tokatelion
2026-02-19 12:08:05
3182文字
Public 依頼
 

胡麻にんじん様依頼

つなぐで受注した小説です。

 わたしが廊下を歩いてキッチンに向かうと、扉の向こうからカチャカチャと音がする。
 何が起きているのかはなんとなくわかった。

「さては、今日淹れる紅茶がなんの茶葉なのか予想し合っていますね?」

 長い耳をぴんと立てれば、ティーカップ達のおしゃべりも筒抜けで。
 彼らが何か噂話をしているのは明らかだ。
 やれやれ、と両手を腰に当てて。食器たちはどうにもおしゃべり好きなのだ。

 わたしは静かにドアノブに手をかけて、ゆっくりと扉を開く。するとティーカップたちはすっかり静かになり、戸棚の中で大人しく選ばれるのを待っている。

「さて、ご主人様に入れる飲み物を選びませんと」

 柔らかい足が床を踏み、軽い足音が立つ。
 紅茶、コーヒー、たまにはジュースの気分もあるし、ジャパニーズ・ティーをご所望の日もある。
 今日はどうしましょう。さまざまな茶葉の入った缶を眺めながら、今回のおやつの内容を思い出す。
 午後3時のとびきりのショートケーキ。それに合う飲み物にするなら、とびきりのおいしな飲み物がいい。
 そう考え、ふと思い立つ。

「そういえば、あれを切らしていましたね……

 口元に指をあてがった後、冷蔵庫を開く。
 中を確認しても、たしかに例の飲み物はなかった。
 この前スイーツパーティーをしたときに飲み干してしまったと記憶していた。

「わたしとしたら、メイド失格ですね。足りない材料を今思い出すなんて」

 どうしましょう、と頬に手を添えて考えること数秒。

「仕方ありません。お飲み物は紅茶にして、あの飲み物の材料はおやつのあとに調達してきましょう」

 うなずいて、今日のおやつに添える紅茶を淹れ始める。
 ティーカップ達の茶葉の予想は当たったろうか。使うカップはこれから決めるから、カップ達がもし自由にしゃべれるなら、今もカチャカチャと自分が使われる、いや自分だ、と言い争っていただろう。

 茶葉を蒸らしている間、窓の外の庭に目をやる。
 赤い薔薇と白い薔薇の咲く庭に、なんだか白い薔薇のほうが多く感じた。

「ちょうどいいですね、赤い染料も後で調達しましょうか」

 庭の色のバランスがいいと、気分がちょっとよくなる。
 さまざまな色に囲まれて、さまざまな花に囲まれて、ガーデンで飲むお茶はいっそう美味しいのだから。

 しばらくすれば、紅茶が出来上がる。
 ソーサーの上にカップを乗せて、その中に赤いお茶を注ぐ。
 ふんわりと香りが立ち上った。

 扉がとんとんとノックされる。
「はあい」と扉を開ければ、そこには子うさぎさんが1人で立っていた。

「あら、お手伝いに来てくれたんですか? ありがとう」

 微笑みかけると、子うさぎさんは耳をぴこぴこと動かした。

「でも、紅茶は零したら火傷をしてしまいますからね。メイドであるお母さんに任せてください。さあ、ご主人様のもとに行きましょう」

 そうして2人、部屋から出ていく。
 ドアが閉まれば、また部屋の中からはティーカップたちのささやきが聞こえた。
 子うさぎさんが耳を立てて、ドアをじっと見ている。

「茶葉の予想が当たった子と、ハズレた子がいるみたいですね。
 あ、ちょっと声が大きいのは、この茶葉なら自分が一番おいしそうに淹れられるのに! って怒ってるティーポットさんですよ」

 くすくすと笑いながら、ご主人様の部屋へお茶を運んでいく。
 子うさぎさんの着いてくるたしたしという足音が柔らかに廊下に響いていた。


 その日の夕方。わたしたちは飲み物の材料集めに市場に来ていた。
 ついでに足りなかった食材を買い足して、すでに片手には出来立てバタールの刺さっている紙袋がある。
 子うさぎさんはあっちこっちへ目移りしているようで、今は八百屋の前で甘そうなにんじんを見上げているところだ。

 そんな中、市場の喧騒の中で会話が聞こえる。

「あ、うさぎさんだよ! かわいい~!」
「そう? 耳が短いわよ、私はもっと長いのが好き~」
「言われてみればそうかも? 私は白うさぎが好き~!」

 そう話しているのは10代後半程度の女の子2人組。
 子うさぎさんを見てそう言ったのを、わたしは聞き逃さなかった。

 ポケットに入れていた道具を手にし、2人へ近づいていく。
 2人というのはだいぶ都合がいい。
 あれの材料に1人、染料に1人使えばいいからだ。

「もしもし、そこのお2人、ちょっとよろしいですか?」

 わたしがそう声をかけると、女の子が不思議そうにこちらを向く。
 状況が理解できる前に、さっさとすませてしまおう。

「どちらの方のかわかりませんが、ハンカチを落としましたよ」

 つとめて穏やかに笑いかける。
 ダミーのハンカチを差し出せば、女の子たちの視線はそちらに向く。

 その瞬間。
 手にしたシーリングスタンプを、彼女らの手のひらにぽぽんと押してあげる。
 すると、2人は声を上げる間もなく、シルエットは歪み、足元に向かってどんどん縮んでいって――封蝋の形をした手のひら大のメダルがころんと地面に転がった。

 それを拾おうと歩み寄った時、ふっと足が滑りひとつを踏み割ってしまう。

「あら、ごめんなさいね」

 きちんと謝りながら、割れた封蝋ともう1つの封蝋を拾い上げる。
 深紅の美しい封蝋だった。

 にんじんをようやく諦めた子うさぎさんが、ぴょんぴょんとこちらに近づいてきて。首をかしげるので、「なんでもありませんよ」と手を振って見せる。

「さあ、帰りましょう。必要な材料は手に入りましたからね」

 少しだけ軽くなった足取りで、子うさぎさんの歩幅に合わせて帰り道を歩く。
 日は沈みかけ、長い影が足元に伸びていた。


 夜のこと。

 暗い部屋で、ぱち、ぱち、と砕く音。
 人でできた封蝋は、食べてもいいし飲んでもいいし、色を付けてもいい。
 めったに手に入らない分、それはそれは美しい紅色が手に入る。

 ご主人様は、封蝋でできたお茶をたいそう好んでいるし、わたしはこの封蝋で染料を作るのは嫌いではなかった。
 こうして一枚一枚丁寧に割って、すって粉にして、ぱらぱらと混ぜるだけでいい。

 2個では、蓄えとしては少々心もとない。
 明日も町に出て、少しだけ集めてきてもいいかもしれない。
 とっておきのおやつには、とっておきのお茶を出してあげたいから。


 次の日、ご主人様にお茶を入れる。
 なんでも夢見がたいそう良かったようで、朝ごはんは特別なものにしたい、と言っていた。
 なので、昨日手に入れたばかりの染料を少し混ぜて、真っ赤な紅茶を作る。
 綺麗な赤だねと笑うご主人様に、「魔法をかけてありますから」と笑って見せる。

 そうして、2人の女の子が行方不明になった、というニュースも耳に入る。
 わたしはご主人様にこう言うのだ。

「きっと、夢の国に落ちていってしまったんですね」と。


 今日は許可をもらえたので、素敵な赤で白薔薇を塗っている。
 本物の赤い薔薇よりも美しく見えるのは、きっと気のせいではないだろう。
 子うさぎさんが届かない範囲のバラに、絵筆で赤い塗料を塗っていく。
 筆先が白い花弁をすべるたび、塗料が白に染み込んでいく。

 振り返れば、たくさんの赤い薔薇。
 いくつ封蝋を使ったっけ、と思いをはせる。

 子うさぎさんが背を伸ばし、赤く塗った薔薇に鼻先を近づけようとするのを、「だめですよ」と制して。

「知らないほうが、きっと綺麗な赤に見えますから」

 あなたが同じお仕事をするようになっても、このことはご主人様には秘密です。
 そう約束をして、今日のタスクを思い返しているのだった。