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ねぶくろ
2026-02-15 17:17:21
2047文字
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七光りのポリシー
頼まれて書いたものの、頼まれていない部分です
「
浅沼
あさぬま
、仕事だ。女を一人抱いてこい」
江本
えもと
恭介
きょうすけ
の命令に、デスクの前に立たされた部下、──浅沼
南桐
みなひさ
は「はっ倒すぞ」と、言下にその命令を拒絶した。どちらが上司かわからない居丈高な態度で、彼が続ける。
「ハニートラップは効率的じゃない。論外だ。そんなこともわからねぇのか」
「そうか。お前が断るというのなら他の奴を探すしかないな」
暴言はすべて綺麗に聞き流し、デスクの上の企画書に視線を落とす。
今回のターゲットは
佐倉
さくら
葵
あおい
。五十五歳、女性。オフィスビルを担当する清掃員で、二年前に交通事故で夫を亡くしている。趣味はボランティアで、目立った交友関係はないものの、半年ほど前から熱心な宗教勧誘を受けている。──そして、その宗教団体は、公安警察がマークしている団体だ。
今回の目的は、宗教団体の情報を収集すること。延いては、佐倉葵に入信の意思があるかどうかを確認することだ。もし入信するのならば、彼女を経由して内部情報を吸い取ることまでが目標となる。それさえ叶えば、過程は問わない。
恭介は、「お前が断るのなら、『彼』に頼むか。捜査一課に、好色なのがいただろう」と視線だけを持ち上げて浅沼を見た。その物言いで誰を指しているかは伝わったらしい。浅沼は、殺意を抑えきれない、といった形相で、「てめぇ」とおよそ上司に向けるべきではない憎しみの籠もった声を発した。
「それを言ったら俺が必ず頷くとでも思ってんのか」
「あぁ。思っているし、仮にこの手でダメでも、私に損はない。実際に『彼』に協力を要請するだけだ。
……
そこまで行けば、お前も協力するだろう?」
浅沼が、捜査一課の
阿倍
あんばい
とやらにやたら入れ込んでいるのは把握している。公安部として捜査一課に借りを作る気などさらさらないので、実際に阿倍刑事に協力を打診することはないだろう。しかし、方便として重宝なのでカードとして握っている。浅沼の威勢を殺ぐほどなのだから、惚れた弱みと言うやつは侮れない。
恭介が回答を待っていれば、浅沼は舌打ちをして「くそじじいが」と吐き捨てた。
「お前より若いんだが」
「うるせぇ中年太り。いずれにせよその企画書は却下だ。誰だそんなゴミみたいな企画書いたやつ」
吐き捨て、彼が恭介を睨む。ここまで罵倒が出てくるということは、引き受けると言っているようなものだ。浅沼が悪態をつくのは、自分より頭が悪い者──たとえば恭介のような上司の命令に従わなければならない時と決まっている。
非効率を忌み嫌い、無駄を排して行動する。一度着手した案件で目標が未達となることはなく、どんな過酷な状況でも冷静かつ冷徹に任務を遂行する。
浅沼南桐は公安警察として有能だ。言動には問題の多い人材だが、国や組織に背くことがない以上、恭介一人が目を瞑れば済む。罵倒も暴言も、物の数ではない。
恭介は彼の罵倒を聞き流し、「それなら体裁だけ整えて、企画書を提出しろ」とぞんざいに命じた。
「どうせ上は判の捺された書類さえあれば中身なんて見ない。好きに動け」
恭介の言葉に、彼が舌を打ってデスクを離れる。その背中を見送って、恭介は「ゴミ」と断じられた自身の企画書を摘まみ上げた。却下される前提で書いたとはいえ、書いた本人の前で「ゴミ」と言い切る浅沼の言葉に苦笑が零れる。彼とて、製作者が恭介であることは見当がついていたはずだ。明快な悪意に「随分嫌われたものだな」と独り言ちる。
浅沼が忌み嫌う通り、恭介はあまり頭の回転が速い方ではない。それでいてなぜ公安部の部長職に就いているかと問われれば、『親の七光り』と言うほかないだろう。恭介は、警視正であった父の威光のおかげで現在の地位に就いている。無論、自身に警察官として秀でた才覚がないことは自覚しているし、七光りを纏ってなお未だに警部である事実が恭介の自力の低さを表わしているともいえる。
それでも、それに腐ることなくこの椅子に座り続けているのは、──ひとえに、『七つの光を適切に使う』程度の才覚には恵まれていたからだ。ノイズを発する上層部を沈黙させ、真に有能な人材を集めて適切に配置し、いざとなれば自分ひとりの引責で済むように采配する。
何のことはない。自分が走ることよりも、人が走るコースを整える方が向いていた、というだけのことだ。そして、恭介には自身の適性を発揮するために外圧を退ける力もあった。だから、部下からどれだけ罵倒されようとも、上司として物足りないと失望されようとも、はたまた上層部から蔑まれようとも、嫌われようとも、進んでこの席を退く気はない。それが、親の威を持って生まれた恭介なりのプライドだ。
浅沼や他の部下たちに分かってもらおうとは思わない。有能な人間が煩わされることなく有能さを発揮できればそれでいい。
摘まみ上げた企画書を両の手で丸める。用済みとなった紙くずをゴミ箱に放り込み、恭介は次の仕事に取り掛かった。
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