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ぬす
2026-02-15 08:15:34
1986文字
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遅効性
ポをほんのり甘やかす話
「紅茶、飲む?」
ふわりと漂う甘い香りに釣られて青い髪が揺れる。
来客用のティーカップの中、小さな赤い水面に一瞬だけ戸惑いと呆れが映るのが見えて、すぐさま愛嬌のある笑みに塗り替わる。
扉の外ではシルバーメインの怒号が響き渡り、複数の足音が窓ガラスを震わせていた。
なんと頼れる市民の味方だろう。その市民が裏切り者とも知らずに。
「いただきましょう。ちょうど温かいものが飲みたかったんですよ、雪の中は寒くて寒くて!」
「だろうね」
大袈裟に凍えたふりをするサンポを横目にミルクと砂糖を机に置いて、再びキッチンに向かう。
オーブンを覗き込めば可愛らしい型でくり抜かれたクッキーがじりじりと色をつけていた。
よし、まだ焦げてはいないようだ。
「良い茶葉使ってますねぇ」
「あなたが来たからね」
「あのぉ、僕が来た理由ってわかってますよね?」
「うん。追われてるんでしょ?犯罪者だから」
「ひどい!いえ、それなら良いのですが」
どうせまた何かやらかしたのだろう。
冷ややかな目で見てやってもいいが、今はオーブンに目を向けてやるべきだ。
期限の迫った小麦粉を消費するためだけに作っているとはいえ、せっかくならば美味しくいただきたい。
「お菓子作り中でしたか」
「うん。
下層部の子達にいくつか持って帰ってもいいよ。
えーと、フックちゃんだっけ?」
「それはいい!子供達も喜ぶことでしょう。
帰るのはもう少し先になりそうですが」
「せっかく来たんだしゆっくりしていけば?」
「お言葉には甘えますけどぉ」
何度も匿われておいて今更何を気にしているのだろう。
少し前までは都合が良いとばかりに満面の笑みで乗り込んできていた男のくせに。
好きにくつろいでていいよ、とスマートフォンの充電器を貸してやれば呆れ果てたとでも言うように目を伏せて両手を天井に向けた。
「お嬢さん、危機感が無いって言われません?」
「言われる」
「もてなされるのは気分の良いことですが、さすがに心配になりますよ」
「優しさを悪い男に利用されたりとか?」
これまた大袈裟な溜め息が聞こえる。
元凶がいくら説教したところで響くことなど何も無い。
焼き上がったクッキーをオーブンから出して、少し皿に取り分けて机に向かう。
本来なら少し置いて粗熱を取るべきだが、ほんのり柔らかい焼き立ての時が一番美味しい
――
というのが持論だ。
「サンポも食べていいよ」
「僕もですか?
いやいや、さすがにそこまで受け取れませんよ!
匿ってもらった上紅茶までいただいているのに」
「せっかくクッキーに合う紅茶を淹れたのになぁ」
「あなた、誰に対してもそうなんです?」
「何の話?」
諦めたように熱々のクッキーを口に運ぶサンポ。
作ったものだけの特権を分け与えているのだ。
もう少し幸せそうな顔をしてもらいたい。
犯罪者を匿った上にもてなすなんて正気じゃないが、私にとってはもう日常の一部になってしまっていた。
はじめは仔犬のような顔で擦り寄ってきた彼に同情して
――
あの時は確かに騙されたのだろう。
ただ、それも良いと思うほどに情が移ってしまっていた。
そこからはもう、転がり落ちるがまま。
今となっては彼が居心地の悪そうな顔をするのだからおかしなものだ。
あなたがそうしたのだ、と言っても責任を取りはしないだろうに。
「美味しい?」
「はい、とても。お店を開けるかもしれません」
「それはいいね。人の喜ぶ顔が見放題だ」
「だったらお金も稼ぎ放題ですよ」
「あはは」
他愛無い話をして、時が過ぎゆく。
隠匿の罪を犯して得た時間は非常に心地よいものだった。
サンポの話術がなせるものか、それとも私が歪んでしまったか
――
いや、そのどちらもだろう。
少なくとも、彼に情を差し出すことに楽しみを見出してしまっている。
このぬるい紅茶がその証左だ。
「あなたもすっかり共犯ですねぇ」
「ね、どこかの悪い人のせいでね」
外の喧騒はどこかへ遠ざかって、抜け出すには今がちょうど良い。
子供達のために包装したクッキーを握らせて、玄関先まで彼を見送る。
「またおいで。
次はサンポの好きなもの作って待っててあげるよ」
「お嬢さん。
僕が言うのもおかしな話ですが、あまり人を甘やかしすぎると痛い目に遭いますよ?」
「もう遭ってる人にそんなこと言う?」
こんな詐欺師に関わって、罪を犯して、まともな恋すらできやしない。
それでも絆されたいと願ってしまうのだから救いようがない。
あたたかい食事も柔らかいベッドも彼を繋ぎ止めておけないのに。
彼が去った物足りない部屋でひとり、冷めたクッキーをひとつ頬張る。
やはりクッキーは焼きたての方がいい。
空になったティーカップを恨めしく見つめながら、冷めた紅茶にミルクを注いだ。
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