第33回お題「片想い」or「両片想い」

両片想いの赤安。
れいくんに告白したあと、れいくんの返事を待つと決めたあかいさんは…

 十二月三十一日と一月一日、赤井は降谷と共に過ごした。
 大晦日の日。赤井は降谷にメッセージを送った。もしかすると外出しているかもしれない。そう思ったが、降谷は自宅にいると返事を送ってきた。彼の友人あるいは知人と一緒にいる可能性も考えたが、赤井は構わず降谷の自宅を訪れた。
 降谷はひとりだった。暖房をつけたばかりと思われる部屋は、ひんやりと冷えている。この寒い中、降谷がひとりで過ごしている姿を赤井は想像した。
 降谷と一緒に過ごしたい。湧き上がるその気持ちを、赤井は抑えることができなかった。
 その願望は、幸運にも叶えることができた。「僕の家で年越しそばを食べませんか?」と彼が言ってくれたことが、何よりも嬉しかった。
 とはいえ、自分たちの今の関係は、仕事仲間であり友人のようなものだ。彼の隣にいることは許されても、その一線を越えることはまだできない。
 赤井は降谷とともに年を越したが、年が明けてすぐ、深夜にホテルに戻った。それが今の関係に対する誠意だと赤井は思った。
 しかし、帰り際。寂しそうな目でこちらを見る降谷を見て、赤井は心を揺り動かされそうになった。
 自分にどんな表情を向けているのか、降谷は自覚しているのだろうか。
 赤井は後ろ髪を引かれる想いで、降谷の自宅をあとにした。もし自分たちが恋人同士だったら――降谷の自宅にきっと泊まっていただろう。降谷を寂しがらせることもきっとなかったはずだ。しかし、今はまだそのときではない。
 そう遠くない未来、降谷とそんな関係を築ければいい。そう思いながら、赤井は“その時”が来るのを待つことを選んだ。

 一月五日。会議室にはすっかり顔馴染みとなった仲間たちが揃っていた。二日から仕事はしていたが、年が明けて全員が一同に会するのは今日が初めてのことだった。
 世間でもこの日が仕事はじめとなっている業種は多い。
 赤井が会議室に到着したとき、降谷はメイソン、エミリー、ナタリーの三人に囲まれていた。
 耳を傾けると、餅を使った料理について話をしている。休暇中に餅を消化しきれなかった三人が、降谷に料理の仕方を聞いたのだろう。
「日本では、お餅を使ったピザのレシピも結構人気なんですよ」
「ピザと餅?!」
「ええ。小さくちぎって上に乗せてもいいですし、ピザの生地そのものをお餅にするのも人気です」
「色んな調理方法があるのね。フルヤのオススメも知りたいわ」
「たくさんお餅が余っているなら、生地をお餅にするといいですよ。普通のピザの具材を乗せてもいいですが、和風テイストにしても美味しいですよ」
「気になるわ! どうやって作るの?」
「作り方はですね……
 餅レシピについて、降谷が熱弁している。三人は驚いたり感心したりしながら、降谷の話に真剣に聞き入っていた。そうしている間に、会議の開始時間となる。今日は各機関ごとに着席するエリアが決められているので、赤井は指定された席に腰を下ろした。
 会議の途中。黒の組織の末端のひとりに動きがあったと緊急連絡が入った。現職の閣僚であり国会議員でもある人物と繋がっているとして、マークされている人物だ。相手が日本の国会議員であるため、日本警察で確保すべき事案だとの意見もあった。だが、連携体制を組むべきとの意見の方が多かった。
 結果的に、表立って動くのは日本警察、その他の捜査機関は裏で動くということで落ち着いた。
 出動するメンバーは極少数に限られた。
 組織の人間と政府の人間が接触しているのは都内のホテルである。
 降谷をはじめとした公安のメンバーが少数のグループに分かれて現場へ向かった。
 その他のグループの多くは、現場から少し離れた場所で、車の中での待機となった。
 この会議室で待機となったグループは、組織の他のメンバーに動きがないかの監視と、現場周辺の監視カメラなどから情報収集をすることになる。
「組織も今日が仕事始めか?」
 メイソンのセリフに、赤井は苦笑する。
 メイソンが運転席に、赤井は助手席に座っていた。後部座席には、エミリーとナタリーが乗っている。
 赤井のタブレットには、現場の様子が映し出されていた。ここから現場までの距離は車で約一分程度。何かあればすぐに駆け付けられる距離ではあるが、一分一秒を争う場合には間に合わない。車中にも緊張が漂いはじめる。
 上層部から降りてきた作戦内容は、組織の人間がホテルを出たタイミングで確保し、ホテル内で待機している別のグループが、閣僚に任意同行を促すといったものだ。黒の組織そのものと繋がりがあるのかどうかを明確にするために、聴取を執り行う必要があるからだ。
 ホテルの入口から組織の末端の人間――高身長の男が出てくる。そこで、降谷の部下である風見がその男に近づいた。タブレットには、風見が警察手帳を見せる様子が映し出されている。タブレットは映像のみを映し出しているため、音声は聞こえない。男はおとなしく風見に従う素振りを見せたあと、反対方向に逃げ出した。それを予測していたようで、風見がすかさず追いかける。男は風見に向かって拳を振り上げた。風見は一度目は避けきったものの、二度目は腹に攻撃を受けてしまう。
 男は意気揚々と逃げ出した。しかし、物陰からひとりの人間が素早く飛び出した。赤井にはすぐ、それが降谷だとわかった。降谷のかぶっていた黒色の帽子が宙を舞う。と同時に、降谷のすらりとした脚が男の腹に直撃した。男が腹をおさえてよろけると、降谷の部下たちが一斉に飛びかかる。
 瞬く間の出来事だった。
 タブレットには、男の両手に手錠が嵌められる様子が映し出されている。
 映像の中にいる降谷は厳しい表情をして、風見のいる場所へと歩き出した。
 美しい彼の金髪が風になびいている。赤井は思わず呟いていた。
「美しいな」
 こんな状況でさえ、彼に惹き寄せられる。
 後部座席にいるエミリーとナタリーが、ふふふっと笑う。
「フルヤのこと、本当に大好きなのね」
「もう恋人同士なのに、まるで片想いしているみたい」
……そうだな」
 周囲の人間はほぼ全員、降谷と自分が恋人同士だと思っている。自分も降谷も一度も否定したことはなかった。
 だから、今ここにいるメイソンもエミリーもナタリーも、自分たちが恋人同士だと思っている。
 しかし、本当は、“まだ”自分たちは恋人同士ではない。より正確に言えば、自分が降谷に告白をしただけ、という状況だ。
 降谷からの返事はまだない。クリスマスイブの日。降谷が返事をしようとしたのではないか――そう思える空気感になったことはあった。しかし緊急招集がかかり、降谷が告げようとしていた言葉を聞くことはかなわなかった。
 彼に返事を急かすつもりはない。降谷が返事をしたいと思ったときに、してくれればいい。
 たとえもし返事がなくとも、いつまでも待つつもりだ。もしくは、タイミングを見て再びこちらから告白をしようとも思う。
 降谷が自分のことをどう想っているのか。答えに繋がる彼の行動は、これまでいくつもあった。他の人間よりも、自分は降谷の近しい場所にいるという自負もある。しかし、彼の返事を受け取るまでは、この恋は一方通行だ。
 互いにどう想っているのか、今はまだ交わることのない感情がもどかしい。赤井にとって、この感覚は初めてのものだった。
 タブレットの中の彼は、風見に向かって説教をしているようだった。油断して二度目の攻撃を受けてしまったことを叱られているのかもしれない。
 風見は背中を丸くして項垂れていた。
 タブレットの画面が切り替わり、今度はホテルの中が映し出される。別のグループが、閣僚を取り囲むように立ち、ホテルの外へと誘導してゆくのが見えた。これからどんな情報が聞き出せるのかはわからないが、ひとまず作戦は成功したといっていいだろう。
 それぞれのスマホが鳴る。アプリを開いたメイソンが言った。
「撤収だ。警察庁に戻るか」
「三人で先に戻っていてくれ」
 赤井はシートベルトを外した。メイソンがどこかからかうような口調で言う。
「恋人に逢いたくなったのか?」
「まぁ、そんなところだ」
 ヒューヒューと三人が囃し立てるのを背後に聞きながら、赤井は車を降りた。
 今回の現場となったホテルはここからそう遠くはない。赤井は徒歩でホテルへと向かった。
 ホテルの敷地内に入ると、すぐに降谷と風見の姿が目に入る。降谷は風見にまだ説教をしているようだった。実に微笑ましい様子だと思いながら、赤井は降谷に近づく。降谷はすぐにこちらに気がついた。
「赤井?!」
 降谷が声を上げる。風見を置いて、降谷がこちらに駆け寄ってきた。
「無事に終わって良かったよ」
「あなた方はもう撤収になっているはずじゃ……
「俺以外の三人は警察庁に戻った」
「あなたひとりでここに?」
 ああ。君に逢いたくなってな――そう告げたいのを堪えて、赤井は言った。
「ああ。君の様子が気になってね」
 降谷は目を大きく見開いたあと、ゆっくりと微笑んだ。
 降谷の背後では、風見がほっとしたような表情を浮かべている。これで説教が終わったと思ったのだろう。
 しかし降谷は振り向き、「続きはまた今度」と、厳しい表情で風見に告げる。風見は瞬時に顔を青くし、再び項垂れた。
 赤井が思わず微笑むと、降谷は少し恥ずかしそうな素振りをみせて、ふわりと表情を緩める。
 彼はどんな表情をしていても可愛らしい。
 願わくば、皆の知らない彼の表情をもっと知りたいものだ。
 恋をすると、人は貪欲になる。それを身を以って実感しながら、赤井は笑みを深めた。