の直感は正しかったと言うことだ。

 掬い上げられたままの腕に対し、フリンズがもう片方の手を翳す。すると彼の掌に生み出された蒼炎が、私の腕を、火傷を炙った。
 驚いた私は反射的に腕を引こうとしたが、掴まれたままだった手に力を込められ、逃げられない。あっ……熱く、ない……かも?
 そのまま数秒ほど彼の炎で炙られたのだが、ヒリつくような鈍い痛みはあれど、それほど痛みはなかった。ようやく彼の気が済んだらしく、私も少し安心してホっと息を吐く。手の中の炎に彼が息を吹きかけると、生み出された蒼炎は消え失せた。

「僕がつけた傷痕火傷ではないものを、貴女の身体に残さないでくださいね」
……うん。ごめん」
 そう小さく呟いたフリンズに、私はそれだけ答える。痛みが引いた火傷の痕を確かめたかったのだが、彼の腕の中に私は仕舞い込まれ、抜け出すことは到底出来なかった。
 


「これが火傷の傷だったなんて、よく分かったね」
「貴女が嘘をつく時の癖をご存知ですか? 僕からは教えませんけど」
「えぇあの時にすでにバレてたの?」
「はい。それに、どうしてか分かりませんが……その傷に対し、とても嫌悪感が湧きまして」
「フリンズの本体がランプの炎だからってこと? てかこれ、ヒリヒリするけど、さっきより痛くは無い……なんで?」
「それどころか、その火傷は早めに治りますよ。多少は傷痕が残るかもしれませんが……それは僕の炎による傷痕になりますね、ふふっ」
「なにそれ……元素というよりは、魔法かなにか?」
「えぇそうです。僕は、可愛らしい妖精さんですからね」



『貴女に残す炎の傷痕は、また確認いたしましょうね』