冰哥にストーカーされてる九


 沈九にはやっかいなストーカーがついている。
 沈九の性別は男性であり、ストーカーの性別も男性である。それだけであれば、世の中にはありとあらゆる性的嗜好があるため運が悪かったと言えなくもない。
 付け加えると、沈九は見目が極めて優れているが、ストーカーの男はその更に上をいく容姿をしていた。芸能人と比べても遜色はないだろう。
 そんな男がストーカーである。
 行く先々でその男絡みの痴情のもつれや、ストーカーのストーカーが発生し、もれなく沈九も巻き込まれるのである。おかげで幾度となく転職を余儀なくされ、今や定職を失い、しがないフリーター生活を送っている。
 とんだ貧乏神に憑かれたものだと自嘲するが、沈九はその原因を明確に理解していた。それも前世での因縁に起因する。

「全く時給がいいからって深夜のコンビニバイトですか?嘗ての清静峰の峰主が落ちぶれましたね」
……早く失せろ。会計ならそっちのセルフレジでやれ」
「深夜だから暇でしょう?」
 深夜2時のコンビニで、沈九はうんざりとした面持ちのまま、毎日顔を合わせる羽目になった洛冰河を見てため息をついた。客は居なくとも品出しなどコンビニの仕事は多岐にわたる。沈九はカウンターで喚く洛冰河を無視すると、コーヒーマシンの洗浄に向かった。
「今日は何時までのシフトですか?」
…………
「あっ、そこ拭き残してます。貴方掃除も出来ないんですか?」
 客である男に背後でねちねちと小言を言われながら、沈九は無心で仕事をこなしていく。付き纏われた当初はあまりにも煩わしく反応をしていまっていたが、最近では最早空気として相手にすらしていなかった。
 何の仕事をしているのか知らないが、身なりからして金に余裕のありそうな洛冰河は深夜であろうと沈九の元へ駆けつけ、毎日執拗にストーカー生活を送っていた。

「早く帰れ」
「なんで貴方に指図されないといけないんですか?」
 何もせず店内に居座る客がいるだろうか?
この場合、不審者として通報したら逮捕してくれるだろうか?
 沈九はコーヒーマシンから背後の洛冰河へ向き直ると、自身より少し背の高い男を睨め付けた。
「な、なんですか」
 輝かしいほど整った男の顔は、深夜のコンビニを昼間と見紛うほど明るく照らしていた。
これでは通報した所で不審者扱いはされないことを沈九は理解していた。世界は顔の良いものに都合良く出来ているのだ。
「帰らないならトイレ掃除をしてこい」
「どこに客に掃除させる店員がいるんですか?」
 珍しく沈九に反応して貰えたことに嬉々として言葉を返していると、背後の自動ドアが開き、軽快な入店音が鳴り響いた。

 深夜3時。
 二人が揃ってドアの方へ振り向くと、目出し帽を被った男がバールのようなものを持ち立ちはだかっていた。
……………
……………
「か、金を出せ!」
 入店してすぐ180センチ越えの男二人に見据えられた強盗は、一瞬の躊躇いを見せた後、意を決しバールを掲げ大声を張り上げた。

「おい、通報しろ」
「なんで俺があぁ、貴方携帯料金払えなくて止められてるんでしたっけ?」
……お前ら、無視するな!」
 怒り狂った強盗が沈九に向かってバールを振り下ろした瞬間、洛冰河が素早く男の手首を捻り上げ、瞬時に男を取り押さえた。
「ほら、俺は手が離せないので貴方が通報して下さい。スマホは尻ポケットに入ってるので」
………
 溜め息をついた沈九が洛冰河のポケットからスマホを取り出すと渋々電話をかけ始めた。


………疲れた」
「貴方、疫病神でもついてるんですか?」
 何もしていないと喚く強盗を警察に引き渡し、事情聴取を終える頃には日が登り始め辺りは明るくなっていた。学生アルバイトに引き継ぐと沈九は退勤し、洛冰河を伴いコンビニを出た。
 沈九は隣を歩く最大の疫病神を一瞥すると、コンビニの駐車場に停めてある一台のSUVの前で立ち止まる。
「おい、疲れたから送っていけ」
「なんで俺が」
「どうせ家も知ってるんだろう」
 気怠げに車に寄りかかった沈九はポケットからタバコを取り出し咥えると、ライターを取り出した。火をつける寸前で咥えたタバコを奪われると同時に車のロックが解除された。
「俺の車は禁煙です」
「チッ」
 眉を寄せながら車へ乗り込むと、車内は洛冰河の香りが充満しており沈九は早々に車に乗った事を後悔した。
「ちょっと、寒いので窓全開にしないで下さい」
「お前の匂いがする。臭い」
「お、俺の匂いですか?」
 何故か頬を赤らめる洛冰河を一瞥すると、沈九は途端に興味をなくし、柔らかな座席へ身を沈ませた。
 乗り心地の良いシートに包まれ、沈九はうつらうつらと助手席で船を漕いでいた。
 ストーカーの車に乗り込むなんて、普通では考えられない行為だが洛冰河という男に関しては、今世で知り合った誰よりも付き合いが長く、警戒心を抱く方が馬鹿馬鹿しかった。
 地位も名誉も金も無い。
 今世の沈九から奪えるものなどもう何も無いのだ。まさか貞操を狙われているとは夢にも思っていない沈九は、未だ前世に縛り付けられている男を憐れに思っていた。

 心地良い微睡に浸っていると、ふと、窓の外の景色が見慣れないことに気づいた。
「おい、どこに向かってる」
「せっかくなのでモーニングを食べに行きましょう」
………
 何がせっかくだ?
 眉を寄せ運転席の男に文句を言おうと口を開いた瞬間、腹の音が車内に鳴り響く。洛冰河は笑いを堪える事もせず、肩を震わせると「何が食べたいですか?」と問いかけた。
「ハンバーガー」
「朝からジャンク過ぎます。粥の店に行きましょう」
 聞かれた事に素直に答えたと言うのに却下され、沈九は大きく舌を打った。ぺらぺらとよく回る口であれやこれやとオススメの店の紹介をする話を聞き流しながら、沈九はメニューの中で1番値段が高いもの選ぼうと心に決めた。
 決してお腹が空いている訳ではない。洛冰河の懐を痛めつけるためである。


「美味しかったですね?」
「まぁまぁだな」
 心なしか眉間の皺が薄くなった沈九は満足げに膨らんだ腹を撫でた。洛冰河がその動作をねっとりと欲を孕んだ視線で見つめている事に気が付かないまま、二人は再び車へ乗り込んだ。
 夜勤の疲労と腹が膨れ、沈九は再び助手席で微睡んでいた。
 車はとうに沈九のアパートの前に停車し、洛冰河はずっと静かに男の寝顔を眺め続けていた。
……ん、ついたのか」
 ちいさく欠伸をした沈九は窓の外の見慣れた光景に安堵するとシートベルトを外し車を降りる。同時に運転席のドアを開けた洛冰河を一瞥すると、威嚇するように眉を上げた。
「ついてくるな」
「送ってあげたのに茶の一つも出してくれないんですか?」
「とっとと帰れ。通報しないだけありがたいと思え」
「じゃあ送迎代だけ頂いていきます」
 洛冰河は沈九の腕を捉え引き寄せると、素早く唇を奪う。言い返すために薄く開いた唇をこじ開け、肉厚の舌を潜り込ませるとピクリと腕の中の身体が震えた。
 舌を噛まれる前に引き抜き、柔らかな唇へ軽く吸い付き離れると、洛冰河は満足げに微笑みながら、濡れた唇を舐め取ってみせた。
「な………っ」
「では、また夜に」
「通報してやる!!」
「あなた、携帯止まっているでしょう?」
 憤慨する男を横目に、くすくすと笑いながら洛冰河は愉快そうに車へと乗り込んだ。


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