かのまる
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伊剣ワンドロワンライ「嫉妬」「小さい思い出」

幼馴染だけど、教師と生徒の関係の伊織とセイバー。
セイバーの片思い?のお話。
性別は不詳です。

 黒板の上に設置されたスピーカーからチャイムが鳴った。
「今日はここまで。課題は金曜日までに提出するように」
 数学の教師・宮本伊織の授業が終わると、女子生徒を中心に教卓にわっと人が集まってきた。
 それをタケル……通称セイバーが遠巻きに眺めている。頬杖をつき、眉間に皺を寄せたセイバーは一瞬伊織と目が合った気がして急いで窓の外に目をやった。
 朝はすっきり晴れて気持ちいい青空が見えていたが、今は鼠色の分厚い雲が渦巻いている。

 周りの生徒には秘密にしているが、セイバーと伊織は幼馴染だ。歳の離れた伊織と伊織の妹のカヤと一緒によく遊んでいた。
 年末年始は伊織の家に集まって、一緒に年越し蕎麦を食べて、音楽番組を見て、こたつでくつろいだものだ。
 幼いセイバーは除夜の鐘が鳴る前によく眠ってしまったが、そんなセイバーを伊織はよく布団まで運んでくれていた。半分目覚めたセイバーが薄目を開けると、少年期を過ぎてもう青年に近い大人びた眼差しに目を奪われ、胸を思い切り掴まれたような衝撃を受けたのだ。
 それがセイバーの初恋だった。

 しかし、時の流れは残酷で、気がつけば伊織は大学生、社会人となり年末年始を一緒に過ごすことはなくなった。
 しかし、高校生になったセイバーが入学したと同時に、他校から伊織が転任してきたのだった。
 運命の巡り合わせだと大喜びしたセイバーだったが、伊織の教師としての人気は凄まじかった。
 穏やかな物腰、わかりやすい授業、生徒への面倒見の良さ、そして目立たないが整ったルックスに女子生徒を始め、教師、保護者にも絶大な信頼を寄せられていた。
 誰にでも平等に接する伊織に、幼馴染だからといって馴れ馴れしく近づくのは伊織のためにもならない。
 もちろん会えば必ず声をかけてくれるし、体調や勉強の進み具合について心配もしてくれる。ちょっとだけ他の生徒より目をかけてもらってる気がしなくもない。
 だが生徒の一人、それ以上でもそれ以下でもないセイバーにはもどかしい思いがあった。
「イオリは私と一緒に過ごしたあの頃を忘れてしまったのかな。私はずっと大切に覚えているのに……
 セイバーは誰にも聞こえないように呟くと、机にだらりと突っ伏した。

 セイバーが図書室での自習を終えて、玄関口に向かうとはらはらと雪が降り始めている。
「冷えるな。せめてマフラーだけでも持ってきたらよかった」
 折りたたみ傘は持っていたが、朝は暖かかったのでコートも防寒具も持ってきていない。
「これから帰るのか?ヤマト」
「イオリ!!じゃなかった……宮本先生」
 玄関前の廊下を通りがかった伊織がセイバーに声をかけた。嬉しくてつい昔のように下の名前を呼んでしまい、慌てて訂正する。
 たまたま周りに生徒はいなかったので、セイバーはホッとしたと同時に、久しぶりに口にした〈イオリ〉という響きに自分の心が浮き足立つのを感じる。
「今は伊織で構わないよ。それにしても、随分顔色が悪いぞ……
「そうなのか。急に冷えてきたからかな」
「風邪を引いたら大変だ。少し待っていろ」
 伊織は早足で職員室に向かったようだった。数分経つと、伊織は玄関に戻ってきた。手には缶コーヒーとチェックのマフラーを持っている。
「慌てていてついコーヒーを買ってしまったが、コーヒーは苦手じゃないか?」
……うん」
「では遠慮なく貰ってくれ。あとこのマフラーを。おまえが中学生の頃俺にくれた……覚えているか?」
 もちろんよく覚えている。中学生のお小遣いで背伸びをして買った誕生日プレゼント。十一月の誕生日に送ったマフラーだった。
「まだ使ってくれていたのか?」
「ああ、これは暖かくてな。気に入っていてずっと使っているよ」
 セイバーはセーターの袖で包んだ熱々の缶コーヒーをぐっと握った。
 それは決して高いものじゃなかったから、少しくたびれていたけれど、伊織が大切に扱っていたことがよく解る。
「よかったら使ってくれ。返すのはいつでも大丈夫だ」
「でもいいのか?」
「もともとおまえに貰ったものだからな。……っと、すまない。幼馴染とはいえ生徒におまえ呼びなんて、俺も気が緩んでるな」
 伊織が少し照れくさそうに笑って続けた。
「今年の年末年始は久しぶりに実家に来ないか?カヤがおせちを作ると張り切っててな。師匠もセイバーが来てくれたら喜ぶだろう。なかなか言い出せなくて急な話になってしまったが」
 子供の頃のように皆で集まってテレビを囲む。もう年を越す前に寝てしまうことは無いし、伊織に布団まで運んでもらうには大きくなりすぎた。
 でもまた伊織と一緒に過ごせる時間が来るとは思わなかった。
「あんなに昔の頃のこと、忘れてしまったと思ってたのに」
「忘れるわけがないさ。そうだ、また雪が積もったらカヤと三人で雪だるまを作ろう」
 ふふっと、セイバーは吹き出してしまった。
「もう私は子供じゃないんだぞ。でも雪だるまは名案だ!絶対に私が一番大きな雪だるまを作るからな」
「それは楽しみだ。連絡は師匠かカヤにしてくれ。教師と生徒が直接やり取りする訳にはいかんからな。じゃあ、気をつけて帰るんだぞ」
 もっと話していたかったが、伊織は校内に戻ろうとしていた。セイバーは勇気を出し大きな声で「宮本先生!また明日!!」と帰りの挨拶をする。
「ああ、またな」
 その返事を受け取ったセイバーは、マフラーをほどけないようにしっかりと首に巻くと、毛羽だった表面を愛おしげに撫でた。