tokatelion
2026-02-19 12:09:27
3699文字
Public 依頼
 

凛様依頼

つなぐで受注した依頼の小説です。

 春の気配も見え始めた、とある昼のことだ。
 太陽が真上から街を照らしているというのに、パブには人がごった返していた。

 木製のカウンターの隅で、一組の男女が並んで座っている。
 酔っ払いが管を撒く中、ぱし、と軽快な音が響いた。
 今朝がた読みそびれた朝刊を開いたシャリエンヌは、トップニュースを見て眉をひそめる。
 場所代にと頼んだ安酒には口を付けず、視線はニュースの文字を順番に追っていた。

「まだ体調が優れませんか、シャル様?」

 隣に座る男性――シュエットが、隣の席から表情を伺っていた。
 シャリエンヌが小さくかぶりを振り、目を伏せる。

……いや、記事の内容のせいだ。気にするな」

 その様子を見て、シュエットもまた新聞にちらりと目をやる。
 行政への不信感、不景気、行方不明者の捜索。
 暗いニュースが並んでおり、目を伏せたくもなるというものだ。

 労働者達がパブで酒におぼれるのも陰鬱な空気のせいか。
 この国の外からやってきた自分達には本来関係のないことではあるが、そうであっても、身を浸していて快い趣ではない。
 そして何より、近くのテーブルの客はすっかり酔いが回ったのか、隣の席の客にちょっかいを出し始めていた。
 こちらは背を向けてはいるが、自分達に飛び火するのも時間の問題だろう。

「少し外に出ないか? シュエット。夜まで閉じこもっているのも退屈だろう」
「シャル様のご希望とあれば。もちろんお供いたしますよ」

 シャリエンヌは朝刊を畳み、マスターに「勘定だ」と告げる。
 カウンターにいくらかの銀貨を置けば、「行こうか」とシュエットに告げた。
 2人でマスターに軽く頭を下げ、パブを出ていく。


 ドアを開けて通りに出れば、籠ったアルコールのにおいから解放される。
 街並みはどこか雑然としていた。
 整えられたレンガの家々に不釣り合いな、貧しい身なりの住民がそこらへ座り込んでいたり……毛並みの整っていない馬が鈍い音を立てて荷を引いている横で、酔った労働者がふらふらと千鳥足で歩いていた。

 2人が故郷を追いやられ、どのくらい経ったろうか。
 不可解な事件を越え、わずかな希望を頼りにここまで逃げおおせてきた。
 追手の指がかかることもあったが、善き神が味方をしたのか、なんとか逃れ。
 名も身分も隠し、本名を呼び合うときはささやき合うようにして。
 お互いの存在を支えに、先の見えない旅を続けてきた。

 いまだ馴染まない町の光景の中、シャリエンヌはまっすぐと前を見つめ、確かな足取りで歩く。
 彼女と肩を並べ歩くシュエットは、周囲を警戒しながらも、気丈そのままである彼女の横顔にふと惹かれるのだった。

「まるで行き先を知っているかのようですね、シャル様」
「うん?」
「迷いなく歩かれるものですから」
「少しでもいい空気を吸いたいからな。この道を行けば、喧騒から離れるはずだ」
「ええ」

 それなら彼女と2人きりになれるだろうか、と不意に考えることもある。
 あまりにも都合がいい考えか、と毎度思い直すが。
 シャリエンヌの横顔から、視線を前方へ戻し。
 シュエットもまた、彼女と歩幅を合わせて歩いていく。


 それからしばらくして。
 埃っぽい空気が次第に薄れていき、空気に清浄さが戻ってくる。
 灰色のレンガでできた家と家の間を抜けると、やや開けた場所に出た。

 建物の数が少なく、顔を上げれば太陽が見える。
 その下には広葉樹が一本植わっており、小さな生垣も見られた。
 区画は、先ほどの街並みと打って変わって手入れされており、貴族の屋敷の中庭を思わさせた。

 見回してみても看板などは見当たらない。
 どこかの敷地、というわけではなさそうだ。
 普段はここ一体の住人の憩いの場にでもなっているのだろう。

「ここなら多少は静かか」

 シャリエンヌがゆっくりと呼吸をする。

「窮屈な思いをさせてすまないな」

 シュエットは「いいえ」と首を振る。

「お供するのが騎士の務めですので。
 それに、窮屈な思いをされているのはシャル様でしょう」
「そうか? そんなことは無いぞ、とはいえ、未だ苦しんでいる民がいるというのは心苦しいが」

 シャリエンヌが肩をすくめて見せれば、シュエットは苦笑する。

「シャル様が無事に帰還するまで、必ず隣に居ます。
 それまで息苦しい生活をさせてしまいますが。
 そしていずれ返り咲く日、その時は――

 脳裏に浮かぶのは、夢物語。
 まだシュエットの未来図の中にしかない選択は、口にするのは憚られて。
 ふむ?と小さく首を傾げ、言葉の続きを待つシャリエンヌの背後。
 ――薄暗い路地の中、シュエットの目は確かに光るものを見た。

「シャル様!!」

 反射的にシャリエンヌの手を引く。
 直後、銃声が鳴り響いた。
 体勢を立て直したシャリエンヌが振り向けば、そこには数人の男性が銃やサーベルを構え、2人を値踏みするように眺めていた。

「よう、兄ちゃん。俺らの縄張りでのんきにお話たぁ、いい度胸じゃねーか」

 2人をそれぞれ示すように銃口を交互に向けて、リーダー然とした男がニタニタと下衆た笑いを浮かべる。
 シュエットが視線を走らせる。
 路地から出てくる男は……4人だ。
 銃持ちが1人、剣を持つのが3人。
 シャリエンヌをかばうように一歩踏み出せば、リーダーらしき男が手招きする。

「それでもお話したいってなら?
 きちんと場所代、出してもらわないとな」

 俺らぁ酒を飲みすぎちまってね、と適当な言葉を並べる男たち。
 シャリエンヌが小さく、「いつでも」とつぶやいた。

 何も答えない2人を見て、男は再び拳銃を構える。

「“ご寄付”いただけないようなら、力づくでいただきやしょうかねぇ」

 まずは前に出たシュエットから、とその頭蓋を狙って照準を定めた。

 しかし、引き金を引くより早く。
 シュエットが強く地面を踏みしめ、一瞬で距離を詰める。

「なっ」

 男が驚愕で目を見開いたその瞬間、きらりと剣筋がひらめいた。
 隠し持っていた長剣の切っ先が、拳銃を弾き飛ばしたのだ。
 甲高い金属音、広場の隅に落ちる銃。

「武器持ちかよ!?」

 リーダー格の男が声を張り上げた直後、剣を構えた残りの男たちが、怒号を上げて路地から飛び出してくる。
 振り上げられた剣はシュエットの構えたロングソードに阻まれ、はじかれる。
 脚を狙った一撃を跳躍して躱せば、着地の勢いと共に踏み出し、突きが族の手のひらを貫いた。
 うめき声を聞き流し、飛びかかってきた男の胴に蹴りを放つ。
 取り落とした剣を足先にひっかけ、広場の隅へと蹴り飛ばした。

 武器を持っているのは残り1人。
 シュエットの瞳が残党を捉える。
 男は舌打ちし、飛びかかる――その矛先、ならぬ剣先が向いたのは、シュエットではなくシャリエンヌだ。
 人質にしてしまえば。そう考えたのかもしれない。

 しかし。
 ――2つ目の剣閃が輝く。

 ガギン、と重い音が鳴り響いた。
 シャリエンヌを狙った男、その手からはサーベルが弾け飛んでいた。

 剣を狙った斬撃を放ったのは、外ならぬシャリエンヌ本人である。
 握られたロングソードの刀身に映るのは、目を剥いた男どもだ。

「この野郎ッ……!!」

 悪態をつこうと口を開くも、鋭く細められたオッドアイにたじろぐ悪党たち。
 いまや、2人に剣術の心得があるのは明らかだった。

「くそっ、ずらかるぞ!」

 放り出された武器をそのままに、男たちが路地に消えていく。
 彼らの背が見えなくなるまで、2人は剣を構えていた。

 悪党どもの影も形もなくなったころ。

「はあ……面倒ごとばかりだな、この旅は!」

 シャリエンヌがわざとらしくため息をつき、鞘に剣を収める。

「全くです。事もあろうにシャル様を狙うとは」
「怪我はないか、シュエット?」
「ひとつも。シャル様こそお怪我はありませんか?」
「平気だ。お互い無事で何よりだな」

 再び広場を見渡して、シュエットが剣を下ろす。

「騒ぎになってはまずいですね。戻りましょうか?」
「仕方ない。また身を隠せる場所を探そう」

 剣が鞘に収まる音。
 目撃者がいないのが不幸中の幸いだろう。

「行こう、シュエット」
「お供します、シャル様」

 お互いにうなずき合って、悪党どもが消えていったのとは別の路地に入っていく。


「1人でなくてよかった」

 前方を向きながら、シャリエンヌが表情をほころばせる。
 シュエットもまた、自然とその横顔に視線が向き。
 小さく、安堵の息をつくのだった。

『2人で居られてよかった』

 そう都合よく解釈してしまうのを、許してほしいと。
 騎士はひそかに心で唱える。

「私も。そう思っています」

 そう頷いて。2人は隣り合って、前へ前へと石畳を踏みしめていった。