「兄貴が死んだんだよ。俺より出来のいい兄貴が。出来損ないの方が残ったんだ。家に帰って親の顔見るのがしんどいんだよ」
怒鳴ってしまってから目の前の赤マントを見たら、彼ははっとするような顔で佇んでいた。なぜか自分が悪いことをしたような気になって、俺は気後れして、無意識に一歩下がった。
夜の公演に一人でいると、職務質問されることがある。十六の男が夜の公演でいつまでもじっとしていたら警察は対応しなくてはいけないのかもしれないが、同時にほっといてくれと思う。俺の事情を警官がどうにかしてくれるわけではない。
一昨日急に現れたこの赤マントは自分をガンマ1号と名乗り、俺が家に帰るまであとをついてきた。ヒーローとして警察に協力しているみたいなニュースはスマホで検索したらすぐに出たから、本当なんだろう。
一人になりたくて外をうろうろしているのに、後ろをついてこられたら迷惑極まりない。
「男性とはいえあまり遅くまで一人で外にいるのはよくない」「家に帰るべきだ」「おうちのひとはいないのか」「まださんぽをしたいなら私が一緒に行こう」いくらイライラして付いてくるなと言っても全く堪えていないようすでずっと優等生みたいなことをしゃべり続ける。昨日は結局根負けしてしまった。しかも今日も現れた。
むしゃくしゃして思わず、死んだ兄の事を怒鳴り声でぶつけた。そうしたら、彼は子どもみたいな顔で絶句した。どうして俺が悪いことをしたみたいな気持ちにならなくてはならないんだろう。辛いような申し訳ないような腹立たしいようなないまぜの気持ちが、肋骨の内側でぐるぐるした。
「
……すまない」
ふり絞るようにそれだけ言うと、彼は浮き上がった。
「だが、夜道に一人の君を放っておくこともできない。だから、君が見える位置で、パトロールを続けさせてほしい。」
少しだけうつむく。
「お兄さんを喪って気持の整理がつかないときだったのだろう。何度も話しかけてすまなかった」
それから、急加速して上昇し、見えなくなった。
「違えよ!」
怒鳴った。別に違わないのは心のどこかでわかっていたが、そう叫ぶことしかできなかった。
赤マントは俺よりずっと目がよくて、向こうからは姿が見えるんだろう。だけど怒鳴り声はきっと届かない。それでも、もう一度怒鳴った。
「違え! お前なんかにわかるわけない!」
たぶん、わかるんだろうな、と思った。根拠はない。
俺に兄貴の代わりができるわけがない。それだけははっきりしている。出来損ないの癖にこの世に残ったのが申し訳なくて、家に帰りたくない。学校が終わると、一人で適当にぶらつき、金もないので夜は公園で時間をつぶした。
優等生っぽいあの赤マントはたぶん「完璧な兄」の方だ。なのに、どうしてあんな顔をしたのだろう。翌日になってもその顔が頭から離れなくて、俺はぼんやり歩いていた。
ざく、とコンクリートの砂利を踏む音がして、目の前に缶のコーンポタージュが差し出された。
「
……赤マント」
「済まない。見えないところにいると約束したのに。どうしても伝えたいことがあって」
差し出された缶を受け取った。ポタージュは温かい。そういえば自動販売機がすぐそばだった。俺はのろのろと缶を開けて口を付けた。
「君の親御さんにお会いした」
「
……おせっかいだな」
「心配なさっていた」
「
……」
コーンポタージュを飲む。それは思いのほか甘かった。そして自分の体が自覚より冷えていたことに気付いた。
「君は、お兄さんの代わりではなくて、君だ。ご両親は君を心配している。どうか、帰ってあげてほしい」
「知ってるよ」
ポタージュをもう一口。
「俺が、うまく消化できないだけだ」
なぜだかそんな言葉が滑り出た。認めたくない自分を、ポタージュのとろみがするりと流してしまったようだった。
「そうか」
缶を横にふった。コーンの粒が入っているらしい。口に入った粒をしゃくしゃくと噛む。それから言った。
「悪かった」
「何がだろうか」
「昨日、あんなこと言って」
「
……それなら」
逆さになるまで缶を傾けたが、残った粒は出てこなかった。
「謝らないでほしい。私も、同じだから」
自嘲的に笑った赤マントを見ながら、本当に悪いことをしたと思った。
「帰るよ。スープありがとう。おいしかった」
「よかった」
にこりとしたヒーローが、妙にかわいく見える。
「君を家まで送ったら、私も帰ろう。うちでも一人、私を待ってくれているんだ」
なぜだかおかしくなって、二人で笑った。
きっと、彼を待っている人も、いつも彼を心配しているのに違いないと思った。
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