shioyama
2026-02-18 11:50:01
1757文字
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朝焼けとジャム

海賊の賽。HO1とHO4捏造SS。

掃除係の朝は早い。船員たちが起きてくる前から既に仕事は始まっている。

エルクレス号の船員であるアルフォンスはいつも通りの時間に目を覚まし、今は掃除道具片手に揺れる船内を歩いている。通常サイズのブラシも、小柄な彼女が肩に担ぐと立派な武器に見える。

外へ繋がる扉を押し開けると、まだ夜が居座る甲板が視界いっぱいに広がった。潮風の香りがする。水平線がじんわり太陽に濡れているから、夜明けはもうすぐだろう。

ひんやりとした海風に欠伸を混ぜつつ、水を張ったバケツを隅に置く。ブラシをじゃぶじゃぶ濡らすと、呼応するようにアホ毛が揺れた。今日も甲板からやっつけてしまおう。人が多く行きかう場所を先にやることで、邪魔になることを防ぎつつ、快適にこちらも作業できる。ピカピカに磨いた床が無作法ものたちの足跡で乱されたとしても、それを磨き直すのが自分の役割だ。ブラシをバケツから引きあげ、床にベチャリとつけたときだった。

「やあ、おチビ」

間延びした声が掛けられる。振り返ると、この船の長であるカルムが立っていた。いつも通り口元は緩く微笑んでいる。

「ボス。朝早いね」
「今回の寝ずの番は俺だったからね」
「この前もやってなかった?」
「俺ね、いつも昼寝してるから夜あんまり寝られなくてさ。夜の海眺めるのも好きだし。適材適所ってやつ」

のんびりとした口調のまま、カルムは大きく背伸びをした。ぼきりと関節が鳴る音がこちらにまで聞こえてくる。アルフォンスが上を向くと、畳まれた帆の先にある見張り台が目に入る。定員二名までのそこに、彼ひとりだけいたのだろうか。カルムへと視線を戻すと、輝く海の向こうを眩しそうに眺めている。

「それに、朝焼けを見るのも好きなんだ。昇る太陽、光る水平線。夜に冷やされた空気、いつもは騒がしい甲板にはだれもいない。静かなひととき……早起きの特権ってやつだよ」
「特権」

促されるように大海原を見る。少しだけ顔を出した太陽が目に染みる。移り行く空は濃いオレンジと群青を落とし、世界に夜明けを告げている。海面ではキラキラした粒が所々で瞬き、昼間の海とは違う顔を見せている。空はまだほんのり暗いのに、星空がまるで落ちてきたような光景だ。毎朝床を擦るのに一生懸命で、あまり意識してこなかったかもしれない。

「まあ、おチビはもっと寝たいだろうけれど。いつも朝早くから、掃除ありがとう。いつも頑張ってくれているおチビにプレゼントをあげよう」

手を出すように指示され、大人しく従ったアルフォンスの掌に、小さな小瓶がのせられる。中はどろりとしたオレンジの液体で満たされている。

「オレンジの砂糖煮だよ。この前のお宝さがしで見つけちゃってね。ママにも内緒だから気を付けて食べるといい。あんまり量はないけれど」

砂糖漬けなんてまた希少なものを。見上げた先で、カルムの薄らと開いている瞼が短く弾ける。水色の瞳が覗いた。

航海において、掃除というものは欠かせないものである。怠れば船内環境はたちまち悪化し、病がはびこるだろう。そうなれば船は大打撃を食らう。安全かつ快適な旅に、アルフォンスは必須だった。カルムはニコリと人慣れした笑顔を浮かべ、働き者の少女へと向き直る。

「さぁて。今日も頑張ろうか」
「みんなそろそろ起きてくるね」
「おっと、手を止めちゃったな。ごめんね」

彼はわははと笑い声をあげた。控えめな声量だった。

「大丈夫。ハルが見てないから海には投げられないよ」
「今の海に浸かったら滅茶苦茶目が醒めそうだな……そうだ、今日も時間があれば食糧庫にお宝探しに行こう。今度こそママの目をかいくぐってみせよう。多めにゲットできたら、マキちゃんにも食べさせて共犯者として巻き込むんだ」

カルムはアルフォンスの頭を何度かポンポンと撫でた後、足取り軽くこの場を去った。その場にひとり残されたアルフォンスは小瓶をポケットの奥に突っ込む。割れたり堕としたりしないように。この仕事が終わった時、パンに塗って食べよう。朝のささやかな楽しみができたアルフォンスは、今度こそデッキブラシを木の木目に沿って滑らせる。相棒のデッキブラシは今日もご機嫌だ。オレンジの砂糖漬けを食べられるのが嬉しいのかもしれない。