けがわ。
2026-02-15 17:47:34
3618文字
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バレンタインのシャチョコンの話2026

シャチョコンです。

付き合ってないけどディープキスしてるのでご注意ください。

「モモくん、美味しい?」
「あ、えっと、はい、すごく美味しいです!」
 オレの目の前にあるのはユキさんお手製のガトーショコラ。優しい甘さで、口溶けがよくて、華やかなデコレーションも目を惹いて、食べる人の心を魅了する。まるで作った本人のようなチョコレートだ。それに比べて、オレは……
「モモくん? やっぱり口に合わなかった? 無理しなくていいからね」
「あっ、いえ、違うんです! 本当に美味しくて感動してしまって……
 感動していたのは本当で、すごく美味しいのも本当のこと。ならどうしてこんなにも気持ちが沈んでいるのかと言うと……
 こっそり横目で伺ったのは、四人掛けのダイニングテーブルの隣の椅子に置いた自分のショルダーバッグ。中にはユキさんのために作ったバレンタインのチョコレートが入っている。渡すかギリギリまで悩んで結局持ってきてしまったけれど、でも、こんな完璧なユキさんの手作りケーキを食べた後で、とてもこんな物を渡せるわけもない。
 フォークを真っ直ぐケーキに突き刺して、また口に運ぶ。さっきよりも少しだけほろ苦く感じて苦笑すると、ユキさんに見られていた気がして誤魔化すようにニコリといつもの笑顔を心がけた。
「オレもユキさんに用意したんです!」
「そうなんだ? 嬉しいな」
 せっかく一緒にバレンタインを過ごせているのに、オレが暗い気持ちでいたのではユキさんに申し訳がない。
 柔らかく微笑んでくれたユキさんに、笑みを向けつつ、鞄から赤いリボンで綺麗にラッピングされた紺色の箱を取り出した。
 ユキさんはきっと色んな人から沢山高級なチョコレートを貰っているだろうから、オレのなんか要らないかもしれないけど、でも渡したいと思ったから、バイト代を貯めてちょっとだけ背伸びしたブランドのチョコを買ってしまった。
 作ったものは、流石に渡す勇気ないし……
 背伸びして買ったとは言っても、ユキさんにとってはそんなに高くないやつかもなんだけど。
 申し訳なく思いつつ手渡すと、嬉しいって微笑んでくれて、ユキさんの優しさに少し救われた気がした。
 ユキさんは誰にでも優しいから、きっとモテモテなんだろうな……
 男からのチョコなんて困るだけかもって思っていたんだけど、ユキさんも用意してくれていたし、お相子だから変な風には捉えられない筈……。そもそもこれは、お世話になってるお礼のチョコで、いつも遊んでくれている友人への友チョコだし。
 誰に聞かせるでもない言い訳を頭の中でぐるぐる考えていると、浴室から明るい音楽と共に『お風呂が沸きました』と機械音声が知らせてくれる。
「あ、お風呂できたみたい。それ食べたら入っておいで」
「いえ、オレは借りる身なので、ユキさんからどうぞ」
 そういえば今日はユキさんの家にお泊まりだった。色々考えすぎて忘れていた。というか、ユキさんに見つかる前に鞄の中に入ってるもう一つのチョコを処分しておきたい。バレちゃったら気まずいし……
「うーん、でも僕はお皿洗うしやっぱりモモくんが——
「お皿ならオレが洗いますからっ!!」
 勢いよく空になった皿を持って立ち上がると、カウンターを周ってシンクに皿を置いた。
 コンビニならゴミ箱くらいあるだろうし、ユキさんがお風呂に入っている間に捨ててこれれば……
 いける!
「ユキさん、オレ、お皿割らないようにちゃんと洗っておくので、先に入ってきてください!」
「え、ちょ、モモくん?」
 考えた作戦を実行するため、ユキさんの背中を押してやや強引に浴室に押し込むと、急いで鞄をもって玄関に向かった。
 マンションの最上階は丸ごとユキさんの家だから、広い外廊下を早歩きで通り抜けて、エレベーターのボタン押す。そうすると、上層階専用のエレベーターはすぐに迎えに来てくれて、それに乗り込んで一階まで降りる。
 そこからは近くのコンビニを地図アプリで探して向かうだけだ。
「あった!」
 コンビニの前に置いてあるゴミ箱に駆け寄って、鞄から取り出した緑のリボンで歪にラッピングされた袋を取り出す。それから可燃ゴミに——
「モモくんっ!」
……っ!?」
 突然大きな手が横から伸びて、オレの腕を掴み上げた。
「へぁ!? っなに!?」
「なに、は僕のセリフなんだけど。モモくんこそ、何しようとしてたの」
 オレの腕を掴んだ先を辿って見上げると、少し怒気を含んだようなユキさんの瞳と視線がぶつかった。
「ユキ、さん……? どうして……
「どうしてはこっちのセリフなんだけど。それより僕の質問に答えてないよ。それ、何しようとしてたの……?」
「ぁ、えっと……これは……
 ユキさんの視線を辿ると、ヨレた緑のリボンが悲しそうに夜風に攫われて靡いている。
「もう、要らないやつで……失敗の、だから……捨てないと、で……
 まるでベビに睨まれたウサギのように萎縮してしまって、圧倒的なユキさんの不機嫌オーラに言葉が詰まって出てこない。
「ふぅん……? それってつまり、モモくんの手料理を捨てようとしたってことだよね?」
…………
 市販のチョコを溶かして固めただけで、手料理ってほどのものじゃないんだけど。それでもなんて言えばいいのか、言葉が出てこないから頷くしかなかった。
「そう。なら、僕が貰ってもいいよね? どうせ捨てようとしてたんだし」
「え……あのっ!」
 手の中にあった包みをユキさんに奪われて、そのまま空いた手を取られて引きずられるようにして歩く。
 無言のユキさんの後ろ姿を眺めながら、かける言葉を探していると、ユキさんの方が先に口を開いた。
「僕のマンションはオートロックなんだよ」
「え? ぁ、はい」
「モモくん、鍵持ってないでしょ」
「あ……あはは、……そうでした」
 だからユキさんは、オレが家を出た気配を悟って追いかけてきてくれたのかな。
「それに、モモくんずっと様子がおかしかったし、僕に何か隠してるのかと思って」
「ぅ……
 図星を突かれてしまった。ユキさんって本当に人をよく見ている。でも、オレのことをちゃんと見ていてくれてるんだって思うと、なんか……ちょっと……。と、そこまで考えたところでハッとして思考を振り払うように軽く頭を振った。
 オレにだけ優しいわけじゃないって知ってるだろ。勘違いするなよ。
「ねぇ、僕の話聞いてる?」
「あ、はいっ!」
 いつの間にかユキさんの家に戻ってきていたらしく、いつまでも靴を脱がないオレにじとっと視線を向けてくる。そんなユキさんに反射で返事を返して、いそいそと靴を脱ぎ揃えた。
「ぁ、ユキさんはお風呂に——
「本当に君ってさ……
「へ……?」
 じりじりとオレを追い詰めるように玄関の姿見に背中を押しつけられ、腕を掴まれて囲い込まれた。まるで逃げ道なんか与えないというように、いつも優しいユキさんからは想像もできないほど、青い瞳の奥に熱を灯している。
……鈍感」
「な——んむっ!?」
 青色の瞳とぶつかりそうになって咄嗟に瞑ったすぐ後に、唇に柔らかい物が押し当てられる。
……っ!?」
 何が起きてるの!? ってか、鈍感ってなに!? 悪口!?
 状況を飲み込めないでいると、シュッとリボンが解ける音と袋がカサカサ擦れる音がした。
「ん、はぁ……っ、ゅ、んぅ……っ!」
「っ、黙って」
 一瞬唇が離れた後にまた塞がれて、少しだけチョコの味がした。
 なんでキスされてるのとか何もわからないけど、初めてのキスはとろけるくらい熱くて、心臓が破裂しちゃうんじゃなかってくらい、ドキドキとうるさく音を立てている。
「ふ、んむ……っ、んんっ! は……っ!」
 唇の合わせを無理やりこじ開けるようにユキさんの舌が割り込んでくると、コロっと甘い何かがオレの口内に押し込まれた。
「んっ、ぁ、ふ……っ?」
「はぁ……っ」
 ようやく顔が離れていくと、繋がりあった銀糸ごと、ユキさんがオレの唇を親指で拭い取った。
「捨てるなんてもったいないでしょ。こんなに美味しいんだから。……ね?」
……ひゃい」
 なんでキスしたのとか、結局オレが食べてるじゃんとか、言いたいことは沢山あるけれど、情けなく返事を返すので精一杯で、スッと細められた眼差しに射抜かれたまま見つめ返した。
 鋭いブルーグレーには真っ赤な顔のまま呼吸を整えるオレが大きく映っている。
 親指でオレの唇をなぞる仕草もかっこよくて、「いい?」とか、勝手にキスしたくせに今更そんなこと聞いてくるし。
 ユキさんの親指が軽く唇の中に入ってきて、オレは爪先を軽く歯で噛み合わせた。
……ん」
 小さく頷いた途端に嬉しそうに笑みを浮かべて、可愛くてかっこいいなんて、そんなギャップずるい、なんて、再び近づいた唇に瞼を閉じながら思ったのだ。