ゼータ
2020-02-16 00:00:18
1034文字
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如月の伊達者【凱風列島短文】

岩手のいも宮城のみも出てこないけど岩宮ネタと言い張る岩手視点語り文
明らかに描写不足なので気が向いたら加筆修正するかもしれない

それは彼女お手製の菓子であることも、そうでないこともあったが、決まって言えるのは幾度回数を重ねようと毎度確かな印象を残していくということだった。

女が意中の男に、またはその逆に、贈り物をするという行動は様々な生物に見られるものだ(必ずしも異性間とは限らないだろうが、主題から外れるので置いておく)。しかし、それにバレンタインとか言う名を付けて冬の風物詩とした上、毎年飽きもせず騒ぎ立てるのはヒト独自の文化だと思う。
始まってすぐの頃は、さほど私の食指の動く対象ではなかった。というより、私個人としては正直今でもそこまでではない。
だが、その行事は思いのほか間もなく身近な存在となった。何故かと言えば……うちの女将軍がいたくお気に召したからだ。

冷静に考えれば、流行り廃りに敏感な伊達者を地で行き、また食材王国の渾名に恥じない料理の腕を誇ってもいる彼女が興味を示さない訳もなかった。まだ行事が確立してもいない時期から彼女がこの流れを気に入り、そして親しい者達への2月の贈り物を欠かさないようになっていったのを覚えている。
物の内訳としては、彼女が腕によりをかけたであろう手製の菓子であることが多いが、同一のものを2度以上見たことは少なくともまだない。時には人の手で販売されている菓子や、或いは文具など食品でないこともあったが、あくまでそれは趣向を凝らした結果であり手詰まり故ではないことは不思議と感じ取れた。
和洋を問わず、伝統と創作とを問わず、そして良い意味で王道と邪道とを問わないその選び方によって、彼女は受け取る者をいつでも楽しませた。
ところでこの贈り物、時として私に対するもののみやや豪勢というケースが見られる。深くは触れないが……

人間がこの行事を始めてから、1世紀弱程経つだろうか。期間としては、我々都道府県から見れば最近のことと言える。しかしつまりは100回近く行われているということであり、ならば段々とパターン化されていくのが道理であるはずだ。
それにも関わらず、膨大な回数を重ねて尚新鮮味を失わない彼女の創意工夫及び選定のセンスには舌を巻く。お陰様で、私の創作活動の際の良い刺激になり続けてくれている程だ。
彼女には、必ずやしっかりとお返しをしなければなるまい。お誂え向きの日が3月にきちんとあるが、その前でも構わないだろうか……

「さて、今年は如何かな」
私は目の前の箱を手に取り、包装を彩る金のサテンリボンに指を掛けた。

(終)