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2026-02-16 23:04:36
18813文字
Public お話
 

それから

燈出
プロヒトーヤくんのいる世界線の話

燈矢がパトロールからもどると、事務所所長であるエンデヴァーが携帯端末片手に妙にそわそわしていた。 
「どうしたのお父さん」
おおかた末の弟絡みだろうと察しはついたが一応聞いてみると、燈矢の予想にたがわず「先ほど焦凍から連絡があってな」と話しだす。
「雄英ヒーロー科では生徒へ冬休みの課題としてインターンを義務づけているだろう。その件で焦凍から受け入れを頼まれた。年明けに焦凍を含めて三名、インターンの学生をウチの事務所で受け入れる予定だ」
「へえ」
燈矢はわざとらしい笑みをうかべ、父の顔をのぞきこんだ。
「焦凍が来るのか。どうりでお父さんがはしゃいでるわけだ」
「はしゃいでなどいない」
口ではそう言うが、内心は息子から頼りにされて浮き足立っているにちがいない。
何せエンデヴァーは数日前にも「焦凍にメッセージを既読スルーされている」と燈矢にこぼしてきたばかりなのだ。
四人も子がいながらいまだに思春期とか反抗期というものに上手く対応できない父親にかつては苛立ちや呆れを抱いていた燈矢だが、最近では先述のような愚痴も「そっか〜」と生暖かく聞き流せるようになっていた。
ヒーローとして鬼神のごとき働きを見せるエンデヴァーだが父親としては永遠に初心者すぎて、その事実がもはや一周回っておもしろい。
そんな燈矢の心中など知るよしもないエンデヴァーは、気をとりなおすように咳払いをした。
「とにかくだ。彼らはお前にとっても母校の後輩にあたる。インターン期間中はいっそう気をひきしめ、年長者としてふさわしい行動をするように」
「ハイハイ。お父さんもはりきりすぎて空回らないようにね。友だちのまえで焦凍に恥かかせンなよ」
すかさず切り返せばエンデヴァーはむっつり黙りこんだ。
父親の渋面に満足した燈矢は、きがえのためロッカールームへ向かう。
携帯端末を確認してみると、いましがた話にあがっていた焦凍からメッセージが届いていた。
内容はさっきエンデヴァーから聞かされたと同じ冬休みのインターンのことで、焦凍とともに来る二名の学生の名前も書かれていた。
……お」 
おもわず声が洩れる。
春の雄英体育祭で見かけた、緑のもさもさ頭が燈矢の脳裏をよぎった。



雄英高校が冬休みに突入し、年が明けるとエンデヴァー事務所に三人のインターン生がやってきた。
事務所内は朝から活気に満ちあふれている。
インターンの三人はかるい自己紹介をすませたあと、サイドキックたちから仕事内容や一日の流れなどについて説明を受けていた。
弟の真剣な横顔を燈矢は見やる。
ふだんは寮生活をしている焦凍も正月は実家で過ごしたらしい。燈矢は例年とおなじく年末年始の警備に駆りだされていたので、くそ寒いなかわざわざ年越しカウントダウンをするために集まった人々の、異様にハイテンションなかけ声とともに新年を迎えた。
元旦を過ぎても変わらずめでたい紅白頭をながめていると、燈矢の視線を感じたのか焦凍がこちらへやってきた。
「燈矢兄」
「よお焦凍。お前がインターン来るの、お父さん心待ちにしてたんだぜ」
「そうか」
父親の内心にはどうでもよさげに相づちをうってから、焦凍はうれしそうに級友二人をふりかえった。
「燈矢兄にも紹介するな。友だちの爆豪と緑谷だ」
「友だちじゃねェ」
「緑谷です。インターン、お世話になります」
苛立たしげに吐きすてる爆豪と、溌剌とした声であいさつする緑谷。
凶悪ヅラに見覚えのあった燈矢は爆豪を指さした。
「体育祭のとき表彰台で拘束されてたやつか」
「っせえわ!!」
触れられたくなかったのか、爆豪が吠えた。
当人にとって黒歴史なのかもしれない。まあそうだよなと燈矢は思う。
映えある雄英体育祭優勝者でありながら危険人物あつかいされ、拘束される姿を全国放送された者などそういないだろう。
「爆豪、優勝したのにキレてたからな」
「テメェが最後舐めプしやがったからだろが!全力じゃねぇ相手負かしたってうれしかねンだよ!」
「舐めてねえ。その前の対戦で消耗してたから、一瞬集中が切れちまったんだ」
爆豪と焦凍が言いあらそうのを尻目に、燈矢は緑谷へ向きなおった。
「緑谷のことは、焦凍からよく話聞いてる。仲良くしてくれてありがとうな」
「いえっ、僕のほうこそです!」
話しかけられた瞬間に背筋をピンと伸ばすのが可笑しくて、燈矢はちいさく笑った。
「体育祭、緑谷の試合も観てたよ。すげえ印象に残っててさ」
「そうなんですか?」
「ああ。指ぶっ壊しながら戦うやつなんて初めて見たから」
緑谷の戦いは実際むちゃくちゃだった。
彼の個性はパワーだけでいえば元ナンバーワンヒーロー、オールマイトに匹敵するほどだったが、同時にかなりリスキーな代物であるらしく、緑谷は個性を使うたび体を損傷しボロボロになっていった。
血を流し痛みに呻きながらそれでもなお戦いつづける少年の鬼気迫る姿は、多くの観客に強烈なインパクトを与えたものだ。
「おそまつな試合でしたよね……。あのころはまだ本当に、個性のコントロールが未熟で」
恥じ入るように肩をすぼめた緑谷は、けれどすぐに顔をあげ、こぶしを握ってみせた。
「いまは体育祭のときよりだいぶ成長したと思ってます。でももっと強くなりたいから、ここへ来ました」
みなさんに遅れをとらないようがんばります、と宣言する緑谷の表情には気合いがみなぎり、あかるい緑の瞳はまぶしいほど輝いていた。
「三人とも準備はできてるな。そろそろ出るぞ」
所長室からエンデヴァーが姿をあらわし、その一言で場がひきしまる。
緑谷、爆豪、焦凍はエンデヴァーとともに街に出てパトロールをすることになった。
燈矢も今日はパトロール組に編成されているのでいっしょにエントランスへ向かう。
「そうだ、ヒーロー名は?」
燈矢は隣を歩く緑谷にたずねた。
仕事中はヒーロー名で呼ぶのが基本だ。
インターンの三人とも連携の機会があるかもしれないので、彼らのヒーロー名も聞いておく。
「デクです」
デク。木偶、という言葉が浮かび燈矢は首をかしげた。
「いいのか、それ」
「はい。気に入ってます」
一点の曇りもない顔で緑谷は笑う。
……そっか。俺は下の名前と同じ。トーヤだ」
元気に頷いた緑谷はきらきらした目で燈矢を見あげる。
「よろしくお願いします、トーヤさん」
数あるヒーロー事務所のなかでも大手にあたる、エンデヴァー事務所。
現ナンバーワンヒーローが所長を務めるだけあって、エンデヴァー事務所に所属する者たちは軒並み野心が強い。
トーヤの後輩もギラギラしたのばかりなのでデクのきらきらが新鮮で、なんだか胸の奥が柔くくすぐられるような心地がした。

事件解決数史上最多、実績も実力も日本最高峰のヒーロー、エンデヴァー。
管轄の街を知りつくしどんなちいさな異変も見逃さない彼にかかれば、ひったくりや当て逃げ犯など物の数ではない。
前ぶれもなく炎を噴出し飛びだしたと思えば、次の瞬間すでに犯人は捕らえられ、事件は終息している。
「速い……!」
「クソがッ」
「離されてたまるか」
正確無比で迅速な対処。目の当たりにするナンバーワンの仕事ぶりに改めて驚愕しながらも、インターンの三人はけんめいにエンデヴァーの背中を追う。
――この冬の間に一回でも、俺より速く敵を退治してみせろ。
先ほどエンデヴァーは三人にそう言い渡した。
それを受け、三人それぞれが最大限のパフォーマンスを発揮し必死で食らいつこうとしているのが見てとれる。
トーヤはそんな彼らの姿を感慨深く見ていた。
雄英卒業後、サイドキックとしてエンデヴァー事務所で働きはじめてすぐのころ、自身もとにかく必死だったと思いだす。
父親の影響で雄英在学中からそれなりの知名度があったため、トーヤはかけだしのヒーローでありながらよくも悪くも世間から注目されていた。
対外的な仕事の際、名乗ればかならず「ああ、エンデヴァーの」といわれる。それは裏を返せば、もしトーヤがヒーローとして不甲斐ない結果しか残せなければ「エンデヴァー」の名をも貶める可能性があるということだ。
幼いころから父親を尊敬し、その背を追いつづけてきた燈矢にそんなことが許せるはずもない。
世間に対して自らの力を示す。「親の七光り」などと揶揄する連中を、圧倒的な実力でもって黙らせる。周りを見る余裕など微塵もなかった。
そして、プロヒーローとなってから五年後。
トーヤはサイドキックでありながら、ヒーロービルボードチャートで二十位圏内にランクインするほどの実力と人気を兼ね備えたヒーローへと成長した。
けれど現状に満足などしていない。
自分だってインターンの彼らとおなじように、まだまだ途上なのだ。
――感慨に浸ってる場合じゃないよな」
トーヤは笑んだ唇でつぶやいた。



エンデヴァー事務所に三人が来てから、あっというまに一週間が経過した。
冬休みは今日で終わる。
三人は明日からまた授業がはじまるため、今夜には雄英の寮へもどることになっていた。
「三人とも初日とくらべて、格段に動きよくなってるな」
「さすが十代、伸びしろしかないねぇ」
エンデヴァー事務所のサイドキックたちもみとめざるを得ないほどに、デク、バクゴー、ショートの三人は日々めざましい進化を遂げていた。
彼らが各々かかげていた、自身の課題克服も目前だろう。
午前中のパトロールは何事もなく平和におわり、いったん休憩となる。
トーヤは近くのコンビニへ水を買いに向かった。
買い物を終え店を出ると、トーヤとおなじくコンビニに来たらしいデクがちいさな子どもの前でしゃがみこんでいた。
「なにしてんだ?」
「あ、トーヤさん!この子どうやら迷子みたいで」
三歳くらいの男の子は顔をくしゃくしゃにして泣いている。デクが男の子の手を握りやさしく声をかけるが、なかなか泣きやまない。
「しかたねえな。ほら」
代わってトーヤが男の子を抱きあげ、とんとんとくりかえし背中をたたくと男の子はぴたりと泣くのをやめた。
「泣きやんでくれた!すごい……!」
「これでも一応長男だからな」
すると近くの建物から一人の女性が走りでてくる。
そしてトーヤに抱かれている男の子に目を留めたかと思うと、名前を呼びながらかけ寄ってきた。
女性は男の子の母親で、一瞬目をはなしたすきに息子がいなくなり探していたのだという。
男の子は母親と再会し一件落着かと思われたが、涙のあとが残る息子のほっぺたを見た母親が、ひどく申し訳なさそうな顔でこう切りだした。
「ごめんなさい。息子が個性を発動させてしまったかもしれません……
聞けば彼女の息子にはすでに個性が発現しているそうだ。
そしてその個性は、泣いている状態の男の子とはじめに接触した相手にかかってしまうのだそうで。
「後追いってあるでしょう。赤ちゃんが、パパやママの姿が見えなくなると不安がって泣いたり探しまわったりする、あれです」
母親の説明によると男の子の個性は、触れた相手にその「後追い」とよく似た行動をとらせるものらしい。
「赤ちゃんが後追いをするとき一般的にはその対象は保護者ですが、この個性の場合は“個性にかかったときいちばん身近にいた年上の相手”を保護者と認識するんです」
つまり今回の場合でいえば、泣いている男の子の手に触れたデクに個性がかかり、そのとき近くにいたトーヤはデクの「保護者」という役割になってしまったわけだ。
母親は平謝りだったがとくに深刻な支障があるとは思われず、個性の持続効果も半日から一日ほどだという。
そのためとりあえずエンデヴァーへ報告はしたものの、二人はさほど気にすることなくパトロールにもどった。

午後のパトロールの最中、路上でなにやらもめている男二人を発見した。
一人が個性をつかい、もう一人の男を攻撃しようとしていたところへトーヤが割って入り、事情を聞く。
聞き取りを行っていると「駅の近くで ヴィランがあばれている」との報告が飛びこんできた。エンデヴァーとサイドキック一名、それにインターンの三名はそちらへ急行する。
男二人のもめごとが解決し、エンデヴァーからも「敵確保」の連絡があったところに今度は、複数のビルがたちならぶ通りで異臭さわぎが起きた。
こちらはトーヤたちが対処することになり、一部区域へ立ち入り規制を行って原因を探る。
その間エンデヴァーたちはまた別のトラブルに見舞われ対応しているようだった。
午前中の静けさが嘘のような慌ただしさで、すべてのトラブルが片づいたころには日没が間近に迫っていた。
「はー、今日もよく働いた」
「そろそろ交代の時間だな。ぼちぼち事務所もどるか」
トーヤがサイドキックたちとそんなやりとりをしていた折、ショートから連絡がきた。
『トーヤ、俺たちいま◯◯通りのでかい交差点にいるんだけど、ちょっと来てくれねえか』
「なんで。なにかトラブルか?」
『デクのようすが変なんだ』
ただならぬ雰囲気に、トーヤはショートのいう場所へと急いだ。
大きな交差点のすぐ手前、ビルの外壁に設置された大型スクリーンがめまぐるしく広告を映しだすその下に、ちょっとした人だかりがある。
「ウルッセェつっとんだ、とっとと泣きやめや!」
人垣のむこうからガラの悪い怒鳴り声。行き交う人たちが何事かと視線をむける。
「わああああん!うあああぁ」
怒声に呼応するように泣き声がひびく。こちらも人垣のむこうからだ。
「ちょっと通してくれ」
「エッ、トーヤ!?」
「うわまじだ、ホンモノー!」
浴びせられる視線と声を無視してトーヤが人をかきわけていくと、そこにインターンの三人とエンデヴァーがいた。
デクだけはなぜかエンデヴァーの足下にうずくまり、ひっくひっくと嗚咽をもらしている。
「バクゴー、怒鳴ったらかわいそうだろ。こんなに泣いてんのに」
「アァ!?俺に指図してんじゃねえ」
「指図じゃねぇ。追いつめるのは良くないっていってんだ」
「うむ、ショートが正しいな」
「お前は口出すな」
「なぜだショートォォ!!」
味方をしたはずの息子に冷たく拒絶され、おもわず叫ぶエンデヴァー。
その大声におどろいたのか、デクの肩がびくっと跳ねた。大きな瞳へみるみるうちに新たな涙が盛りあがる。
「うう……うわぁあぁあん!」
デクの両目から噴水のような勢いで水がふきだす。
さすがのエンデヴァーもたじろぎ、バクゴーが苦々しげに顔をゆがめた。
デクに気づかわしげな瞳をむけていたショートが、トーヤの到着に気づく。
「デクはどうしたんだ」
「分からねぇ。ちょっと前からなんかそわそわしてて、調子悪いのかと思ったんだけど大丈夫だっていうから。けどそこの交差点での事故を防いだ直後に、いきなり泣きだしちまったんだ」
「うぇ、えっ、ひっく、と、やさっ、とうやさぁん」
しゃくりあげるデクの口から出たのは自身の名。それを耳にしてトーヤは悟った。
デクがこうなったのは十中八九、迷子の男の子から受けた「後追い」の個性が原因だろう。
保護者と認識しているトーヤの姿が見えなくなったことにより不安にかられ、とうとう泣きだしてしまったのにちがいない。
「デクは一刻もはやくお前のもとへ行きたかったらしい。さっき闇雲に飛びだそうとしたんだが、この状態ではおそらく個性の制御もままならん。周囲を巻きこむ危険性があるので止めたが……俺たちがトーヤのところへ連れていくといっても、不安がって動こうとせんのだ。無理に動かそうとすると個性をつかって暴れる」
エンデヴァーが腕組みをして淡々と説明した。
いくら童顔だとはいえ、デクぐらいの年ごろの少年が人目もはばからず大泣きしている光景はなかなかめずらしい。
奇異の目をむける人の数は減るどころか、徐々に増えてきていた。
縮こまって顔をふせ、すすり泣いているデクのもとへトーヤは歩みよる。
「デク」
ひざをつき、ふるえる肩へ触れた。
トーヤの呼びかけにぴくりと反応したデクが、おそるおそるといったふうに顔をあげる。
そばかすのういた赤い頬はべしょべしょに濡れ、緑の目のおもてが湖面のように揺らめいていた。
……とうや、さん?」
数度まばたきをしたあとに、デクは蚊の鳴くような声で言った。
トーヤが頷き濡れた頬を手のひらで包めば、デクが安堵したように体の力を抜くのがわかった。
「とうやさん」
やわらかな声がもう一度、トーヤの名を呼ぶ。
うるむ緑の目がそっと伏せられた。
デクはあたたかな手に頰をあずけ、世界でいちばん安らげる場所にいるような顔で微笑む。
その瞬間、トーヤの胸の奥が発火でもしたかのように熱くなった。
困惑するほど激しい感情がこみあげ、気づけばトーヤはデクをぎゅっと抱きしめていた。
「ギャアアアァアァ!?!?」
ギャラリーから鳥の化け物みたいな悲鳴があがり、あたり一帯を震撼させる。
「ア、アア……アァァ………
「待って、ねぇ待って、どういう?!」
「トーヤがお父さん以外とハグすることある???」
周囲をとりかこむ野次馬が色めきたち、現場はちょっとしたパニック状態になる。
「ファンへの対応が雑」「ファザコンヒーロー」等々好き勝手にこきおろす連中もいる一方、トーヤの塩対応を「媚びない姿勢」、ファザコン丸出しの言動を「家族愛にあふれている」と評価するストイックなファンは少なからず存在する。しかしそんなファンたちも推しがとつぜん目の前でサプライズハグをかませば、さすがに動揺をかくせない。
大混乱の最中、正気づいたデクはトーヤに抱きしめられていることに気づいてあわてふためき、ついには目をまわしてしまった。
「お、落ちついたみたいだな。よかった」
「良かねぇだろ。テメェの兄貴が妙なマネしやがったせいで、ますます外野がうるせェわ」
「トーヤァアア!!」
「いまのどういうことー!?」
「ってかその子だれ!?」
デクをかかえゆっくりと立ちあがったトーヤは、いまだ興奮冷めやらぬギャラリーを一瞥した。
「うるせえなあ。さっさと散れよ、薪にすんぞ」
「お願いします!!!」
清々しいまでの即答。よく訓練された兵士のようである。
トーヤは心底気味悪いものを見る目で、シッシッと片手をふってみせた。
「アッ、キショがられてる!やば興奮する」
「ファンサもらっちゃった〜!!最高!」
「無理焼かれた」
頰を赤らめ涙目になったファンたちは満足したのか、後ろ髪をひかれるそぶりを見せつつもわりと素直に散っていく。
……いまみたいなのもファンサっていうのか?」
「ああうん、そうそう」
疑問符をうかべて己を見てくる弟に、トーヤは至極適当な返事をした。



とっぷりと日も暮れた午後七時。
エンデヴァー事務所をあとにした緑谷と爆豪はなぜか、閑静な住宅街に悠然とかまえる邸宅――轟邸にまねかれていた。
「燈矢兄と親父、仕事で正月はいっしょに迎えられなかったからな。俺も明日から学校始まるし、夏兄も今夜なら時間とれるらしいから、みんなで飯食おうってなって」
「それでなんで俺らまで連れてこられとんだ」
「せっかくの家族水入らずに、お邪魔しちゃっていいのかな……
怪訝な顔の爆豪と、心配そうな緑谷。
二人をふりかえって焦凍はさらりと言った。
「姉さんとお母さんが、友だち紹介してほしいって。俺も二人を紹介してえ」
「だから友だちじゃねえつってンだろが!」
即座に否定する爆豪に緑谷が苦笑いする。
そんな緑谷に、燈矢はわざと声を低めて耳打ちした。
「それに緑谷は、俺といっしょじゃなきゃダメだろ?」
「ヒェッ!」
奇声を発し飛びあがった緑谷は、勢いよく燈矢をふりむいた。
目が合うと顔を真っ赤にする。
少年の動揺が見てとれ、燈矢は愉快な気持ちで口もとをゆるめた。
「腹減ったなあ。ほら、はやく行こうぜ」
「あ……は、はい」
燈矢がうながすと緑谷はぎこちなく歩みを進める。
居間にはすでに焦凍の母親と長女の冬美、次男の夏雄が顔をそろえていた。
食卓には何品もの料理がならび、香りの良い湯気がたちのぼっている。
「うわあ、どれもすっごくおいしそう……!」
空腹状態の緑谷は目をかがやかせ、ごくりと唾をのみこんだ。
「お母さんね、焦凍のお友だちも来てくれるからってすごく張り切ってたんだよ」
冬美が華やいだ笑顔でそう話すと、焦凍の母、冷はほんのりと頰を染めた。
「冬美と夏くんも手伝ってくれるものだから、ついつい欲張って作りすぎちゃって……
「いうて男子高校生三人もいたら、このくらいの量は余裕でしょ」
大学に入ってからはひとり暮らしをしているという夏雄が快活に笑う。
さっきまでしかめ面をしていた爆豪も、大皿に盛られた麻婆豆腐につられて腰を下ろす。
終始なごやかな雰囲気で食事は進んだ。
料理に舌鼓を打ちつつ会話もはずみ、各々心ゆくまで豪華な夕飯を堪能する。
食事を終え、あらかた片づけも終わったところで、エンデヴァーが時計に目をやった。
「そろそろ焦凍たちを学校に送る時間だが――緑谷。お前は、今夜は家に泊まっていけ。燈矢、緑谷を頼んだぞ」
「ああ。明日個性が解除されしだい、俺が雄英まで送ってく」
「えっ。あの、でも……ご迷惑なんじゃ」
とつぜんのことに緑谷は燈矢と、冬美や冷の顔を交互に見てうろたえている。
冷が微笑を浮かべて言った。
「大丈夫、燈矢から事前に話は聞いてるわ。遠慮しないで泊まっていって」
「そうだったんですか?」
緑谷が目をまるくして見あげてくるのに、燈矢はにやりと口角を上げた。
「緑谷が俺と離れるのさびしいって泣くから、今夜はうちに泊めてくれって伝えたんだ」
「!?そそそんなっ、泣っいたのは否定できませんけど!」
「ハハ、冗談だって」
燈矢はからかいがいのある緑谷の頭をくしゃくしゃとかきまわす。
焦凍は「俺も緑谷と燈矢兄とお泊まり会してえ」と末っ子っぽく若干だだをこねていたが、爆豪に首ねっこをつかまれ連行されていった。
「じゃあ、俺もそろそろ帰るわ」
夏雄もそう言って荷物を手にした。
轟家の面々とともに緑谷も玄関まで見送りに行くと「そうだ」と夏雄が思いだしたようにつぶやく。
「これさ、さっき大学の友だちが知らせてきたんだけど」
夏雄が自身の携帯端末の画面を出した。
画面には一枚の画像が映しだされている。
それは野次馬の囲いの中心で、泣いているデクをトーヤが抱きしめている写真だった。
「これって燈矢兄と、相手は緑谷くんだろ?この写真SNSに投稿されたらしいんだけど、なんかすごい勢いで拡散してんだって」
「へー。ヒマな人間が多いんだなあ」
「ヒィィ、いつの間にこんな写真が……!」
関心なさげな燈矢と、戦々恐々とする緑谷。
その横から冷と冬美も端末の画面をのぞきこみ、「あら」「なかよしだねぇ」とのんびりしたコメントを交わす。
対照的な四人の反応に夏雄は肩をすくめた。
「まあ燈矢兄はふだんからファンにすら愛想悪いし、もともと大して印象良くないからこういう写真出たところでノーダメージだろうけど、緑谷くんに迷惑かけるなよ」
「夏くんさらっと俺の悪口言うよね」
という燈矢の言葉もさらっと受け流し、夏雄は緑谷に向きなおる。
「基本塩対応のくせに、気に入った人間には距離感バグるんだこのバカ兄貴は……。緑谷くんもハグとか嫌だったら、容赦なくぶっ飛ばしていいからな」
「い、いえ、このときは個性の影響で僕が取り乱してて、トーヤさんはそれをなだめてくれただけで……それに僕、抱きしめられてちょっとびっくりしたけど、すごく安心したんです」
緑谷は照れくさそうに頰をかき、言葉をつづける。
「これはやっぱり、プロとして確固たる実績をあげて活動されてるトーヤさんだからこそ醸し出せる安心感なんだろうと思うと同時に、今日迷子への対応を見たときにも感じたんですけど僕が話しかけても泣きやまなかった男の子がトーヤさんに抱っこされたらすぐ泣きやんで、その抱っこの仕方があまりに自然で手慣れててお兄さんってかんじのトーヤさんで、ああ僕が感じた安心感ってそういうところからも来てるのかななんて思ったりもして」
「お、おお……
聞いているこちらが酸欠になりそうなほどの早口でまくしたてる緑谷に夏雄は圧倒され、冬美と冷はにこやかに頷いている。
長すぎて半分以上聞き流したが、緑谷が自分を好意的に見ていると判断した燈矢は気をよくした。

夏雄も帰っていったあと、冷から風呂をすすめられた緑谷だったが、個性事故の影響でどうしても一人で浴室に入れない。
厳密にいうと、入れはするが燈矢の姿が見えないとひどく不安になるらしく「トーヤさん、そこにいます?」「ほんとにいます?」「ほんとに?」とひっきりなしに確認してくるので、燈矢は脱衣所から出られないのだ。
なのでもういっしょに風呂に入ることにした。
轟家の風呂は邸宅の規模に合った大きさなので、二人で入っても十分ひろい。
「すみません、お風呂まで付き合ってもらって」
膝をかかえて浴槽に浸かりながら緑谷が言う。
燈矢は体を洗いながら、眉を下げたその顔を横目で見た。
「気にすんなって、たまにはこういうのも悪くねえ。寮の風呂も共同なんだろ?」
はい、と緑谷が頷く。
「俺が雄英生だったころはまだ、寮制じゃなかったからな。大勢で風呂入った経験なんて、あれだ。修学旅行ンときくらい」
「僕も雄英入るまではそうでした!いまはお風呂の時間も毎日修学旅行みたいで……楽しいんだけどときどきふざけすぎて、学級委員長の飯田くんに全員そろって注意されたりしてます」
「あー、ありがちだな」
湯に浸かりリラックスしてきたのか、緑谷の表情もゆるんでいる。
体を洗いおえた燈矢も浴槽に身をしずめ、緑谷と向かいあう形になった。
ヒーロー志望だけあってさすがにだいぶ鍛えているようだが、緑谷は決して体格に恵まれているわけではない。
加えてその体には無数の傷跡があった。
「右腕、だいぶ酷使してるな」
「え?あ……そうですね。このあたりは体育祭のときので……その後も何度か、大きめのケガを」
緑谷は苦笑まじりに右腕をさすった。
「僕、その、個性の発現が周りよりずいぶん遅くって、雄英に入学できたのも麗日さん……友だちが助けてくれたおかげで。ほんと、奇跡みたいな幸運だったんです。入学してからも初めはぜんぜん個性をつかいこなせなくて、何度リカバリーガールのお世話になったか」
雄英に入学してから、焦凍は燈矢に対してもよく友人の話をするようになった。焦凍がとりわけ親しくしているうちのひとりが緑谷で、だから燈矢も自ずと彼の人となりを知るところとなった。
目の前に困っている人間がいたら、手を差し伸べずにはいられない。
だれかを救けるためならば時に自分の身すらなげうつような、破滅的な戦いかたをする。
いつか焦凍の目を通して語られた緑谷の人物像はおよそそういった感じで、今回のインターンを通じ燈矢もその片鱗を垣間見た。
「オールマイトにも相澤先生にもいっぱい迷惑かけて、叱られて。お母さんにも心配かけて……それで痛感したんです。だれかを笑顔で救けたいと思うなら、こんなんじゃだめだって。みんなにちゃんと安心してもらえるような、ボロボロにならない戦いかたをしなきゃって」
緑谷の本質は変わっていないのだろう。
しかし、体育祭のときのような危うさはもうそこには無い。
緑谷はきっと必死に励んだのだ。
一日でもはやく個性をつかいこなせるように。だれも心配させない、頼もしさと安心感を与えるヒーローになれるように。
緑谷の全身に残る傷跡は彼の信念や覚悟を物語るものであるとともに、たしかな成長の軌跡でもあった。
……体育祭のころからみちがえた」
燈矢の声が浴室へやわらかに反響する。
無防備にふやけた、傷だらけのいびつな右手。
体育祭で緑谷が個性をつかう場面を初めて見たとき、まるで借り物の個性を宿しているようだと燈矢は思った。
彼自身が力の烈しさをもてあましている。個性が体になじんでいない。
だから燈矢はずっと緑谷が気にかかっていた。
自分とすこし似ていると思ったから。
けれどいまは。
「もう、ちゃんとお前の個性になってる」
そう言うと緑谷は一瞬呆けたようにまばたいた。
言葉をかみしめるように目を伏せ、それから年相応のあかるい笑顔を見せる。
「トーヤさんにそう言ってもらえるの、すごくうれしいです」
その後もあれこれ話していたらつい長風呂になってしまい、のぼせる寸前で二人はへろへろと湯からあがった。
「お先にお風呂いただきました」
居間にいた冬美と冷に緑谷がぺこりと頭を下げる。
はあい、と応じた冬美は台所に向かい、いそいそとなにかを持ってもどってきた。
「アイス買っておいたんだ。みんなで食べよ!緑谷くん、好きなのどうぞ」
「わあ、いいんですか?ありがとうございます!」
ほかほかに温まった体で食べる、風呂あがりのアイスは格別だ。
幸せそうな顔でバニラアイスをぱくつく緑谷の横から冬美が話しかけた。
「緑谷くんすっごくヒーローに詳しいんだってね。焦凍ったら、“緑谷は歩くヒーロー名鑑みたいだ”って」
「そ、それほどでも……!ただ、ちいさいころからヒーローが大好きだったので、情報やグッズの収集がライフワークみたいになってる節はあるかもしれません。寮の僕の部屋、オールマイトだらけだからみんなにオタク部屋っていわれちゃいまして」
抹茶アイスを口にはこんでいた冷が、ふふ、とかすかに笑い声を洩らした。
「緑谷くんと燈矢のお部屋、もしかしたら似ているかもしれないわね。燈矢のお部屋にはエンデヴァーがいっぱいだもの」
「え!」
「俺のは整理もせずにただ置いてるだけだし、別にそんな」 
「見たいです、ぜひ!トーヤさんのお部屋見せてください!」
「えー……
結局緑谷の熱意に押されるかたちで、燈矢は自室へ緑谷を案内することになった。
エンデヴァー事務所には立派な宿泊設備があり、緊急出動することも多い燈矢はそちらで寝泊まりすることがほとんどである。
そのため高校生のころまでつかっていた自室はいまや半物置化していた。
部屋へ一歩足を踏みいれた緑谷は息を飲む。その目がミラーボールのごとくかがやきだした。
「エンデヴァーグッズの宝庫……!」
ぬいぐるみやフィギュア、ステッカーにポスターにTシャツ、各種企業とのコラボ商品の数々。
それらがところ狭しと陳列された一室は、エンデヴァーファン垂涎の空間となっていた。
「ここここれ、ぜんぶトーヤさんが集めたんですか!?」
「集めたっていうか、事務所から持って帰ってきたんだよ。お父さんが」
エンデヴァー自身は己のグッズに毛ほどの興味もないため、こういった商品の展開や企業からの案件を受けるかどうかの判断は事務所職員にすべてまかせている。
とはいえ完成品は事務所へ送られてくるし、それをエンデヴァーがまったく手に取らないわけにもいかない。処分するのもためらわれ、事務所倉庫で保管するか、一部の商品は自宅へ持ち帰るようにしていた。
「俺もあんまりグッズとか興味ないんだけどな。夏くんはお父さんのグッズなんか絶対いらないって言うし、焦凍はオールマイトが好きだし、冬美ちゃんは食べもののほうが喜ぶしで、きょうだいだれも欲しがらねえの。それじゃお父さんが可哀想だから、俺がぜんぶもらって部屋に置いてたんだ」
緑谷はほーっと頷きつつ、視線を上下左右にせわしなくうごかしていた。
自由に見ていいぜと燈矢が言うと目の前の棚に飛びつき、目を皿のようにしてグッズを凝視する。
「これっ、ヒーローズコレクタブルフィギュア!僕このシリーズがんばって集めてたんですけどエンデヴァーがなかなか出なくって……。実物が見られて感激です!あっ、こっちは二ヶ月前に発売された旧コスバージョンエンデヴァーフィギュアですね!あれ、でも販売されたものとは台座のエフェクト部分の色が微妙に違うような」
「ああ、そっちはたぶん試作品だな」 
「そうなんですか、うわあこれは貴重なものだぞ……!それにしても完成度が高くてすごいですね、とくにこのコスチューム!細部まで完全再現しようという製作者の意気込みが感じられるこだわりっぷりで」
緑谷は夢中で室内を見てまわり、歓喜の声をあげたり驚いたり感想を述べたりといそがしい。楽しそうな緑谷の横顔をながめながら、燈矢は笑みをこぼした。
ぶつぶつと口のなかでつぶやきながら熱心にグッズ鑑賞をつづける緑谷を邪魔しないよう、入口近くで携帯端末をいじっていた燈矢は、ふと緑谷の声が途切れたことに気づき顔をあげる。
「どうした?」
近づくと緑谷は、燈矢の勉強机の正面に貼られた一枚の写真を見つめていた。
燈矢の小学校入学式の日、正門前で撮ったものだ。
こちらへ元気にピースサインを向ける燈矢の両側に、いまより若い、いつもの仏頂面をすこしだけ和らげたエンデヴァーと、美しく微笑む母親の冷が立っている。
「すてきな写真ですね」
……入学式の日、もともとはお父さん、仕事で来られないはずだったんだ。けど俺が絶対に来てってワガママ言ったから、仕事片づけたあと急いで駆けつけてくれてさ。結局式には間に合わなかったけど、写真だけはこうしていっしょに撮れた」
「だからトーヤさん、こんなにうれしそうなんだ」
微笑んだ緑谷は燈矢を見て言葉をつづけた。
「トーヤさんがヒーローになろうと思ったきっかけは、やっぱりエンデヴァーだったんですか?」
「まあ、そうだな。物心ついたときから、ずっとヒーローの父親を見てきたから」
きっと、何であろうとかまわなかったのだ。
燈矢にとって父はあこがれの存在で、この世のなにより強くかがやく、圧倒的な光だった。
そんな父がヒーローだったから、燈矢も当たり前のようにヒーローを志した。
「個性がはじめて発現した日、家に帰ってきたお父さんに真っ先に報告したんだ」
父親とおなじ炎の個性。
待ち望んでいたその赤に、熱に、胸が躍った。
――ほらみて。お父さんとおんなじ炎だよ。
――おれ、いっぱい訓練してヒーローになるね。お父さんみたいなヒーローに。
「玄関で“ヒーローになる”って宣言したら、お父さんはすごくうれしそうに笑ったんだ。……本気でヒーロー目指そうと思ったのは、もしかしたらそのときからだったかもな」
燈矢はみじかく息を吐いた。
目を細め、写真のなかの幼い自身を見つめる。
このころはまだ、父親ゆずりの赤い髪だ。
「けどそのあとは、ままならないことが多かった。俺は……個性は父親とおなじ炎を引き継いだけど、体は母親のほうを強く引き継いで、炎よりも氷結に適性のある肉体だってことが分かったんだ。だから、一定以上の強い炎を出すと」
「体のほうが、それに耐えきれない……
「そういうことだ」
燈矢はひらりと片手をひらいた。
「両親は俺の火傷を見て、個性をつかうのをやめさせようとした。けど俺はこの個性でヒーローになるって決めてんだ、どうしてもあきらめられなかった。何っ回も衝突したなあ、とくにお父さんとは。昔はしてくれてた個性訓練もとりやめにされたから、こっそり無断で一人訓練してたんだけど、バレたら毎回すげえ叱られた」
父親ゆずりの赤い髪も、成長するにつれすっかり白く変わってしまった。
両親ときょうだいは燈矢が火傷をするたびに怒ったり、もうやめたらと諌めたりする。自分を心配しているのだと理解はしていても苛立ちはつのった。
けれど末の弟――焦凍だけはちがった。
……焦凍は、両親の個性を受け継いで生まれた。ちょっと火力の調整をミスれば自傷しちまう俺とちがって、炎と氷双方のデメリットを打ち消しあえる、優れた個性だ。正直ずるいと思ったし、焦凍をうとましく思ったこともあったよ。なのにあいつは」
焦凍は年のはなれた燈矢によく懐き、邪険にされても懲りずに寄っていった。
気まぐれに燈矢が見せてやった炎に焦凍は目をみはり、すごいすごいと大興奮する。その無邪気な笑顔に、頑なだった燈矢のこころはすこしずつ解けていった。
幼い焦凍にとっては、仕事で家を空けることも多く画面越しにその活躍を見る父親よりも、身近な燈矢のほうがよほど「すごいヒーロー」に見えたのだろう。
焦燥ともどかしさにかられ燈矢自身が揺らいだときも、焦凍は燈矢がヒーローになることを一片も疑ってはいなかった。
「中学に入ってすこししたころ、またお父さんとケンカしたんだ。“ヒーローはあきらめろ”ってそのとき言われて、感情が昂ぶっちまって。噴きだした炎に俺自身が飲み込まれてさ。あんときは本当に死ぬかと思ったけど……焦凍がたすけてくれた」
うっすらと覚えているのは、己を抱きしめ必死で炎を落ちつかせようとするエンデヴァーと、その肩ごしに見えた、涙まじりに自分の名を呼びながら一直線に走ってくる末弟の姿だ。
「あいつためらいもせずしがみついてきて、俺が燃えないよう氷で必死に冷やしてくれたんだ。お母さんたちも個性で冷却してくれたおかげで、俺はたすかった」
焦凍の顔に残る火傷跡はそのときのものだ。
自分のせいで傷を負わせたと泣いて謝る燈矢に、焦凍はまっすぐな瞳で言った。
――とうやにい。ヒーロー、あきらめちゃやだよ。ぼく、とうやにいといっしょにヒーローになりたい。
燈矢と焦凍、二人の固い意思に、ついにエンデヴァーも根負けした。
長らく止めていた燈矢の個性訓練を翌日から再開したエンデヴァーは、仕事終わりの短い時間と数少ない休日をフルにつかい、火力の調整方法や身体と個性の制御、微細なコントロールの方法を徹底的に燈矢に教えこんだ。
父の助言や指導を受け、燈矢も自身の弱点をカバーできるようなサポートアイテムを探したり、身体へのダメージを最小限にする立ち回り方を編み出すことなどに注力した。
その後燈矢は念願だった雄英高校への入学を果たし、さらに数年後、プロヒーローになるという夢を現実のものとしたが、それは決して自分だけの力では成し得なかった。
「俺がヒーローになれたのは、お父さんと……焦凍のおかげだ」
おもわずそうこぼしてしまってから、燈矢は苦い顔で緑谷を見た。
「焦凍には言うなよ、いまの話」
「え、なんでですか?」
「もとから厚かましいやつなんだから、これ以上調子に乗らせることないだろ」
燈矢が憮然として言うと緑谷はへにゃりと破顔する。
「トーヤさんて」
「あ?」
「いや……轟くんがトーヤさんのこと大好きなの、なんだかよく分かるなぁって」
「文脈がおかしくねえか」
「僕も好きです、トーヤさんのこと」
……
他意はないのだろうが、たちが悪い。
黙りこむ燈矢を尻目に緑谷は、古い写真へもう一度慈しむような視線を注いだ。

「今日はすっごくいい夢が見れそうです!」
客間にとなりどうしで敷いた布団へもぐりこみ、緑谷はほくほく顔で燈矢に告げる。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
と交わし合い、明かりを落として数十分後。
燈矢は一度下ろしたまぶたを開け、ごろりと寝返りをうった。
「緑谷、眠れねえのか」
……うう、はい……
途方にくれたような声が応える。
暗がりに目が慣れてくると、頭からかぶった布団のすき間から心細げな目もとをのぞかせる緑谷の姿が見えた。
「目をつぶったらトーヤさんが見えなくなるから、不安になっちゃって」
「後追い」の個性の効力はいまだ継続中のようだ。
とはいえ緑谷は明日から授業があるのだし、眠れなくては困るだろう。
「こっち。俺の布団入れよ」
「え?」
「目つぶってても分かるくらい近くにいれば、安心して眠れるだろ」
燈矢が掛け布団を持ちあげると、緑谷はおずおずともぐりこんできた。
「お、おじゃまします……
「おー」
ふわふわの緑頭がすぐ目の前にある。
しかし緊張しているのか、緑谷は微妙な距離を保ったまま息をひそめるようにしている。
燈矢はひとつ息を吐き、片手で緑谷の頭を抱きよせた。
「わっ」
緑谷がちいさく声をあげる。
ちょうど燈矢の胸にもたれる格好になり、緑谷の髪が燈矢の鼻先をくすぐった。
「ああああの」
「しー。いい子だから、じっとしてな」
まるきり幼児に対する口調だが、緑谷は素直におとなしくなった。
燈矢は緑谷の背に腕をまわし、迷子の男の子にしたように背中をとんとんと一定のリズムでたたく。
すると固くなっていた緑谷の体が徐々に弛緩し、燈矢のほうへ自らそっと身を寄せてきた。
「とうやさん、ぽかぽかしますね……
「そりゃこんだけくっついてればな。熱いか?」
胸もとにはりついた緑谷は首をふる。
「僕……今日はとうやさんに迷惑かけっぱなしで、なのに」
眠気に負けそうなのか、ゆるゆるとした声が紡ぐ。
「いまもずっと、僕ばっかりうれしくて、なんだかもうしわけないです」
そう言いながらすっかりおさまりのいい場所に陣取りうとうとしている緑谷を見て、燈矢は頰をゆるませた。
「こんど、とうやさんになにかおれいします」
「うーん……それじゃあ、飯でも行こうぜ。二人だけで」
……それだとまたぼくがうれしくなっちゃいます」
困り顔で見あげてくる緑谷へ、燈矢は声を立てて笑った。
「そっか。それなら俺はもっとうれしい」
「とうやさんも……?」
「ああ」
そばかすが散る頰を撫でると、緑谷の吐息にふわりとくすぐったげな笑い声が混ざる。
それから一分もしないうちに緑谷はすこやかな寝息を立てはじめた。
あどけない寝顔を見届けて、燈矢もまぶたを下ろす。
幼い弟や妹たちといっしょに眠っていたころの、昔の記憶が眼裏によみがえった。
腕のなかにいる緑谷に対しての感情は、在りし日に燈矢がきょうだいたちに感じていた甘やかな凪と、よく似ているようで重ならない。
けれどおなじくらいに慕わしい、麗らかな春めいた感情だった。



翌朝、先に目覚めた燈矢が手洗いに行ってからもどると、緑谷はすでに目を覚ましていて「おはようございます」と元気にあいさつしてきた。
目覚めて燈矢の姿が見えなくても不安に襲われることはなかったとのことで、どうやら個性は無事に解けたようだ。
朝食のあと轟邸を後にし、二人は雄英高校へ向かった。
途中、朝のラッシュをねらったらしい ヴィランが現れ応戦するなどして時間をロスし、雄英の正門前へ着いたのは一限目がはじまる五分前だった。
「遅れて悪いな、なんなら教室まで飛ばすか?」
「そんな!ヒーロートーヤが急に現れたら、学校中大さわぎになっちゃいますよ」
緑谷はあわててそう言うと、リュックの肩ひもを握ってぺこりと頭を下げた。
「何から何まで、本当にありがとうございました。トーヤさんもお仕事、がんばってください」
屈託のない笑顔をのこして緑谷が踵をかえす。
離れていく背を見ていたら、燈矢はなんとなく味気ない気持ちになった。
インターンは継続して行われるため、週末になればまた会える。それはわかっているのだが。
「緑谷」
呼べば緑谷が足を止める。
燈矢はふりむいてきょとんと瞬く彼を、腕のなかに閉じこめた。
「とっ、トーヤさん!?どうかしました?」
緑谷の戸惑った声を聞きながら、燈矢はぽつりとつぶやく。
――ずっといっしょにいたから、なんか別れがたくなっちまった」
ひとりごとのようにこぼすと、すこし間があってから燈矢の背に温かな手のひらが触れた。
それはまるで、燈矢が緑谷にしてやった仕草をなぞっているようで。
……まさかトーヤさんにも個性の影響が……?」
癒されていたところに生真面目な声が聞こえてきて、燈矢は吹きだしそうになる。
このまま存分にハグしていたいところだったが時間切れを告げるチャイムが鳴り、燈矢はしぶしぶ緑谷を離した。
大慌てで飛んでいくその背を見送る。
こころなしかさっきより、いくぶん晴れ晴れした気持ちがした。



「あ〜。またトーヤがデクくんあやしてる」
「いや、むしろトーヤがあやされてんだよこれ」
大学構内の食堂にて、ある日女子二人のそんな会話を耳にした夏雄は、おもわず遠い目になった。
先日の個性事故をきっかけに、燈矢はインターンにかこつけてやたらと緑谷を構うようになった。
仲よさげなそのようすが通りすがりのだれかによって写真に撮られSNS上で拡散される、という流れを何度かくりかえし、そのたびトーヤファンは阿鼻叫喚なのだが当の本人はどこ吹く風である。
あまりに距離が近いので、夏雄は一度嫌々ながら「緑谷くんに手出してないだろうな」と兄に確認したことがあるのだが
「夏くん何言ってんだよ。相手は高校生だぜ?」
と良識ぶった回答をされあやうくぶん殴りそうになった。
焦凍は焦凍で「燈矢兄と緑谷が仲よくてうれしい」と幸せそうで、夏雄は自分が考えすぎなのかと真剣に思い悩んだ。
それでも、兄の気まぐれに巻きこまれ、緑谷に迷惑が及ぶことは避けねばと思っていたのだが。
夏雄は端の席に腰を下ろし、携帯端末を取りだした。
いつも見ているSNSのアプリをひらいてすこし調べてみると、先ほどの女子二人が見ていたとおぼしき画像にすぐ行き着く。
それは街なかのパトロール中、敵を確保した直後らしいトーヤとデクを撮影したものだった。
写真は二枚あり、一枚目にはデクの頭をなでるトーヤが、二枚目にはデクとトーヤが目を合わせて笑いあう姿が写っていた。
トーヤのまなざしは画面越しでもわかるほどにやわらかく、夏雄は気恥ずかしさでおもわず目を逸らしてしまいそうになる。
だってこんなのさすがに、弟の友だちあるいはただのお気に入りの後輩に向ける顔じゃないと思うのだ。
……けどまあ、緑谷くんも大概か」
ざわつく食堂の片すみで夏雄はこぼす。
視線の先、写真のなかのデクもまた、降る光よりもきらきらと笑っているものだから。
そう遠くない未来、実家の食卓を再び家族と、それに緑谷とともに囲んでいる場面を想像し、そしてそれがなんだかとても自然で良いもののように思えてしまい、夏雄は虚空へ視線を投げた。



end.