フリンズさんの保護下で好き勝手する話


 異世界転移、ねぇ? 眉唾な話だが、実際この身に起こってしまっているのだから、それについてはもう何も言えなくなってしまった。

 色々あって、フリンズさんに一時的に保護してもらえることが確定したところで、私はこの世界の情報がもっと欲しいと申し出てみることにした。
「それでは、ひとまず外を散策してみましょうか」
……そうですね。まだこの近辺の外は出歩けてないですからね」
「はい。――さぁ、お手をどうぞ」
 要らないと何度伝えても、彼はニコ、と笑うだけで差し出した手は引っ込めない。諦めて私は手を乗せて、外へ続く階段を二人で登る。
 彼に手を引かれながら外へ出ると、やはり空気が変わったように感じる。空気が綺麗というか、なんというか『得体の知れない違和感』があるのだ。
「それは、貴女がこの地域特有の『クーヴァキ』という力を感じとっているのかも知れません」
――私も何かの特殊能力に目覚めてたりしないのかな」
「それは些か、物語の読みすぎでは?」
「いや実際……私には物語の中みたいなものですよ⁈」
「貴女にとってはそうかもしれませんねぇ」
 物語の中にいてもおかしくはない目の前の人は、ふふっ笑うだけで本気にはしてくれない。

「さっき、この地域特有のと言いましたけど、この地域以外にも様々な国があるんですね」
「えぇ、貴女のお名前は稲妻地方の方の発音に少し似ている気がします。もし機会があれば、稲妻の方とは話が合うかも知れませんね」
 なるほど、日本風な地域とかあるのかもしれない。ファンタジー世界にありがちなやつ。……フリンズさんについては、見る限りでは日本のイメージはないよね。

 ふと頭上に目線を向けると、大きな灯台が見えている。この地域の光源になってるのだと思う。灯台を見上げていると「あぁそういえば、」と言いつつ、フリンズさんが灯台の足元を指さす。
「丁度この辺りです、貴女が来た当初に落ちていたのは」
「その『落ちていた』っていう表現、やめませんか……
「これはこれは、失礼しました」
 サラッと人扱いをしてくれない彼を胡乱な目で見てから、指差された場所を眺める。……めちゃくちゃ地面だな。水の中とかじゃなくて助かったけど、もっとこう……なんとかならなかったのか? なんか、世界管理者とか召喚士とか、そう言う人!

 そういえば気になっていたことがあるんだった。
「フリンズさん、聞いてもいいですか?」
「えぇどうぞ」
「今って、朝ですか? 夜ですか?」
 そう問いかけると、彼は身につけていたらしい懐中時計を取り出した。
――夕方のようですね」
「いや、えぇと……時計見ないとわからないってこと?」
「そうなりますね。夜明かしの墓――つまりここは、どの時間も大体このように霧の中なので」
 常に霧の中⁈ それはまた、独特な場所ですね。灯台がある理由も、そう言った事情なのかもしれない。……私も時計欲しいなぁ。

 取り出した懐中時計をしまいつつ、彼はどこかへ歩き出す。坂の下に向かうようだ。
「今日は夜警の担当日となります。すみませんが、お一人で留守番してて下さいね」
「えっ……わかりました。何か注意点とかありますか⁈」
 だんだん遠ざかる彼へ、少し大きめの声で呼びかける。
「この夜明かしの墓から出なければ問題ありませんよ」
「その、彼らは……?」
「彼らが襲ってくるのか、などを心配しているのですか? そんなことはありません。ただの話せる影ですよ」
 そうなの……?本当に⁈ 多少心配ではあるが、ひとまず様子見としよう、かな。とか考えていると、彼は坂を下りきっており「では、行ってきますね」と一言残し、夜明かしの墓の入り口の方へ向かっていた。
 一人で外へ出かけるのは危険だと言われていたが、彼は大丈夫なのか?確かに強そうではあるし、「人では無い」と教えてもらってはいるのだが……人では無い『ナニカ』とは、いったい何なのか。聞いても教えてくれないから、全然まだ分からないんですけど、ね。
 それよりも――もう見えなくなりそうな遠くの彼を引き止める言葉は出てこないが、心細さが……半端ないのですが?


 ***


 一人地下室で過ごしても問題ないと思ったのだが、どちらにせよ暇なので、外に設置されていたベンチに座って過ごすことにした。霧が相変わらず凄いので、遠くはぼんやりとしか見えない。
 ちらりと左側に目線を向けると、コック帽のお兄さん(透明な姿)がずっと見える。生前は料理人だったのだろうなぁ。私も少しは元の世界で料理してたけど、最近は仕事の忙しさにかまけてテイクアウトばかりだった。
 よっ、と自分に掛け声をかけてベンチを降り、料理鍋の方に近づく。少しドキドキしながら、コック帽の彼に話しかけてみる。
「ねぇねぇ、お兄さんは何してるの?」
 すると、手振り身振りと口をパクパク動かして何かを訴えてくれている。うーん、残念聞こえない。薄ら透けてるけど、実は触れたりするのだろうか?と、彼の手を触ってみようと手を伸ばす。
「おい、やめろ!料理人の手を勝手に触るんじゃ無い」
「あ、すみません。そうですよ……ね? ……ん?」
 き、聞こえるようになった⁈ なんで⁇
 理由は全然分からないけど、話が出来るのなら何とでもなる。よーっし。
「すみません、お兄さんはヤコピさんって言うんですか?」
「そうだぞ、お前は料理人か」
「いえ……はい、新人です! よろしくお願いします!」
「そうかそうか! であれば早速何か作ってみると良いぞ」
 ヤコピさんの名前は、すぐそこにあるお墓で確認できていた。現地の文字は読める系の異世界人で助かった。彼の気が変わらないうちに、何か作ろう。たしか地下室に、食料貯蔵庫があると言っていた。少々拝借しましょう、後で謝ることにして。

「で、できたぁ……
「やるなぁ新人。火加減はまだまだ甘いが、ライトキーパー達へ提供する料理としてまずまずだ」
「ありがとうございます!」

……なにを、されているのですか?」

 声をかけられて振り返ると、予想通りではあるが、フリンズさんが戻ってきていた。
「いやぁ……住民達との交流が楽しくなってきて、つい」
「つい、大量のスープを作り上げた……と」
……はい」
 作ったのは簡単なポトフだ。野菜とベーコンを煮込んだら大体美味しいからね。でも大きい鍋しか見つからなかったので、大量にできてしまった……と言う訳である。
「材料費は、あとで何とか……何とか出来るか分かりませんけど、私が出しますね」
「いえ、それは結構ですよ。元々あまり使わないので。それよりも――
 ふむ――と、腕を組んだまま首を傾げるフリンズさん。
「貴女は、彼らと交流することが出来るのですか?」
「なんか……出来るようになりました」
「そうでしたか、それはそれで好都合――いや失礼」
……ん?」
 いや、なんか言いましたよね。『好都合』ってなんだ……?どの部分に掛かるんだ⁈
「ところで、『ソレ』は問題ないのでしょうか?」
……んん?」
 フリンズが指を刺した先を見ると、吹きこぼれそうになっている鍋が見えた。問題しかありませんね⁈


 ***


「事後報告ですが、貯蔵庫にあった食材をいくつか拝借しました」
「それは先程も聞きましたねぇ」
「追加で、白ワインも拝借してます」
 そう伝えると、彼の目尻がピクッと動くのが見えた。あぁ、やっぱり?
「フリンズさんって、お酒好きなんですか?」
……それ、もう分かっている状態で僕に聞いてますよね」
「そうですね」
 私はフリンズさんの真似をしてニコッと笑って答える。だって、食材よりもお酒が沢山あったので、ね。
「いやぁ美味しいスープが出来たのも、ワインのおかげですねぇ」
「こ……これを使った……のですか?」
「沢山使いました」
「何故あえて、この高い銘柄を」
「言ったら使わせて貰えないと思って。けど大丈夫です! まだ残ってます!」
 彼の目の前差し出したワイン瓶には、あと三割ほど残っている。ちなみに一割は私が料理しながら飲みました。
 フリンズさんは瓶の残量見て、目がまんまるになっていた。猫ちゃんみたいな表情もするんですね。
「フリンズさんも飲みます?」
「勿論。残り全部いただきましょう」
「嫌です、私も飲みます。あ、スープも注ぎますね」
「スープは少なめで結構です……
 あら残念、美味しいワインを贅沢に使ったのに。元々少食っぽいから、仕方ないか。


 ○○○
 

「お酒は好きなのに、強いわけでは無いようですね」
 追加で持ってきた赤ワインも二人でほぼ飲み干した所で、彼女はいつのまにか机に突っ伏して寝てしまっていた。仕方ないので、僕が移動させなければならない。彼女の背中と膝裏に腕を差し入れて持ち上げる。拾った日にも思ったが、なんと軽い生き物だろうか?
 酒が回り始めてから語られた彼女の身の上話は興味深かった。語っている時のコロコロ変わる表情も実に面白い。
 トントンと階段を降り、地下室の寝室へ向かう。彼女をベッドへゆっくりと下ろし、自分はベッドサイドの椅子に腰掛ける。
「ふふ、かわいらしい人」
 投げ出された彼女の手を掬い上げ、手の甲へ口付けを落とす。くすぐったいのか身じろぎする彼女を見下ろして、ふと思い出す。
「そういえば、手紙を出さないといけませんね」
 ――子犬は要らない、間に合っていると、書いておかなければなりません。



『異文化交流って、お互いに楽しいよね?』