織音
2026-02-15 20:44:52
4591文字
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銀灰に結う一本の

『嘘という赤で染めた、運命の糸』
『運命の赤い糸』について話すだけの二人。この二人なら定められた運命くらいぶち壊して、道くらい自分達で作っていきますよ、里指は運命共同体なので(変な信頼)
⚠︎弊社創作指揮官の外見に関する記述があります。

「ねぇ、リーは運命の赤い糸って信じる?」
 執務室、昼。指揮官は休憩中の暇を持て余すようにそんな質問をした。運命の赤い糸を信じるかどうか。先ほどまでの会話と何の脈絡も無い唐突な質問にほんの僅か、整然とした思考回路にズレが生じる。
「随分突拍子もない質問ですね。科学的根拠がありませんし、そんなもの作り話に過ぎないでしょう」
「うーん、まあ君ならそう言うか……
 どこか面白くなさそうな声が聴覚モジュールに届く。どうやら想定通りだったらしくロマンスの欠片どころか、そんなものは微塵もないと言わんばかりの回答に指揮官は目を伏せて、瞳に影を落とす。
……ところでさ、戦術端末まで没収しなくても良いんじゃないかな。休憩室に来てまで仕事したりなんかしないよ」
 数分前まで戦術端末をその手に持っていたはずの指揮官は、手持ち無沙汰となった両手をひらりと揺らして苦笑を溢す。そう、本来ならば指揮官の手元にあるべき戦術端末は今、僕の手元にある。
 ――理由?理由ならば簡単だ。
「それなら執務室に置いてきたら良かったのではないですか。休憩をしに来たのならどう考えたって不要でしょう……僕の記憶が確かであれば以前、戦術端末を休憩室に持ち込んだ挙句、休憩も取らず十時間近く働き通した方がいらっしゃいましたよね」
…………僕ですね」
「では言いたいことは分かりますね、指揮官。さっさと休憩を取ってください」
 ただでさえ午前中、碌に水分も摂らずに働いていたのですから。そう付け加えればはい……、としおらしい返事が返ってくる。全く、水分すらまともに取っていないと言うのに、数時間休みなく書類仕事ができる集中力は一体どこから来るのだろうか。この人は生身の人間で、構造体でもないと言うのに。
 ため息まじりに指揮官の目の前にお茶で満たしたマグカップを差し出す。ついでに糖分補給になりそうな菓子を一つ。手のひらに乗せられた透明なフィルムに包まれた小さな菓子に驚いたのか、彼は僅かに目を見開き、息を吐くように柔らかく眦を緩めて笑った。
「お菓子?……リーがくれるなんて珍しいね」
「リーフが適切な糖分補給に、と用意していたものです。それ以外に他意はありませんよ。休憩明けも書類仕事があることをお忘れなく」
「はいはい、ちゃんと休んだら働くよ」
 指揮官は透明なフィルムを開けると、小さなチョコレート菓子は躊躇いもなく口の中に放り込むと僅かに口の端を持ち上げる。好みの味なのだろうか、多忙のせいか更新が数ヶ月止まっていた指揮官の嗜好についてのデータに追加する形で、一言だけ書き加える。
「それで、話を戻すけど」
……運命の赤い糸がどうとかいう話ですか」
 うん、とデータ整理に耽っていた思考を現実に引き戻した人間は頷く。
「この前青少年育成センターに行った時に小さい子たちがそうやって話してるのを聞いてね」
 運命の赤い糸。確か小指に結ばれた一本の赤い糸が運命の相手と繋がっているのだったか。到底僕には縁のない少女漫画だかでお馴染みの展開らしいという程度にしか知らないが、どうしたってそんなことを僕に聞くのだろうか。
……自分でこんなことを言うのも何ですが、その話の適任は僕ではないと思うのですが」
 そう。間違いなく適任がいる。例えばリーフ。この手の話ならばレイヴン隊の中で間違いなく彼女が適任だろう。指揮官ならば芸術的な観点を持つアイラやセレーナと話すのも悪くはないだろう。それなのになんだって僕なんだ。少なくとも、僕以外のひとを選んでいればもっとまともな回答が聞けたはずなのに。明らかな人選ミスだ。……とはいえ、指揮官との会話が嫌というわけではないが。
「そうかもね。でも、この話を聞いたらリーはどう思うんだろうって思ってさ」
「僕の考えは先程言った通りですよ。運命の赤い糸、なんて科学的根拠がありません。ましてや運命など、本当に存在するかすら怪しいでしょう」
「運命、ね……確かに曖昧すぎるかもしれないね。信じるには触れられないし、見ることもできないから」
「指揮官は信じていないのですか、その運命の赤い糸とやらは」
「あったら面白いなとは思うよ。でも信じてるかって聞かれたら微妙かなぁ」
……では、何故それを僕に?」
「さぁ、なんでかな。本当にリーの考えが聞きたかっただけかもしれないし、暇つぶししたかっただけかも」
 もしかしたらただの気紛れかもね、なんて指揮官は笑いながら言う。特に意味もない問いだったのだろう。ただの暇つぶし、日常の中で数えきれないほどある他愛も無い会話。きっとその域を出ない。
 指揮官はおもむろに左手を自分の目線の高さまで上げる。ぼんやりと眺めるようにして視線が注がれているのは指の中で唯一曲げられていない小指だった。そこにはもちろん赤い糸どころか何一つ結ばれてはいない。
「リーに聞いておいて、何だけどね。運命だとか、運命の赤い糸だとか、僕にはそう言うものはよく分からないけれど……もしそんなものが本当にあったとしたら、誰と繋がってたんだろうね」
「それは僕たちに知り得ることでは無いのでは?」
 そうだね、と小さな返事と共に手を下ろすと、指揮官は独り言のように呟いた。
「でも、もしかしたら君たちグレイレイヴンと出会えたのは運命だったのかもね」
「僕は、」
 気がついた時には、声が出ていた。思わずとしか言えないが、それを指揮官が放っておいてくれるはずもない。僕は、と言いかけた言葉の続きを待つように静かな瞳が僕を見ている。
……僕は、運命なんて言葉に一纏めにされるのは御免ですよ」
 その言葉が空気に溶けた瞬間、僅かに乱れた呼吸にも似た音が落ちた気がした。いや、人間よりも遥かに優秀な聴覚モジュールはその音を正確に拾い上げていた。
 目の前の人間が短く息を吐く音。指揮官が瞬きする音すら聞こえそうなほどの、僅か一秒の静寂。
…………なんですか」
「いや、君も、そんなこと思うんだなって」
「悪いですか」
「いや全く。ただ、少し驚いた……というか」
 辿々しく、いたたまれないように右下に投げ出された視線。逸らされた瞳を追うように見つめた僕の視線を、指揮官の髪が遮る。一体、今どんな表情をしているのか、その髪を掻き上げて瞳を覗き込みたい衝動に駆られて指を伸ばす。
 自分の硬質な繊維感が強い髪と違う、夜空の濃紺をそのまま映したような、柔い髪に触れた。僅かに指先を動かしただけで揺れる髪の隙間から覗いたのは目元を薄らと染めた赤色、感情処理が追いついていないとでも言うように僅かに揺れ続ける月に似た灰の瞳。
「貴方がそんな顔をするなんて、珍しいですね」
……その、突然そんなこと言うから、処理が、追いついてなくて」
 さっきまでロマンスの欠片もなかっただろ、と呻く指揮官がまた顔を隠そうとするのをそっと制する。それだけで内側で生まれた熱でまた赤くなる頬。俯くこともできないまま、どこか期待するような色すら含んでこちらを拙く覗くような瞳が胸の奥を言葉にできない甘さで満たす。
…………じゃあ、こうしようか、リー」
 目元を薄らと赤く染めたまま。指揮官は偶然デスクに放り投げられていた細いケーブルを手に取って、片方の端を僕の右の小指にそれを結ぶ。こんなありふれた、どこにでもあるようなケーブルでは『運命の赤い糸』なんて大層なものの代わりにすらなれないだろう。そして最後に片方の端を指揮官自身の小指へと結ばれた。
「誰にも気づかれないようにさ、同じ糸で結んで、真っ赤に染めてしまおうか」
 簡単に離れてしまわないように、同じ糸で結んで。それを最初から同じ、一本の糸で結ばれていたという嘘で赤く、赤く染め上げて。他の誰にも、神様にもばれないように。僕達で『運命』を作り上げてしまおうか、なんてまるで内緒話をする子どものような無邪気さを持って、指揮官は笑う。
 ――運命の赤い糸なんて不確かな幻影も、定められた運命ですらも。僕達には要らないのだと。
 例えば、あらかじめ定まっていた破滅という運命があるとして。そんな運命を全て覆して明日を願い、黎明を祈るように。今までそうやって戦い歩いてきた足跡があるように。
「運命の赤い糸も運命も、信じるつもりはありません。何度も言いますが、科学的な根拠もありませんし、信じるには『運命』なんて、あまりにも曖昧すぎます」
 そんなものを信じるよりも、できる最善を尽くし、抗い、足掻くことで獲得してきた結末の足跡の方がよっぽど信じられる。
……ですが貴方とならば、『運命』を作るというのは悪くなさそうですね」
 指先で互いを繋ぐケーブルを辿るように撫でる。行き着いたのは指揮官の左の小指に緩く結ばれたケーブルの終点。今にも解けてしまいそうなほど不器用に結ばれたそれを解いて、指揮官がこちらの小指に結んだのと同じように結ぶ。
「これなら、簡単には解けてしまわないでしょう?」
 お揃いの結び方で結ばれたケーブルに指揮官は心底愛おしそうな笑みを溢す。互いに結ばれたそれはどこにでもありふれた、糸よりも丈夫で形状が似ているだけのものでしかない。……それでも。
「君が結んでくれた運命なら、神様が創ったものよりも信じられる気がする」
 貴方がそうやって笑ってくれるのならば、それでいい。僅か口角を一ミリ上げるだけの微笑を溢した。きっと指揮官ならこれほど微細な笑みでも正確に拾い上げてくれるだろう。
……さぁ、指揮官。これからの運命はどう創っていきますか?」
 僕達が結んだ運命は神様が描いたシナリオのように、先のことが描かれているわけではない。この白紙を何色に染めるのかすらも、まだ決められていない。全て、僕達が創る。
「君と在るまま、じゃだめかな?」
 ――最初から全て定められたシナリオじゃ、つまらないでしょう?
 そう囁いて細められた指揮官の目に、光が煌めいた。それは陽光よりも大きな光でもなければ、星や月のように静謐な光でもない。まるで舞台上、シナリオを演じ、そこで生きる人物を照らすような光。
「僕の運命様は随分気紛れですね。まあいいでしょう」
 仕方がありませんね、とため息を吐いて、真っ直ぐにその瞳を見つめる。
 きっとリー自身は知らないのだろう、と指揮官は思考の端で思う。そうやって仕方がないとため息を吐いた後の瞳の柔らかさを。青の奥に宿り、普段は秘められた慈愛が零れ落ちる一秒を。きっと、リー自身も、誰も知ることなんてないだろう。これから先も、ずっと。
「いいの?止めなくて。自分で言うのも何だけど、どんな運命になっても知らないよ」
「止めたって無駄なのでしょう?そもそも止める理由がありませんからね。……それに、貴方が望むなら何処までだって付き合いますよ。貴方が満足するまで、踊り飽きるまででも」
 貴方が望むまま、共に在るままに。その時にしか描けない色彩で紡ぐ運命も悪くはないだろう、それを、共にできるのが指揮官であれば。
「じゃあ、エスコートは任せたよ。僕の運命様」
「ええ、お任せください」
 そう言って静かに、微笑んで。僕は柔らかく取った彼の左手の小指、僕たちだけの『運命』を結んだその場所へ唇を寄せた。