2222(にし)
2026-02-18 18:50:55
2923文字
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兄とはどんなものかしら

#nkzik_drawwriting【第59回】アルバイト の投稿作品です。

 往来を行き交う人々の声が、日の暮れかけた街並みへと賑やかに響いている。商家の軒先では客引きの声が飛び交い、砂地の道の上を荷車の車輪がごろごろと弾む音を立てている。
 文次郎がきっちりとつけてくれた帳簿を確認して、きり丸は蔵の前で大きく息を吐く。荷車の暴走や山賊の襲来といった危機を幾度か経験しながらも、荷運びのアルバイトはつつがなく終わった。
 うず高く積み上げられた荷を見た時は、一日かかっても終わらないのではと血の気が引く心地だった。けれど、いつもアルバイトを手伝ってくれる先輩──六年生の潮江文次郎、七松小平太、中在家長次の三人の手にかかれば造作も無いことだった。「これは鍛錬のし甲斐があるぞ!」と言って、瞬く間に荷を積み込み、驚くべき速さで荷車を引き、金目当ての山賊を難なく退治し、気づけば夕暮れ前に全ての荷を蔵へ納めていたのである。

「潮江先輩、七松先輩。あとはもう大丈夫ですので、汗を拭いてきてください! ぼくたちは報告に行ってきまーす!」
「おう、よろしく頼む!」
「じゃあ私達は向こうの辻で待ってるからなー!」
 とりわけ熱心に働いていた……もとい、どちらが早く荷を下ろせるかで競っていた文次郎と小平太はさすがに汗だくになっていたので、きり丸は長次だけを伴って依頼主へ報告をすることにした。


「お疲れさん! こんなに早く終わるなんてなあ。助かったよ」
 依頼人である商家の主は目を丸くして言った。常ならば何人もの人足を朝から晩まで働かせてようやく終わる量の仕事が、日が沈む前に終わってしまったのだ。差し出された報酬は、約束よりも随分多い。
「いえいえ~! 毎度御贔屓に~!」
 きり丸は揉み手をしながら受け取り、ずっしりとした錢束に頬擦りをした。隣で長次が一礼する。静かな、しかしかなりの場数をこなしているように見える落ち着きある態度に、依頼主はぱちりと目を瞬かせた。
「もしかしてそっちの人は、お父さ……
 依頼主の言葉が続くより早く、きり丸は慌てて声を張り上げた。
「わーっ! 兄です、兄! ほら、この目元とかよく似てるでしょ!?」
 浅縹色の袖をぐいと引き、何事かと体勢を崩した長次の顔と自分の顔とに、きり丸は必死で指差しして見せる。無理がある、と自分でも承知しているが、以前に父子と間違えられた時は落ち込んでしまった長次を慰めるのに随分骨を折ったのだ。
「そうか、兄ちゃんか! いやあ……依頼を受けてもらった時は坊主一人で大丈夫なのかと思ってたんだが、こんなに力のありそうな兄ちゃんがいるとはな! 早く終わるのも納得だ!」
 幸い、依頼主はあっさりと納得してくれた。ぎこちない笑みを浮かべる長次の横で、きり丸はほっと息を吐いた。



「中在家先輩、さっきはすみませんでした」
 文次郎と小平太と合流する辻へ向かう道すがら、きり丸は歩幅を緩めた。謝られる理由がわからず、長次はわずかに首を傾げる。
「ほら、先輩のことを『兄』だなんて言っちゃったでしょ?」
「ああ、そのことか」
 長次は目元だけで頷いた。
「構わない。父親に間違われるよりは、ずっといい。……むしろ、気を遣わせてしまってすまなかった」
「ばれてましたか」
 きり丸はほんの少しだけ舌を出した。草履の裏が、ざりざりと砂を擦っている。
……でも、中在家先輩には本当に助けられてるんです」
 視線は前を向いたまま、声だけが少し低くなる。
「ぼく一人だと、バイトしても足元を見られることが多いですから。ガキだと思って、日銭を払ってもらえなかったり、無茶苦茶な仕事を押し付けられたり。山賊に狙われた時なんてもう最悪で、泣く泣く錢捨てて必死で逃げて……
 言葉が途絶えた後、きり丸はぱっと顔を上げた。さっきまでの翳りを振り払うように、その口角は大きな弧を描いている。
「でも、先輩方が手伝ってくれるようになってからはそういうことは全然無くなったんです! まあ……その分トラブルも増えましたけど。……でも、なんだかんだで最終的にはしっかり稼げてるし、兄がいたらこんなふうなのかなーって、頼りにしてるんですよ? いつも本当にありがとうございます!」
 屈託のない、明るい笑顔だった。その奥にあるものを長次は静かに思う。幼い頃から孤児として生きてきた少年が、どれほどの苦労を飲み込んできたのか。
 長次は足を止めた。きり丸の前にしゃがみ込み、視線を合わせる。
……きり丸。お前は凄いやつだ。この乱れた世で、奪う側に回らず自ら銭を得ようとする。……それは、誰にでもできることではない」
 重みのある声に、きり丸の目がかすかに震えた。カアカアと烏が鳴き交わすのがどこか遠くで聞こえる。
「だから私達は、お前を助けている。……哀れだからではない。誇らしいからだ」
 長次は続ける。
「頼れる人がいる時は、存分に頼ればいい。そうしてお前が大きくなり、助けを必要とする者に出会ったなら、今度はお前が手を差し伸べればいい」
……はい!」 
 きり丸は力強く頷いた。その返事は、どこか誇らしげだった。



「おーい! 終わったかー?」
 地蔵が置かれた辻の向こうで、文次郎と小平太が大きく手を振っている。
「お待たせしました、潮江先輩、七松先輩!」
 きり丸は二人の元へ駆け寄った。長次は歩調を早めることなく、小さな背を追いながらゆったりと歩く。
「おっ! きり丸、なんだか上機嫌だな。いい稼ぎになったのか?」
 きり丸の弾む足取りに、文次郎が問いかけてくる。
「ええ、まあそれもありますけど……
 言いかけたところで、追いついた長次が静かに口を開いた。
「道すがら、きり丸と『頼れる者』の話をしていた」
 三人の視線が長次へと集まる。
「きり丸は、アルバイトを手伝う私達のことを『頼りになる兄たち』のように思っているらしい。だが……もっとも頼りがいのある兄は、この私……だそうだ」
「ちょっと中在家先輩!? ぼくそんなこと一言も……
「なにぃ!? それは聞き捨てならんぞ!」
 きり丸の弁解をかき消し、文次郎が声を張り上げる。
「山賊にいち早く気づき、ギンッギンに正しい帳簿をつけたのは誰だと思ってる!」
「おっと、私だってお兄ちゃん力(ぢから)なら自信があるぞ? 子守りのアルバイトはお手の物だっただろう!」
 負けじと胸を張る小平太に、長次は小さく鼻を鳴らした。
「もそ……文次郎も小平太も、仕事や賊の盗伐に夢中で稼ぎやきり丸自身を蔑ろにしていることが多い……。やはり最後に頼りになるのは、この私だ」
 いつの間にか三人は額を突き合わせ、やいのやいのと言い合っている。三者三様に主張し、全く譲らない。
……ならば、戦うまでだ!」
 ついには武器まで取り出して、諍いなのかじゃれ合いなのかわからぬ応酬が始まった。往来の人々が、ぎょっとして距離を取る。
「もーっ! 先輩方、いい加減にしてくださーい!」
 きり丸の呆れた声が、夕暮れの空へ響いた。けれどその頬は、どこか嬉しそうに緩んでいる。
 競い合って駆けていく大きな背を、きり丸も負けじと追いかけた。