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千代里
2026-02-15 10:24:29
8341文字
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君ふれ短編
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君ふれ・クガネ編・9話
海の風を全身に浴び、ケイは大きく深呼吸をする。鼻の奥にまで届く潮の香りは、心なしか陸で嗅いだときよりも濃く感じる。
見上げれば、遮るもののない太陽の光が燦々と降り注ぎ、少し視線をずらせばデッキに出てきた商人たちが一足早い商談に花を咲かせていた。
「うーん、今日もいい天気!」
そう言うケイは船のデッキの端に椅子代わりの小箱を置き、釣り竿を海に垂らしていた。もっとも傍に置かれたバケツの中身はからっぽだ。
「船に乗っている間の暇つぶしだから、別に釣れなくてもいいんだけど、まぐれでいいから一匹くらい引っかからないかなあ」
今のところ、ぴくりとも動かない釣り竿を軽く振ってみる。川の釣りには慣れていたが、どちらかというと漁をするなら手づかみの方が得意なケイとしては、竿を垂らしてじっと待つのは性に合っていない。釣り竿の代わりに、落ち着きなく尻尾を振っていると、
「今日の釣果はどんな感じだ、ケイ」
「本日も天気がよく波は穏やかって感じだよ、ミィハ」
「要するに何も釣れてない、ということか。船釣りも難しいんだな」
ケイが振り返った先にいたのは、友人のミィハだった。今日の彼はつばひろの帽子を被り、自身で調合したという日焼け止めを全身に塗っていた。
先日、リゾート地のコスタ・デル・ソルで太陽に焼かれて倒れてしまったことを反省して、日傘をささずとも動けるように工夫した結果らしい。
「クガネに着くまでは、まだまだかかるよね」
「風がいい具合に吹いているから、当初よりは早くつきそうだと船乗りが言っていた。とはいえ、もう暫くはかかるだろう」
「ユキハネは待ち遠しいだろうな。小さい頃に別れたきりって話だったものね」
二人が話している通り、この船はリムサ・ロミンサからクガネへの航路のまっただ中にいる。
ヒョウセツからの手紙を受け取り、悩みに悩んだユキハネは、またとない機会だと思うから、と最終的にクガネ行きを決断した。その理由の一端に、もし行くのなら自分も同行するとフェリキシーが言ったことも大いに関係あるだろうと、ミィハは察していた。
ヒョウセツに返事の手紙を書いたものの、その後すぐに船に乗ったわけではない。
まず、一行はクガネの土地で滞在するための旅費をかき集めた。更に、滞在中に必要となりそうな荷物やらをまとめるのに二週間ほどを費やしてから、ようやく四人は船に乗り込んだのだった。
「ミィハと船に乗るのは二回目だけど、一回目の時とは全然違うね」
「あれは、ウルダハからリムサ・ロミンサ行きの航路だったからな。海の色も違って見えるだろう」
「そうじゃなくて、状況がだよ。俺は砂漠の真ん中で倒れてミィハに助けてもらった直後で、船がどこに向かっているのかもよく分かってなくて、とにかくミィハについていかなきゃって必死だったから」
当時のケイの様子を思い出し、ミィハはふっと表情を緩める。
あのときの自分は、ケイのことを一人の患者として扱い続けていた。居場所がないならと同居を提案したものの、彼が怯えていたことも不安がっていたことも、見えていたはずなのに気がつけずにいた。
だが、今の自分は違う。ケイが二度目の航海を楽しんでいることも、ユキハネの旅が良いものになることを願っていることも、ほんの少し話しただけですぐにわかる。
「君のおかげなのだろうな、これも」
「何のこと?」
「これまでよりも、君や周りの人間の気持ちに気がつけるようになったと実感できている、ということだ」
家族に対して、自分の気持ちをわかってくれないと反抗的な姿勢を見せておきながら、かつてのミィハはどこかで他人の感情を理解することを諦めていた節があった。
痛覚がない自分は、どうせ他人の痛みも理解できないのだろうと背を向けていた。そのことにすら、ほぼ無自覚だったようにすら思える。
そんなミィハが変わりたいと思えるきっかけを与えてくれたのは、今目の前で釣りをしている少年だ。友達になろうと手を差し伸べ、ミィハの体質を知っても、できることを一つずつ増やそうと考え、時に失敗しても諦めずに歩み続ける。
ケイにしかできない接し方をしてくれたおかげで、ミィハはこうして仲間の里帰りに率先して付き添うようにまでなった。
「そうかなあ。ミィハは、俺と会ったときから、周りの人のことも、勿論俺のことも、すごく気にしてたと思うんだけどな」
「君は、僕に見捨てられないかと、不安がっていなかったか?」
「あれは、俺も色々いっぱいいっぱいだったから。たしかに、ミィハの説明不足のところもあったと思うけど」
ぐさっと胸に言葉の棘が刺さったような気がして、ミィハは思わず目を瞑る。
「でも、説明不足だったとしても、俺のことを心配してたのは何となく伝わってたよ。今のミィハは、周りの気持ちをわかりたいって思うようになったのかもしれないけど、それ以上にミィハがどんな気持ちで、何をしたいのかって、ミィハ自身を見せるのが最初に会った時より上手になったんじゃない?」
ケイ曰く、ミィハは以前から他人を気遣おうとしてはいたが、そのやり方があまりよろしくなかっただけだ、とのことだった。
そうだろうかと首を捻っている間にも、ケイの竿が微かにしなる。いそいそと釣竿を引き上げると、小魚とすら言えないほどの稚魚がひっかかっていた。
「うーん。流石にこんな小さな魚を食べるわけにはいかないなあ」
稚魚を針から解放して、海に戻すケイ。リリースを終えたケイは、振り返った先のミィハが、誰かを探すかのようにキョロキョロしていることに気がついた。
「ミィハは、ここに何しにきたの? 買い物?」
「買いに来たんじゃない。売りに来たんだ。どうやら、酔い止めが必要そうな者が何人かいると聞いてきてな」
「昨日の夜は、海が荒れてたものねえ。フェリキシーも気分悪そうにしてなかった?」
「ああ。僕の薬を飲んだら、少しは楽になったようだ。気分が悪くて寝られなかったようだから、今は一人にさせている」
この船の船室は決して広いとは言えず、それなりに船賃は出しても、四人部屋を一つ確保するのが精一杯だった。なかには、雑魚寝する大部屋しかない船もあるというのだから、これでもマシな方なのだろう。
「ケイは、船酔いは
……
大丈夫そうだな」
「うん、俺は平気。ミィハは?」
「僕も今のところは問題ない。ユキハネも平気そうだったが、フェリキシーのそばにいるとあいつが休めないからと、僕と一緒に部屋を出てきていた。多分、船内のどこかにいるだろう」
四人部屋といっても、小さな寝台四つが並べば立つ空間も殆ど無いような小さな部屋だ。寝不足の人間を少しでも快適に過ごさせるために、二人は部屋を出ることにしたらしい。
「では、僕は酔い止めを売ってくる。隣から嘔吐の音が聞こえては、おちおち寝てもいられない」
「ああ
……
うん。それは、是非そうしてほしいな」
たしかに、昨日の夜は時々耳に響く独特の音に、何とも言えない気持ちになったなと思い返すケイ。耳がいいミコッテ族には、小さな部屋の薄い壁など、無いようなものである。
甲板の端でしゃがみこんでいる人にミィハが近づくのを見送りながら、ケイは独りごちる。
「吐き気がするのは辛いよねえ。フェリキシーも早く治るといいんだけど。ミィハももしかしたら具合悪いかもしれないから、ちゃんと見ておかないとな」
ミィハの場合は、船酔いしていても痛覚が働かないために気付いてないという場合もありうる。船酔いと痛みに関連性があるかわからないが、急に倒れる可能性があると視野には入れておかねばなるまい。
ミィハが立ち去ってからも、再び小さな魚を数匹釣り上げ、その全てを海に帰していたケイのもとに、次なる客人が訪れた。
「ケイさん。お魚は何か釣れましたか?」
「ぜーんぜん。小さい魚しか釣れてないよ」
「もし釣れたら、厨房を借りて焼き魚にしようと思っていたのですが」
「ユキハネの期待には沿えなさそうかなあ」
ケイの隣にしゃがもうとしたユキハネに、ケイは自分の座っていた木箱を譲る。ありがたくそこに腰を下ろしたユキハネは、見るともなしに水平線を見つめていた。
「クガネは、どっちの方にあるんだろうね」
「私も、そこまでは分かりません。
……
不思議ですね。方角も場所もよく分かっていないのに、私はそこを故郷と呼んで、里帰りしようって話になっているんですから」
言いつつ、ユキハネはジャケットの上から自分の懐にそっと手を当てる。そこには、一ヶ月ほど前に届いたヒョウセツの手紙
――
そして、ユキハネの親戚からの手紙が仕舞われているのだろう。
「親戚の人たちは、ユキハネのことを首を長くして待っているって書いてたんだよね」
「はい。お母さん
……
シラユキのことも、その夫のハヤテのことも、ずっと無事を祈っていたと。お母さんたちのことは残念だけど、私だけでも生きて元気にやっていると聞いて涙が出るほど安心したと書いていました」
「優しそうな人たちだね、叔母さんたち」
「はい。年月を挟んで、私の記憶と違っていたらどうしようかと思っていましたが
……
お二人とも、私の知っているお二人のままのようです。従姉妹も随分と大きくなったから、ぜひ会ってほしいと。私たちがクガネを離れてから、もう一人お子さんも産まれたそうです」
従姉妹たちの存在は、ユキハネにとってより身近な血縁として感じられた。たとえるなら、突然自分が姉になったかのような、少しくすぐったいが何やら誇らしい感覚だ。
「たくさん苦労しただろうから、もし帰ってきたら、ゆっくりしていくといいって書いてありました」
「うん、そうするといいよ。俺たちは他で宿を取るつもりだったし、ついでにクガネの酒場に行って依頼の元締めさんがいたら、話を聞いてみようと思ってるんだ」
「クガネにも冒険者ギルドがあるんですか?」
エオルゼアでは大きな酒場はそのまま冒険者ギルドが併設している場合が多い。だが、ケイは首を横に振る。
「エオルゼアみたいに冒険者っていう職業は公にはないみたいだけど、用心棒とか日雇いの仕事をしたいなら酒場に情報が集まるのは同じなんだって。せっかくだから、クガネの人の困り事も解決しておこうかなって思ってるんだ」
ケイたちにこれらのことを教えてくれたのは、リムサ・ロミンサの冒険者ギルドの人々だった。クガネ行きを考えていた彼らに、向こうについた後、滞在費を現地で稼げばより自由に滞在期間を調整できるだろうと提案してくれたのだ。
「落ち着いたら、クガネの観光もしてみよっか。ユキハネには、久しぶりの帰省なわけだしさ」
「はい。ケイさんたちにクガネを紹介するのが楽しみです」
ケイたちが仕事をしている間に、実家でのんびりするのは何やら気が引けるが、ここでケイたちについていくとユキハネが言っては本末転倒だ。ありがたく、ユキハネは実家で羽を伸ばす予定でいた。
(それに、叔母様たちに余計な心配をかけてしまったようですし
……
。私は元気です、ときちんと伝えないと)
ケイたちには話していなかったのだが、叔母はどうやらユキハネが食うにも困るような生活をしていると誤解しているらしい。
西方のことを知らない彼らには、ヒョウセツがどれだけ説明しても伝わり切らないところがあったのだろう。
「なんだかんだでフェリキシーも東方行きのこと、気にしているみたいだったしさ。俺の料理を気に入ってくれたからだったりして」
「お師様、ケイさんの料理が大好きですからね」
笑いかけながらも、フェリキシーがなぜ東方行きに頷いたのだろうと、ユキハネは疑問に思っていた。
効率を重視する彼なら、ユキハネの帰郷というとても私的な旅など、ユキハネだけで行ってこいと言いそうなものである。だが、彼は「お前を一人にしておくと、何しでかすかわからない」と言って、同道に頷いた。
(私が思うよりも、お師様は私が頼りなく見えているのでしょうか)
フェリキシーがついてきてくれるのは、ユキハネとしても嬉しい。故郷といえども右も左もわからない異郷で、頼りになる人がそばに居ると分かるだけでも安心する。
その一方で、フェリキシーが自分をいまだに子供扱いしているのではと思うと、不満のようなものを抱いてしまうのだった。
相反する自分の気持ちにユキハネが考え込んでいるうちに、二人の元に一人のルガディン族の釣り人がやってきた。彼は釣り竿を見つけて、「調子はどうだい」とケイに話しかけている。
「全然だめだよ。おじさんはどう?」
「それなりってところだな。厨房の連中に配って、漁師として顔を売ってこようかと思ってたところだ」
「そんなに釣れたの!? どうやったらおじさんみたいに大漁になるのか、教えてもらってもいい?」
「もちろん。坊主、まずは餌を見せてみろ」
そのまま釣りのレクチャーが始まるのを、ユキハネは目を細めて見つめていた。どうやらケイが使っていた餌は淡水魚向けだったらしく、海釣り用の餌に変えるといいという話だった。
「せっかくの船旅だ。彼女にいいとこ見せろよ、坊主!」
「えっ。ユキハネは別に俺の彼女ってわけじゃ
……
」
「照れるなって! 随分な別嬪のアウラ族じゃないか。人攫いには気をつけろよ。しっかり守ってやるんだぞ」
まるでケイの父親のように、釣り人はケイの頭をポンポンと撫でて、爽やかな笑顔と共に立ち去っていった。
残されたケイは何となくユキハネと顔を見合わせ、なんともいえない空気を誤魔化すために苦笑いを浮かべる。
「
……
あ、はは。なんか、変な誤解されちゃったみたいで
……
ごめんね」
「い、いえ。私も、ちゃんと否定できなかったので
……
」
「俺が恋人なんて言われても、ユキハネも困っちゃうよね」
「えっ。そ、そんなことは、ないです! ケイさんは優しいですし、料理も上手ですし。ミィハさんが褒めるくらいに勉強熱心ですし
……
だから、ケイさんが
……
その」
そこで、ユキハネの言葉が途切れる。
恋人にするのは不適切だと言い切るのは、彼に対して失礼だという気持ちが、ここまでユキハネの言葉を引っ張ってきていた。しかし、ケイが恋人であれば嬉しい、と言い切ろうとすると、自分の中で何かが引っ掛かる。
その躓きを察してか、ケイはふ、と目を細めて言った。
「でも、俺が本当に恋人になろっか、って言ったらユキハネは困るでしょ?」
彼の顔はひどく大人びて見えた。ユキハネの知らない『恋』の何かを知っているかのような。
「私、その
……
」
ケイの問いかけに、ユキハネは答えに詰まってしまった。そして、それがどんな答えよりも雄弁に一つの回答を突きつけていると気がつき、慌てたように口元を震わせたが、
「侮辱されたとか、そんな風には考えてないから、そんな悲しそうな顔をしなくていいよ。むしろ、ユキハネはそう思った自分の気持ちを大事にしたほうがいいと思う」
「でも、ケイさんは
……
大事な友人で、仲間なのに」
「大事な友人で、仲間だからこそだよ。ごめんね、俺も急にこんなことを言って」
狼狽えるばかりのユキハネに対して、ケイはどこまでも冷静だった。
「俺が悪いやつだったら、今のユキハネを見て、じゃあユキハネに俺の頼みを聞いてって押し切っちゃうかもよ」
そこで一度言葉を句切り、ケイは釣り竿を振り上げる。餌が流されてしまったのか、新しい餌を取り付けてから、彼は再び竿を海へと放った。
「最初に聞いておくべきだったかもしれないけどさ。ユキハネはさ、今回のクガネ行きはどうして反対しなかったの?」
ケイが言っている『今回の』というのは、最初にヒョウセツにクガネ行きを誘われたことがあったと知っているからだ。
あのとき、ユキハネは結局悩みながらもクガネ行きを断った。だが、今回は親戚の発見の報せがあったからもあるが、ユキハネは前回断ったクガネ行きを受け入れた。
「それは、ヒョウセツさんに誘われたときは
……
クガネにいる自分が、よく分からなくて」
だが、今の自分ならクガネに立つ自分が想像できるのかと自問して、ユキハネは思考を止めてしまう。
正直なことを言えば、今ですら故郷に戻った後の自分の姿など全く想像できていなかった。ただ、前回とはっきり違うことが一つだけある。
「
……
でも、お師様がついてきてくれると、言ってくれたから」
たったそれだけのことで、ユキハネの迷いはあっさりと消えてくれた。
だが、これではフェリキシーが話していた「俺を理由にするな」という忠告に、全く従えていないとユキハネも承知していた。
とはいえ、他にどうしろというのか。ユキハネにとってフェリキシーは真っ暗の闇の中で輝く星のようなものであり、それに向かって歩いて行きたいと思える存在なのだ。
黙りこくったユキハネを、ケイはじっと見つめている。急かすでもなく、叱るでもなく、ただ静かに見つめる瞳は、ユキハネと一つ違いとは思えないほどに大人びていた。
「フェリキシーがそばにいると、凄く頼もしいよね。俺もそれは何度も感じてる」
「そ、そうなんです。お師様、見た目は怖くていい加減に見えるときもありますけれど、場慣れしているといいますか、咄嗟の時の判断が的確で」
褒めているのか、けなしているのか分からない発言を、もし本人が聞いていたら、間違いなく小突かれていただろう。だが、あいにく本人は船室で休んでいる。
自分の師匠の話を口にすると、不思議と心が落ち着いていく。ユキハネが更に話題を膨らませようとした矢先、
「でも、フェリキシーだって間違えるかもしれないよ」
「ケイさん
……
?」
「ユキハネが、フェリキシーのことを頼もしく思っていることは俺も知ってる。フェリキシーがユキハネのことを、弟子としても仲間としても大事にしているってことも」
ケイは思い返す。庭にあるキッチンをフェリキシーと一緒に作っていたとき、彼は言っていた。自分はユキハネに「ついてこい」と命じているわけではないと。
フェリキシーは、ユキハネと協力していても、彼女に同行を強いているつもりはないのだ。
だが、ユキハネはフェリキシーがついてこないと、自分の故郷に帰る選択すら躊躇している。
(大事な人だから、離れたくないんだ。その気持ちは、俺もすごくよく分かる)
だが、そんな二人を見続ければ見続けるほど、ケイの中に一抹の不安がよぎる。
かつて、自分が特別な一人のために、全てを捧げ、その末に壊れそうになってしまったのと同じように。
ユキハネも、いつかフェリキシーにその身を捧げ、自ら考える力すら失ってしまうかもしれない。
フェリキシーがどれほど檻の鍵を開き、扉を開けてくれていても、自ら檻の中から出てこないのでは意味がない。
「だけど、クガネにいる家族のこととか、そこで何をしたいかっていうのはユキハネに関わる大事なことだからさ。俺もミィハもフェリキシーも、相談には乗ってあげられる。でも、最後に何をしたいかって決定するのは、ユキハネであるべきだって思う」
今は、あれこれ言葉を弄しても仕方が無い。ゆえに、最も大事なことだけをケイは彼女へと伝えた。
それは、何も親戚の話に限ったことではない。ユキハネという少女が自ら歩み出した一歩を何へと変えていくのか、それを決められるのはやはり彼女だけなのだ。
「
……
はい。私も、そう思います」
頷きながらも、ユキハネは自分へと問答を繰り返していた。
皆にクガネを案内する。ヒョウセツたちと再会して挨拶する。親戚にも顔を見せて、暫く羽を伸ばす。
クガネに着いてからやるべきだと思う予定一つ一つは立てられている。けれども、その全てがどうにも漠然としていて、自分が心底から望んでいるのかと思うと首を傾げてしまうのだ。
ユキハネとケイの先ほどまでの会話は、今思えば、まるで教本をなぞるかのようであった。
ただ、そうするのが里帰りをした人間のするべきことだから。新しい土地にやってきた人間がするべきことだから。
そこにユキハネ自身が望む気持ちがあったのかと自問すると、ユキハネの喉の奥で言葉が詰まってしまう。
(私は、何がしたいんでしょう)
二年前、フェリキシーに投げかけられたのと同じ質問を自分に投げかけてみる。
あの時は、すぐに答えられたのに、今の自分はただただその場で足踏みをしてしまうのだった。
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