ふーこ
2026-02-15 16:11:18
2220文字
Public 小説
 

How to

クラリュ!入学初日に学都の人波に揉まれるリュートくんと、お迎えにきたクラーリィ。さまざまなことはあったけど、ずっと王都にいるクラーリィは都会人なんだよな…と良さ感じています。
2000字くらいの小ネタをチャッと書いてみようの試みその4。

 子供を連れて街を歩くというのは難儀なことなのだなとクラーリィは思いやった。後ろを振り返るのも本日数度目のことだが、その度に目に入るのは緊張した面持ちのリュートの姿だ。鞄を胸の前に抱え、右の買い物客を避けてはよろめき、左の商人にぶつかりそうになっては体をひねる。歩調が安定せず、人の流れの中を歩くのにまったく慣れていないのだと一目で分かる。
 リュートが育ったのはのどかで小さな村だ。先に魔法学校に進学していた兄達から「スフォルツェンドはとにかく賑わっている」と聞くことはあったし、物心つく前に城まで連れて来られたこともあるが、実感として人の多さを知るのは今日が初めてだった。
 魔法学校を取り巻いて構成される街の規模には驚いた。生まれ育った村が何個入ってしまうのだろうと思うくらいに広く、建物がぎっしりと並び、大通りは絶えず人が行き交っている。おおよそどこまでも向こうの山々まで見えそうな穏やかな地とはほど遠い景色だった。
「クラーリィさん、待ってください……
 そうやって声を上げるのさえ不慣れそうで頼りない。クラーリィは道の端に寄って流れから抜け出し、そこでリュートを待った。しばらくもするとリュートもようやく人波から脱出し背中を丸めて一息つく。まだ少年らしい細い体をしていて、魔法学校の制服にも着られている感が否めない。
「本当にすごい人ですねぇ。汽車が途中で止まってしまって……迎えに来ていただけて助かりました。一人じゃとてもこの人混みを抜けられそうにもないです。クラーリィさんはさすがですね」
 さすが、という言葉をクラーリィはうまく咀嚼できないまま飲み込んだ。人混みを歩くのはクラーリィも好んですることではないが、なんだかんだといつも集団の中にいるといえば、そうか。しかしリュートもこれからそういう生活に身を置くことになるし、すぐにこの街に順応することだろう。要は時間と慣れが解決する問題だ。
 それよりもクラーリィには言っておくべきことがあった。
……学校では、オレをクラーリィさんと呼ぶ生徒はいない」
 リュートは着崩れてしまった真新しい制服を直しながらクラーリィを見上げた。両親と親交があり、たまに家にもやってくる彼のことを子供の頃から見ていたリュート達にとって、クラーリィを司聖官や大神官と呼ぶのは馴染まないことであった。
「では、なんと?」
「理事長、と。サイやケストも今はそう呼ぶ」
 眼鏡の奥の瞳は理知的な輝きを有していた。リュートはどくどくと胸が熱くなって、そうだ、その通りだ! と眼差しに熱意をこもらせる。なにせこの方はスフォルツェンド魔法学校の理事長で、ボクは今日からそこの生徒になるのだから!
「わかりました! クラーリィ理事長!」
 先ほどまでのくたくたの様子もどこへやら、背筋を伸ばして張り切った少年が発する良く通る声が街道にぽんと響いた。途端、周囲の視線が一斉に彼らに集まる。
「やっぱりアレって魔法学校の理事長……司聖官様よねぇ」「あの子は魔法学校の生徒さんかね」「ウチの商品、司聖官様に買ってもらえないかな。『お墨付き』って宣伝しなくちゃ」「それならウチのも」
 こうなると街を歩くのはわずらわしい。我が国の商人達は強かなことだな、とどこかで感心さえしながらクラーリィはリュートの手を取った。
「掴まっていろ」
 訳も分からぬまま体をぐんと引き寄せられてリュートは足をもつれさせた。転びそうになったリュートの体を、クラーリィは鞄を抱えるのと同じように事もなげに抱き止める。
「クラーリィ理事長? いったい……
「最初からこうすればよかったな。街を見ておくのも良いだろうと思ったが……改めて来る機会はこれからいつだってある」
 二人の体が光に包まれる。クラーリィがワープ魔法を使ったのだ。空間転移と違ってこの魔法は物理的な移動が超高速で行われるため、「掴まっていろ」以外に心の準備を促されもしなかったリュートは目を回した。文字通り光のような速さで学園の敷地内に隕石の如く着地した後、リュートは言われた通りにしっかりと掴んでいた手を離してその場にへたり込んだ。
「理事長、さすがです……
「これくらいできなくては、甲斐性がないというものだろう」
 クラーリィは、さすが、の言葉を今度は素直に受け取り、受け取った上で横に流した。ワープ魔法を使える者はこの魔法大国スフォルツェンドにおいて数える程もいないが、それを誇って満足するような気質ではない。
「でも今度は、手を引いていただくだけで大丈夫です……
 くるくると目を回しているリュートのその言葉にクラーリィは虚を突かれる。今度、とは。また一緒に街に出ることを想像しているのだろうか。そしてそのときは、手を引けと。
 クラーリィは力ない笑いをこぼした。他に誰がそんなことを天下のクラーリィ司聖官に望んだことがあるだろうか。きっと、この無自覚に大胆不敵な子供くらいだ。
「今度は兄か友人でも連れて行け。今日は特別だ。これからおまえは、魔法学校の生徒なのだからな……立場をわきまえた行動をしろ」
「あっ、そうか……! そうですよね!」
 リュートは慌てて表情を引き締めた。真剣な眼差しは期待と緊張に燃えて揺れている。いい目をしている、とクラーリィは思った。
 これから二人がどんな師弟関係を築いていくかは、まだ誰も知らない日のことである。