ゆうり
2026-02-16 17:00:04
3834文字
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約束と誓いと。

ヘクジェラ初夜後の事後あたりの話。
最中より事後の空気が好きですっていう癖です。
匂わせ程度なのでワンクッション無しで…

触れる事すら叶うはずが無いと思っていた赤毛が鼻先をふわりとくすぐった矢先にヘクターは目を覚ました。
近くの窓から外を見れば夜明けの暁を迎える前の色合いで事なきを得る。
こんな時間にこの場所で、自分如きが帝国の至宝を穢していたなどとなれば自らの首を差し出す程度では済まないだろう。
それでもこの人を諦めることが出来なかった。
分不相応な想いを箱に詰めて鍵をかけ、暗く深い土の中に埋めてしまってもふとした拍子に新たに降り積もっていく想いを捨てきれなかった。
そして唯一無二の高貴なる愛しい人と想いと身体を重ね合えたのが数時間前の事。
1度の交わりでくったりと疲れ果てたその人ジェラールの身体を軽く清めて、共に床に付き腕に抱いて眠りに付いた時の幸福感はこれまでのヘクターの人生では感じた事の無いものだった。
ただ触れられるだけで、想いを確認しあえるだけでこんなにも心と身体が満たされるなど。
どうしても痛みを全く感じさせる事なくという事が出来ずに泣かせてしまった時に出来たジェラールの目蓋の残る赤みを指でなぞる。
まだ眠っていて欲しい思いとその穏やかなるも凛とした新緑色の瞳に自分を映してほしいという思いが相反しながらも触れる事が止められずにいると、小さく声が上がりヘクターはパッと手を離す。
「ん、んぅあ、へくた?ふふ、おはよ」
1度起きたら目覚めは早いとジェラールから聞いた事があったが、こうやって確認する日が来るとはヘクターは思いも寄らなかった。
こんな可愛らしい声で自分の名前を呼ばれる幸せがあったのだと。
まだ早いとはいえ朝一番の挨拶まで貰えて、こんな小さな事で満たされるなんて。
ジェラールは目が覚めた事でもぞりと身体を動かそうとしているが、昨夜の無理も堪えているのだろうさほど大きな動きは出来ていないようだ。ヘクターはジェラールがいる布の上部を軽く撫でる。
「ちょっと早い時間ですけど、おはようございますジェラール様。ご気分はいかがですか?あとお身体の方も
慣れていなくて、初めてで君を満足させることは出来ないかもしれないけどと昨夜この部屋に招かれてすぐにそうジェラールに吐露されていたが、ヘクターを受け入れる為に出来る限り準備もしていたと行為に没頭する中で更に上乗せされてヘクター自身も行き過ぎてしまった自覚はある。
「大丈夫、ちょっと脚の辺りが変な感じはするけど君が優しくしてくれたから、痛くは無いよ」
もちろんこれ以上ない程に優しくしたいと思った、ゆっくり蕩かさせてからジェラールが痛みと恐怖を覚えないようにと。自分がジェラールとこの機会を迎えてどれだけ嬉しいかを薄い知識から拙い語彙で必死に伝えた。
もちろん床でこんな仕草をするなどヘクターにとっては初めての事で、本当にこれで良かったのかと内心自問自答している。今までの自分の身持ちの軽さに辟易しつつ、本命に対しての所作が未知の事過ぎた。
ヘクターが考え込んでいると掛布の中から出てきた指が何故か眉間にそっと触れてくる。
「凄い深い皺、ここに出来てる」
ジェラールはその皺を伸ばしてくれようとしているのか軽く撫でられる。
後悔してる?」
「え?」
「私と、こういう事になって」
そんな台詞を聞かされて1人悩んでいられる訳もなくヘクターが顔を上げるとジェラールはそれでも淡く笑みを浮かべていた。
「もし辛いなら、忘れてくれていいよ。私は死ぬまで抱えてしまうと思うけど
我ながら重たいね、と自嘲するジェラールを思い違いで悲しませたくなくて、違和感の残る身体に無理をさせたくないと思いながらもヘクターはその身体を掻き抱く。
「違うんです、そういう事じゃなくてこの事はずっと大事にしていきたいくらいで!忘れたくなんか無い...!!」
そこだけは間違って欲しくない、ただこんなに大切な存在を手の内に入れたことが無い自分にそれを守り通せるのかという不安が今回結ばれた事で急に襲ってきたような気がする。
「怖い?」
そうジェラールから言われて初めて自分が震えていることになりヘクターは気が付く。
戦前でも今はこんな事は有り得ないのに。
不安に潰されそうになりヘクターは目の前の温もりにしがみつく、自分よりも歳下の守るべき人に。
「怖い、です。こんなに大切だと思う人が出来たの初めてで」
「うん」
「オレなんかが貴方のお側にいて、貴方を傷つけるんじゃないかって」
物理的な事だけでは無い、万が一自分と皇帝との関係が口さがない事にでもなればヘクター以上に傷が付くのは皇帝であるジェラールだ。
そうならない為にもヘクター自身が磐石な状態でいなければならないのにこの体たらくとは。
「君はとても頑張ってくれてるよ。まだまだ力の足りない皇帝である私の側で近く臣下として支えてくれて、こうして恋人として愛する人を愛しいと思う幸せな気持ちを教えてくれた。どちらも君だから出来る事で、君が近くに居てくれる事で傷付くのは覚悟の上だ」
先程の起き抜けの可愛いらしい様子が嘘のように、清廉なその瞳の輝きと凛とした響きの声で紡ぎだされるジェラールの言葉に嘘や偽りなどは一点も感じさせられなかった。
自分が不敬を働き、頭を垂れた時も救ってくれたのはこの人の言葉だった。
だがまたこの人に救われるだけでいいのか、ヘクター自身も強く在らねばならないのではないか。
ジェラールの側に侍っていたとしても異論を言わせない程に。
「俺、強くなりたいです。貴方を傷付ける全てからお守りする為に」
「ヘクターはもう充分強いと思うのだけど?」
本気でそう思っている様でジェラールは不思議そうな顔を見せる。
「オレは弱いです、この見た目だってそういう部分を隠すみたいな所あるんですよ」
「綺麗な蒼だなとか、素敵に手入れされてるなとは思うんだけど...ヘクターは頑張ってるよ」
寝乱れた蒼く染まったヘクターの髪をよしよしとジェラールが撫でてくるが悪い気はしない。歳下の可愛い人に撫でられる事がこんな気分にさせられるとはヘクターは思いもよらなかった。
公的な場では臣下たちに指示を与え、戦いの場では皇帝の剣を握り、執務室ではペンを持ち帝国の行く末を左右する重要書類に署名をするその手指が一介の傭兵の髪を梳いて楽しんでいるなんて。
「また次も来てくれる?」
名残惜しそうにジェラールが指に絡めたヘクターの髪の先を手のひらにしまい込んでいる。
こんな仕草にすら可愛いと思ってしまう自分を嫌だとも思わない時点でもう色々と覚悟を決めるしかないのだ。ヘクターが未だ持てていないその覚悟すらも目の前の愛しい人は既に持っているのだから。
ヘクターの髪に触れたジェラールの手の方はそのままに、もう一方の手を取り手首に口付ける。
「貴方が俺の事を必要と思っていただけるように努力しますから」
だからまた貴方に触れさせてください、と2人だけの距離で密やかに告げると蕩けた新緑の瞳が近付きヘクターの唇に柔らかな啄みがひとつ落とされる。
「約束、ね」
この誓いと約束はお互いだけが知っていれば良いのだから。






いつもと同じようで、いつもとは違う心地の良い倦怠感を持ちながら目覚めた朝。
流石にあの約束が嘘だったなんて寝ぼけた事は言うはずがない。あれはヘクターだけの大切な物だ。
あの後まだ暗い城内を皇帝私室から警備の網をぬって何とか兵舎まで辿り着いた所で様々な事が受け止めきれずにそのまま寝台に倒れ込んで2度寝を決め込んでしまったが、通常通りの時間に起床出来たようだ。
この後は皇帝の警護の任務予定だが果たして自分はいつもの風体を気取っていられるのだろうか。もちろんジェラールの為に気取られるような事は欠片も出す訳にはいかないという事は理解っている。
気持ちを切り替える為にもとヘクターは勢いを付けて寝台から起き上がり、辛うじて脱ぎ捨てて放られたブーツを履き共用の水場へと向かった。

「ああ、おはようヘクター。良い朝だね」
皇帝自室までジェラールを迎えに行くと本棚の前で一冊の本を戻そうとするジェラールが部屋に迎え入れてくれた。
同じ部屋だというのに朝の光と空気が入れ替わり、数時間前のあの時間がまるで夢のようにもヘクターには感じられたがふるりと頭を振ってそれを否定する。
「おはようございますジェラール様。その
「うん?」
「体調の方は
昨夜も確認したのだし問題無いとは思うが自分が無理をさせた事に変わりは無い。ただあまり大っぴらに聞けるものでもないのでヘクターらしくなく、か細く頼り無い声になってしまう。
そんなヘクターの様子に気が付いたのかジェラールはヘクターの元に駆け寄ってくる。
「大丈夫。ほら普通に動けるだろう?私だって少しは鍛錬して丈夫になったのだから。それに今はこれまで以上の支えがあるからとても心強いんだ」
ね?と覗き込んでくる皇帝らしからぬ可愛らしくも悪戯っぽい笑顔を見せるその人がヘクターが支えるべき人であり、強くしてくれる人だ。
「そうでした、俺もそうで無ければいけないんでした」
「ヘクターはもう十分だと思うなあ」
「アンタには勝てそうもないです」
軽口を叩きながらも外套を羽織ったジェラールに付き従いヘクターも執務室へ向かう。ほんの少しだけ関係が進んだとしても自分達そのものは大して変わっていないのだろう。