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禀芦
2026-02-21 11:00:00
6900文字
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真夜中の共犯者
斬一/原作軸(◼️崎くんが大学生になって一人暮らし(メゾンドと3人暮らし)をしてるif軸)
いっぱい食べる君が好き、みたいなテーマで書きました。夜の誘惑には勝てないよね、というお話。
くぅ
……
と腹が鳴ったのは深夜の十二時半だった。大学の課題を出来るところまで進めておこうとパソコンを開いてから、どうやら数時間も経っていたらしい。集中力が切れない、というのも考えものだ。凝り固まった身体を解す為に一護が、ぐっと伸びをすれば、長年使っていたデスクチェアがぎぃ、と軋む。手元にあった麦茶はすっかり冷たくなっていたが、喉を潤すことの方が先決だ。そうやってパソコンの画面から視線を逸らしてしまえば、集中していたはずの意識はあっという間に崩れていく。画面を伏せていたスマホを手に取ってみるが、特段何か通知がある訳ではなかった。もう一度課題に向かうには集中力が切れてしまったし、かと言って、先程まで作業をしていた所為で目は冴えたままだ。ふと、一護の脳内に思い浮かんだのは少し腹が減ったことぐらいだろうか。しかし、脳というのは単純なもので、一度空腹を自覚すると途端にそれにしか意識がいかないのだ。食べ盛りの男子大学生の胃袋を舐めてもらっては困るとでも言うかのようにもう一度腹の虫が鳴いた。そうなれば、一護に出来ることはこの空腹を鎮める為の夜食を探すことぐらいで。
「あ〜
……
何かねぇかな
……
」
キッチンへと移動し、ガザガサと棚の中を物色してみるが、めぼしいものは見つからない。袋麺はあるにはあるが、片付けをすることを考えてしまえば、あまり乗り気にはなれなかった。ふと、そういえばここ最近カップ麺を食べることが無くなったことに気が付く。一護と同じ貌をした真白な片割れがキッチンに立つようになってからだろうか。『テメェにそんなモン食わせられるか』と毎度毎度怒りながらも、栄養バランスの取れた完璧な料理を提供されることに慣れてしまった身体だが、生憎今はジャンキーなものを欲しているのだ。ごめん、白
……
と心の中で謝罪しながら、一護は「斬月、」と己の半身の名を呼んだ。ゆらり、と蜃気楼のように目の前の景色が一瞬歪み、一護の視界いっぱいに黒が広がる。
「
……
何用だ、一護」
「あー、うーん、ちょっとだけ俺に付き合ってくんね?」
「こんな時間からか?」
「いーからいーから。アイツには一緒に怒られようぜ」
「ほう、悪いことをする自覚はあるのだな?」
「アイツに気付かれねぇうちに、な? 偶にはおっさんと夜に出掛けるのもいいかなって、嫌だったか?」
「まさか。お前からの誘いを断る訳がないだろう」
「よしっ、そうと決まれば、準備だ。おっさんは義骸入ってきてくれ」
「嗚呼、承知した」
キッチンにしゃがみ込んだ一護の顎をくい、と持ち上げた偉丈夫は一護の中にある滅却師の力を司る男であった。すり、と斬月の親指が一護の頬を撫ぜる。何用だ、と問うてくる深紅の瞳は一護がこんな夜更けまで起きていることを咎めるようだった。しかし、一護とて態とではないのだ。課題に集中していたら、こんな時間になってしまっただけで、いつもの一護ならとっくの昔に寝ている。己は悪いことなどしていない、と主張するように真っ直ぐ斬月を見上げた一護はすぐにへにゃ、と眉尻を下げ、ちょっとだけ付き合ってくんね? と斬月に今から出掛けることを仄めかしてみた。
なんとまぁ、幸いなことに自宅から歩いて十分程のところにラーメン屋があるのだ。大学やバイトの帰り道の途中にあるこの店の前を通る度、一度は行ってみたいと思っていたが、家で白が夕飯を作って待ってくれていることを考えれば、寄り道をする気にもなれなくて。そう、だから今が絶好のチャンスなのだ。察しの良い斬月は今からか? と怪訝そうな顔をしていたが、却下の言葉は出てきていない。あと何度か押せばいけるな、と踏んだ一護はアイツ
――
今は眠っているのか、それとも分かっていて態と黙っているのかは
彼
白
しか知らないことだけれど
――
にはちゃんと怒られるから、と手を合わせ、斬月に頼み込む。だが、自分がいるとはいえ、一護を深夜に出歩かせることに関して是と思わないのだろう斬月はそう簡単に頷いてくれない。まずいな、これ以上時間をかければ、白に捕まってしまう。一護は最後まで取っておいた切り札である"おっさんと出掛けるのもいいかなって"を発動させた。嫌だったか? と一護が伺うように首を傾げれば、斬月はぱち、と瞬きをして、それから眦を柔らかく緩める。一護に一等甘い斬月のことだ。己からの誘いを断る訳がない、という一護の予想は見事的中し、斬月は首を縦に振った。
ここまで来れば、あとはもう準備をするだけである。斬月に義骸に入ってくれ、と指示を出した一護は部屋着の上からパーカーを羽織り、ポケットにスマホと財布を突っ込んだ。ラーメンを食べに行くだけだし、財布とスマホがあれば何とかなるだろう。もっと言えば、キャッシュレスが中心になりつつある昨今だ、もしかしたら、スマホだけでも良いかもな、なんて思いながら、先に玄関で靴を履いていれば、義骸に入った斬月がすり、と一護の項部分を指の背で撫ぜる。随分と準備が早いものだから、何だかんだと言いながら、斬月も深夜の散歩に浮かれているのだろうか。己と同じ気持ちであればいい、と浮ついた気持ちを落ち着けるようにして一護はふぅ、と一息吐く。
「んじゃ、行こうぜ」
ガチャ、とドアノブを回し、一護と斬月は少し冷えた寒空の下に飛び出すのだった。
▼▼▽▼
少し重い扉を開ければ、ぶわり、と店内に篭っていた熱気が一護と斬月の顔面に襲い掛かる。春先の冷えた夜道を歩いていたこともあって、温かい空間というのはほっとした。「らっしゃっせー」と気の抜けた店員の声を聞きながら、入口近くにあった券売機で何を食べようかとメニューを眺める。ラーメンだけにするか、チャーハンセットにするか
……
。こんな時間からガッツリ食べるのもな
……
とあれこれ考えながら、一護の後ろで黙ったままの斬月に声をかけてみた。
「おっさんは? 何食う?」
「お前が食べたいものでいい」
「一緒ってことか?」
「嗚呼」
「
……
なぁ、おっさんさぁ、チャーハンも食わねぇ?」
「したいようにしなさい」
「ン。あ、これお願いします」
「はーい。ラーメン二丁〜。席どこでもどうぞー」
どれがいい? と聞く必要性はあまり無かった。斬月も白も一護と同じものを食べるとしか言わないからだ。それでも一護が彼等に質問するのは、いつか彼等が一護の生きる世界に興味を持って、自らの意思で何かを選択してくれるかもしれない、という期待を捨てきれずにいたから。時間はたっぷりあるのだし、急ぐ必要も理由も一つだって無い。気長にやっていけばいいかと斬月の返答を聞き、豚骨ラーメンを二杯分選択する。ふと視線を一段下に落とすと、そこにはチャーハンのボタンが魅力的に光っていた。ここまで来てしまえば、チャーハンを追加で頼んだって何も変わらないだろう。幸いなことに二日前がバイトの給料日だった事もあり、懐はいつもより温かい。斬月にチャーハンも食べないか、と聞けば、斬月は、ふっと困ったように笑っていた。好きなようにしなさい、とお許しが出たので、一護は嬉々としてボタンを押し、支払いを済ませる。
店内には一護と斬月の他にあと数名がカウンターでラーメンを啜っていた。混雑している訳ではないが、何となくカウンターの端の方に行き、食券を店員に渡せば、あとはラーメンが出てくるのを待つだけだ。一護の隣に座った斬月はその長い脚を持て余しているようで、少々窮屈そうであった。残念なことにこの店にはボックス席がないようなので、移動することは叶わないのだけれど。
「ちょっと狭かったな」
「嗚呼、私の足が長すぎたようだ」
「
……
アンタ、そんな冗談言うんだな」
「間違っていたか?」
「いや、合ってんだけど
……
何か意外だったなって」
「今までも冗談は言っていたと思うのだが
……
」
「アンタが言うと本気に聞こえるんだよ」
「お待たせしましたー、ラーメンとチャーハンです」
「あ、ありがとうございます。ン、熱ィから気をつけろよ。あと、箸」
「嗚呼、ありがとう」
もぞ、とベストポジションを探す斬月を横目にちょっと狭かったな、と一護が苦笑を零せば、斬月は真顔で私の足が長すぎたようだ、なんて言い出すものだから、一護はぱちぱち、と瞬きを繰り返す。斬月が冗談を言うことが珍しすぎてツッコミを入れることも忘れてしまった。冗談とか言うんだ
……
と零れ落ちた一護の呟きに斬月は間違っていたか? と不安そうに──一護にしか分からない程度の違いであるが──首を傾げる。使い方は百点満点だ。ただ、冗談を言う表情ではないだけで。あれだけ真面目な顔をされて言われれば、「あ、そうですね」と納得の言葉しか出てこないだろう。実際問題、斬月の脚は長すぎるし。ベッドで寝れば、斬月だけ布団の裾から足先がはみ出してるし。今までも冗談は言っていたはずだが
……
と顎に手を置いて考える横顔は何処ぞのモデルのようだ。改めて、この男の顔の良さを実感しながら、そんなに真剣に考えなくても良いだろう、と可笑しさがじわじわと込み上げてきた。ふは、と思わず笑ってしまった一護につられて、斬月も、ふっと眦をたわませる。
和やかな雰囲気が二人の間に流れたのと同時、ごとん、とカウンターの向こう側からラーメンを渡された。二人分のラーメンを受け取り、割り箸を手前にあるボックスから取り出す。一護の流れるような動きに斬月はついていけず、目の前で料理が揃うのをただじっと見ているだけであった。パキッと一護が綺麗に割り箸を割る音でハッと意識を覚醒した斬月は一護の真似をして割り箸を割ろうと試みる。ここ最近の勝率は五十パーセントだろうか。白い片割れはこういった事を難無くこなしてしまう方だから、斬月はいつも揶揄われてばかりだ。今日は出来るだろうか、と思いながら、割り箸を左右に引っ張る。パキッと子気味良い音が鳴るが、斬月の手には左側が凹んだ割り箸が収まっていた。
「あー
……
ほら、また機会あるし。あと、上下に引っ張る方がいいって聞いたことあるぜ」
「
……
そうか」
「そんな落ち込むなよ、な? 早く食おうぜ。ラーメン冷めちまう」
「嗚呼」
斬月の手元を見た一護は「あー
……
」と一瞬言い淀み、ぽん、と斬月の肩を叩く。その力加減がまた一護らしいというか、気遣いに溢れた強さなのだからたまらない。また挑戦すればいいだろ、と太陽のようにふわり、と柔らかく笑う愛し子は斬月にアドバイスをした。早くラーメン食おうぜ、と言った一護は一足先にふーっ、ふーっとレンゲに掬った熱々のスープを冷ます。猫舌という訳ではないが、あまり熱すぎるのは得意ではない為、二、三度息を吹き掛け、いざ。
ズズ、とスープに口を付けてみた。豚骨醤油のこってりとした濃厚な味が口の中に広がり、背徳感を覚える。この、少し舌にスープが残る感じがクセになるのだ。嗚呼、深夜にカロリーを摂取している。脳の奥にある満腹中枢がじぃん、と刺激され、己の食欲が満たされていく気がした。スープを絡めながら、麺を持ち上げる。湯気が立ち上り、これは石田なら一瞬で眼鏡が曇るだろうなと心の中で笑いつつ、一気に啜ってやった。麺は細め、硬さは硬めで頼んでみたが、なるほど、噛み応えがあるし、噛めば噛むほどスープの濃い味が絡む中に小麦の風味を捉えられたような気がした。一度食べ出してしまえば、止まることなど出来なくて。
はふはふ、と夢中でラーメンを啜り、ふと思い出したかのようにチャーハンに手を伸ばす。家庭ではなかなか再現出来ないパラパラのチャーハンをレンゲで一掬い。小さく刻んだ叉焼も入っていることに気付いた一護は大きく口を開け、チャーハンを食べた。米の一粒一粒にしっかり味が付いているだけでなく、叉焼の肉の味やにんにくが食欲を更に刺激する。チャーハンを食べた後はラーメンを啜り、間に冷水を流し込む。それを何度か繰り返していれば、斬月と半分こしようと言って頼んだはずのチャーハンの皿は半分底が見えていた。斬月の分まで食べてしまったかと一瞬焦ったが、どうやら綺麗に半分を食べ終わったタイミングだったらしい。「ぁ、」と一護が声を漏らす。
「全部食べなさい、食べれるのだろう?」
「あー
……
うん、良いのか? あ! じゃあ、一口、斬月も食べようぜ! ほら、な?」
「そうだな、少し貰おうか」
「ここの、叉焼入ってて美味い。白に作ってくれって言ったら、作ってくれるかな」
「お前に頼まれれば、応えない訳にはいかんだろう」
「はは、頼もしいな」
「無論だ。我らを何だと思っているのだ」
ちらり、と恐る恐る申し訳なさそうに横を向けば、斬月はゆるり、と目を細めていた。まるで、仕方の無い子だ、とでも言うような視線がむず痒い。斬月の言う通り、全部食べられるし、もっと言えば、普通サイズのチャーハンでも少し物足りないな、と薄ら思っているほどだ。だが、量の問題よりも斬月と半分こしようという約束を無下にしてしまうことの方が一護には気掛かりだった。斬月は好きなだけ食べなさい、と言ってくれるだろうが、それは少し寂しいような気がして。せめて一口だけでも、とレンゲにチャーハンを掬い、斬月の方へ差し出す。ぱち、と驚いたように瞬きをした斬月だったが、すぐに眦を緩め、控えめに口を開けた。所謂あーん、というやつをしているのだが、一護はその事実にまだ気付いていない。
もぐもぐとチャーハンを食べる斬月を見ながら、ふと、この味が家で食べれたら
……
という思いが過ぎる。我が家の料理番なら出来るだろうか、と斬月に尋ねてみれば、斬月はそうだな、と静かに首を縦に振った。王からの頼みなのだ、応えない訳にはいかんだろう、と言われ、今度は一護がぱち、と瞬きをする番だった。そうだった、この男たちはそういう
性質
タチ
だった。一護の為なら何だって叶えてやろうと、その努力を一切惜しまない。甘やかされている自覚はある。きっと、一護が一言「店のようなパラパラのチャーハンが食べたい」と言えば、白い片割れは何度も試行錯誤を繰り返し、最終的には完璧な状態で一護の前に出してくれるのだろう。本当はその試行錯誤の過程も一緒に楽しみたいのだが、生憎片割れは素直じゃないので、不完全なところは見られたくないらしい。斬月の言葉にふは、と吹き出した一護は頼もしいな、と笑う。斬月も当然だと言わんばかりに鼻を鳴らしていた。
束の間の箸休めもそこそこに再びラーメンを食べる。しっかり味の染みた煮卵を頬張れば、とろり、と黄身が溢れ出した。口の中に残っていたこってりとした味が中和されれば、また濃い味が欲しくなる。スープを飲み、麺を啜り、ついでにメンマに箸を伸ばしてみたりして。ちらりと斬月の方を盗み見れば、斬月はクセのある長い髪をさらり、と耳にかけていた。その仕草がやけに色っぽく見えて、思わずごくり、と唾を飲み込んでしまう。そうなると、色んなところに目がいってしまい、食事どころではなくなってしまった。水を飲んで、ごくり、と上下に動く喉仏に、箸を持つ骨張った男らしい手、つぅ
……
と汗が伝う首筋に。斬月はただ普通にラーメンを食べているだけなのに。バクバクと煩く飛び跳ねる心臓とじっとりと熱を持ち始めた身体を誤魔化す為に一護は目の前にあるラーメンとチャーハンをかき込んだ。
すると、隣でくすり、と斬月の笑う声が聞こえた。勢いよく食べる姿は行儀が悪かっただろうか。怒られやしないかとヒヤヒヤしつつ、斬月の方を向けば、ぐい、と口端をティッシュで拭われる。
「落ち着いて食べなさい。早食いは身体に良くない」
「
……
ん、ぐ
……
もう身体に良くねぇだろ」
「それもそうだ」
「待ってな、すぐ食い終わるから」
「嗚呼」
落ち着いて食べなさい、だなんて、これじゃあ本当に小さな子供みたいだ。一護を見つめる斬月の視線があまりにも柔らかくて、擽ったくて、一護はごく、と思いっきり喉を鳴らしてしまった。斬月の言動一つ一つに翻弄されていることを誤魔化そうと、口の中にあった物を飲み込んだ一護は「もう身体には良くねぇだろ」とツッコミを入れる。こんな夜遅くにラーメンとチャーハンを食べている時点で、早食い以前に健康的な生活ではない。真面目な斬月は一護のツッコミに対してそれもそうだな、とすぐに手のひらを返すものだから、今度は一護が笑みを零す番だった。くだらない話をしながら、夜遅くに二人で悪いことをして
……
偶にはこんな日も悪くない。いつまでもこんな穏やかな時間を過ごしていたいが、先に食べ終わった斬月を待たせる訳にはいかない、と一護は残りのラーメンを急いで食べるのだった。
そうして、食欲が満たされた一護と斬月が夜風に当たりながらのんびりと帰宅してみれば、玄関で「随分とまァ、楽しいデートだったみたいだなァ?」と口端を吊り上げた片割れに笑顔で出迎えられることになるのは、まだ少し先の話である。
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