もち粉
2026-02-17 21:36:34
1864文字
Public
 

嫌な予感は裏切らない(噛み合わない僕ら②)


カブミス
真面目な話をしに来たんです

城下の市場は今日も賑わっていた。
呼び込みの声と香辛料の匂いが入り混じる通りを、カブルーは迷いのない足取りで進んでいく。

――あそこだな、問題のセクハラ屋台は。
(あんなふうに、愛想を強要される筋合いはない)

彼は深く息を吸い、口角をきれいな弧に引き上げた。
社交用、交渉用、そして時には牽制にも使う、完璧な営業スマイルである。

「こんにちは。少し、お話いいですか?」

​塊肉を削ぎ切っていた店主が顔を上げ、愛想よく応じた。

「おう? なんだい兄ちゃん、注文か?」
「いえ。こちらのお店に、よく買いに来るエルフがいると思うんですが、その方のことで」
「エルフ?」
心当たりがなさそうに眉を寄せる店主に、カブルーは焦れて言い重ねる。

「ほらあの……銀髪で……これくらいの背丈で……

あごの少し下あたりで手のひらを水平に動かしてみせるが、店主の反応は芳しくない。
そこで言葉が詰まり、カブルーは一瞬だけ視線を泳がせた。

……かわいい顔の」
店主が思い当たったように手を打った。

「ああ、あの嬢ちゃんか! エルフだったのか? どうりでキレイな子だと思ったよ」
……そうですね」

カブルーは笑顔を崩さないまま、静かに頷いた。

(「子」とか呼ばれてるよ。やっぱりエルフって若く見えるんだな、おじさんなのに)

「その子について、少しだけお願いがありまして」

カブルーは努めて穏やかに、理路整然と理解を促した。

「ええ、今言った通り……はエルフなのでね、見た目通りの年齢ではないんですよ。
しかも社会的地位もある方なんです。年相応の尊厳というものがありますから、ああいう……その、"かわいくお願い"のような、愛想を強要するような真似は控えていただけますか?」

​店主は一瞬カブルーを凝視してから、すべてを察したようにニヤリと口の端を上げた。

「はは、そういうことか」
「分かって、いただけましたか?」

ほっとカブルーが顔をなごませる。

「ああ、わかったわかった。悪かったな、もうしねぇよ」
「いえ、今後は適切に扱って頂けるならそれでいいんです。
お仕事中に、お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした」

カブルーは最後まで丁寧に頭を下げると、自分の誠意が伝わった満足感とともに帰路についた。


後日。
城下の屋台で、ミスルンはいつものように注文をした。

「お、嬢ちゃん」

店主が手際よく鉄板で生地を焼きながら声をかけてくる。

「こないだな、嬢ちゃんのカレシが来たんだよ」
……?」

ミスルンは首を傾げる。"カレシ"とは何だろうか? 男性の恋人を指す"彼氏"のようにも思えたが、発音が違う気がする。
妙に湿り気のあるニュアンスは感じたものの、特に知りたいという欲もなかったミスルンは問い返さなかった。

「カレシ、独占欲、強いんだなあ」
店主は笑いながら、焼き上がった生地で肉と野菜を二つ包み、紙袋に入れた。

「ほら、一つおまけだ。カレシと食べな」
……ありがとう」

​深く考えずに受け取ったミスルンの後ろ姿を見送り、店主は苦笑して首を振る。

あの子、いつも色気のないパンツスタイルだと思っていたが、あのカレシにスカートを止められてるんだな。自分以外に愛想を振りまくなと言いに来るくらいだ、生足なんて、もっての外なんだろうよ。

「嫉妬深い彼氏を持つと、苦労するねぇ」

――ああいう一見常識人みたいな顔したやつが、一番ヤバかったりするんだよな。



その日の夜。
カブルーが様子を見に行くと、今日は調子が良かったらしいミスルンが、「これ」と夕食の包みを差し出してきた。

「屋台で、おまけしてもらった。二つあるから、お前も食べろ」

「え?」
カブルーは思わず声を上げる。受け取った包みのほのかな温かさに、なぜか言いようのない居心地の悪さを感じた。

……どうして、おまけなんて」

(まさか、また変な愛想を振りまいて来たわけじゃないだろうな)

「さあ?」

カブルーの胡乱げな視線にも、自覚のないおじさんは、どうでもよさそうに肩をすくめただけだった。

何だろう。
上手くいったはずの自分の交渉術が、別の形に転がっていってしまったような、嫌な予感がとてもする。
カブルーの嫌な予感は、これまで一度として裏切られたことがないのだ。


差し出された包みからは、癪に障るほど美味そうな匂いが漂っていた。