ゆたか
2026-02-17 17:25:06
2549文字
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愛情表現

両思い。でもしかし

さすがに気付かないほど馬鹿でも鈍感でもない。
人生経験がさほどでもない尊奈門でも気づくぐらいの話だ。
やけに丁寧に触れてくる手つきや、こちらの言葉に上ずる声での返答、不必要なほど笑顔を浮かべて、あたたかな視線を向けられる。
これで自分に対して何も思っていないと思う方がおかしいのだ。
「包帯が汚れたらすぐ変えてくださいね。これは予備のお薬です。こちらはこまめに塗ってください。こちらは膿んできた用の
柔らかい声質で薬の説明をするが、どこか浮きたった様子を隠しきれないのは彼が真っ直ぐで純粋だからだろう。好意に相手に向ける事に対してなんの負の感情を感じてもいないのだ。こちらとしては学園内で彼に手を出そうものなら飛んでくる面々の顔と、されるであろう仕打ちを想像して尻込みしてしまう。かといって学園外で事に及ぼうものなら、この純粋な子はそれを隠し通すこともないだろう。その後の面倒を考えるとそれに気付かないフリをするのが得策というものだ。
「雑渡さん。大丈夫ですか?何か気になることでも?」
心配そうな顔でこちらを見る伊作くんに首を振って答える。
高く結い上げられた髪は後ろでぽんぽんと跳ねて、大きな瞳はキラキラと輝いて真っ直ぐ見つめてくる。火傷の醜い跡に臆することなく触れて、治そうと真摯に向き合ってくれる。まだ成長途中の身体は華奢に見えるが日頃の鍛錬でしなやかな筋肉で覆われていて、褥で悶える姿はさぞや美しいことだろう。
私がそんな欲深いことを考えていることなど露ほども思っていないのか無邪気に距離を縮めてくる様子にため息が出てしまう。
いっそその瞳の光が濁るくらいの欲望を叩きつけてしまおうか。子供扱いされないことがどんなものか、その柔らかな笑顔と声が、涙と悲鳴になるまで責め立ててやろうか。そんなドス黒い感情が頭をもたげる。
「雑渡さん?」
くりくりとした目をさらに大きくして問いかけてくる伊作に私は忠告をするしかなかった。
「お前ね、少しは警戒しなさい。目の前の相手が全員善人でもないんだよ」

***
雑渡さんの言葉に僕は面食らってぱちりと目を瞬かせた。
そりゃそうだ。今までだって手当てした相手から攻撃をくらったこともある。手当てをしたからと言って感謝を向けてくる人物ばかりでないことは僕だってわかってる。
それなのになぜ今そんなことを言い出すのだろう。
久々に会えて嬉しくて、忙しいのに僕の治療を受ける時間を取ってくださって、それだけでふわふわとした気持ちになれたのに、雑渡さんもそれを黙って受け止めてくださってると思ってたのに。
僕の気持ちは伝わってると思ってて、でも雑渡さんのお立場ならそれをそのまま受け取ることはできないだろうなと分かっているから遠慮なく想いを乗せて手当てしていたのに、それがうっとおしかったのだろうか。
「何かお気に触りましたか?改めますのでおっしゃってください」
そう言うと雑渡さんは大きなため息をついて顔を伏せた。
もっと事務的な対応がお好みだったのだろうか?僕をあしらうのが面倒になったのだろうか?そんな考えがぐるぐると頭の中を駆け巡る。
……そんな態度で相手に接していたら間違いが起きると言っているんだ」
……はあ」
雑渡さんの言葉が頭に入らず間の抜けた声が漏れる。
間違い
何を?
僕の態度で何を間違うって?
じろりと睨みつけてくる雑渡さんの視線が少し怖く感じた。
僕は傷も思っていたほど深くなくてよかったなあとか、火傷の跡に薬が効いてくれるといいなあとかそんなことばかり考えててあとはあとは会えて嬉しいなあとかずっとこの時間が続けばいいなあとか……

「あ!」

突然僕が大声を出したので雑渡さんが一瞬怯んだ。
「間違ってないです!」
「は?」
「合ってます!それで合ってますよ!雑渡さん!」
ぐいと距離を詰め、さらにのけぞる雑渡さんの顔に顔を近づける。
「ああ、よかった。雑渡さん、やっと僕の気持ちに答えてくれるんですね。僕が卒業かそれか全然別の何かが起きない限りダメかなと思ってたんですが、僕の想いに対して『そういう気持ち』になってくれたってことですよね!?それ、間違ってません!合ってます!」
「いや、ちょっと待って伊作くん!間違いの意味わかってる?」
「わかってますよ?雑渡さんが僕に手を出すってことですよね?」
「ちょ……
そういうと雑渡さんは目頭を抑えて天を仰いだ。
ん?僕が間違ったか?いや合ってるよな?
「ダメ。それはダメ。はい、離れて。お前は何もわかってない」
ぐいぐいと肩を押され距離を取らせようとする雑渡さんになんとかしがみつく。
「なんでですか!好き!雑渡さんが好きです!手を出されたいです!出してください!」
「お前ねえ……気軽にそんなこと言わないの。……口に出すにも憚られる事をするよ?そんな事をしてお前を傷つけたくないんだよ。私は」
雑渡さんの言葉が頭にすとんと落ちてきて昂っていた気持ちがすっと凪いでいく。
「わかりました」
雑渡さんの身体から離れ、手元の薬を風呂敷にまとめていく。
……君の気持ちは嬉しいけどこれは私の問題だから……
「大丈夫です。わかってます。つまり、僕に手を出さないことが雑渡さんなりの愛情ってことですよね?」
「そう………………んん???」
身体中の包帯が飛び出る勢いで困惑する雑渡さんに薬を手渡し、その手をそっと包み込む。
「僕、雑渡さん好きなので何されても大丈夫ですよ。雑渡さんのお気持ちが整いましたらいつでもどうぞ!」
「おま……いや……
雑渡さんはそれ以上は何も言わず目を閉じ天を仰いでいる。
雑渡さんは僕に気付かれてないと思っているだろうが、僕が気持ちを向けた時にほんの少しだけ瞳が暗く揺らぐ。きっとそれが雑渡さんの愛情の向け方で、それが僕を傷つけるんじゃないかと考えているのだろう。
それが理由なら僕はもっともっと気持ちをぶつけて、雑渡さんを安心させてあげないといけないんだ。
「何回も言いますが僕は大丈夫です。またいらしてください。雑渡さんと一緒にいるだけで僕は嬉しいので」
雑渡さんにそう言うと、ゆるりと開いた瞳が少し柔らかく細められた気がした。


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