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来羅
2026-02-14 23:01:42
2129文字
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トワウォ
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春節(風信)
ワンドロライ第31回。
うう、と呻いて、持ち上げた頭がまた枕に沈んだ。
こんなはずじゃなかった。なかったのに。
「風邪だな」
容赦のない声は、けれども少しだけ残念そうに聞こえるのは都合のいい妄想だろうか。
「今日は寝ていなさい」
「
……
やだ
……
」
「やだ、じゃない。そんな熱でどうするっていうんだ」
「
…………
やだぁ」
ぐすぐすと鼻を啜る。熱でぼうっとする頭はいつもの半分も動かない。体の節々が痛いし、潤んだ視界はぼやけている。
「寝不足がたたったんだろうな」
しかたがないと息を吐く龍捲風の手がそっと額を覆って、その冷たい気持ち良さに目を閉じた。
こんなはずじゃなかったのだ。
こんな、風邪を引くために領収書の束と格闘したわけじゃない。
「だいろう」
「寝ていなさい」
「だって、デート」
「出かけるのはまたできる」
できる。できるけれども、春節は逃げてしまう。
新年の始まりと春の訪れを祝う春節は最も重要な行事だ。そしてそれ以上に、今年の春節は特別なものだったのだ。
養父と養い子、ボスとその右腕、親友、そこにもうひとつ恋人という関係が加わって初めて迎えるこの日を、龍捲風は理髪店と冰室の店休日という形で信一への想いに応えてみせた。
毎年、住人が入れ替わり立ち代わり新年の挨拶に訪れる大切な日だ。その日を、翌日まで、信一のためだけに空けてくれたのは並大抵のことじゃない。
新しい服を着て、祖先を祀り、それから初詣に行くはずだった。それからお前の好きなところに行こうと柔らかく目を細めた龍捲風が、尖沙咀でナイトパレードを見て食事をし、そのまま城砦には戻らない予定でビクトリアハーバーの花火が見えるホテルを押さえてくれていたことを知ったのはそのあとのことだ。
この時期に、そんな、どんだけ無茶したんだと呆れれば、持てる力はこういうときに使うものだとうそぶいた龍捲風が、いつになく楽しげだったから思わず泣きそうになったのもついこの間のこと。
それなのに。
それなのに。
「大佬、ごめ」
「ゆっくり寝なさい。こんな休みもたまにはいい」
謝ることもさせずに、龍捲風はただただ優しい。
じわりと浮かんだ涙がまた視界を歪ませた。
情けない。悲しい。辛い。頭が重い。苦しい。
「熱のせいだ」
少しだけかさついた指先が目元を拭う。思っていることが声に出ていたらしい。大佬、と呼べば露わにした額に柔らかな唇が落ちてくる。
「おやすみ」
抗いがたい眠気に瞼が落ちた。
寝たくない。こんな大事な日に。もっと、もっと、一緒にいたいのに。
「信一」
甘やかな声に、意識は途切れていた。
甘い。
甘い匂いがする。
薄っすらと目を開けた。眩しさにまた目を瞑り、呻く。今度はそうっと目を開ければ、視界いっぱい黄色い世界が広がっていた。
「
………………
なに」
「ああ、起きたか」
額から落ちた濡れタオルを拾って、龍捲風が手の甲を首筋に当てた。汗ばんだ肌はとくりとくりと緩やかな鼓動を返し、少しは熱が下がったんだろうことを告げている。
「
……
はな?」
視界の黄色、は部屋を埋め尽くさんばかりの花だった。
水仙。胡蝶蘭。百合。菊。グラジオラス。猫柳。それにマンダリンの鉢。
「え、なに?」
甘い匂いの正体はきっと百合だろう。
ポカンと見上げれば、龍捲風が困ったように笑った。
「お前にだ」
「
……
どういうこと?」
「お前が風邪を引いたと話したら、仲間や住人たちがこぞって見舞いだと寄越してきた」
信一がどれほどこの日を待ち望んでいたかを知るのは龍捲風以外には、数少ない。けれども龍捲風がこの日を『例年とは違う日』にしたことは皆が知っている。それが信一と過ごすためだということも筒抜けだったに違いない。
「あとで提子がフラワーマーケットの出店からスナックを買ってくると言ってたぞ。食べられそうか?」
「提子が」
「それに何か欲しいものがあれば阿七が用意すると言ってる」
「阿七」
「お前の弟分たちも、いつでも声をかけてくれと、おそらくその辺にいるはずだ」
「
……
あいつら」
「慕われてるな」
だから大佬は側についていてやってください、と言われたことは黙って龍捲風は汗で肌に張り付いた髪を梳く。
「少し妬ける」
片眉を上げてお道化た龍捲風が指先で頬をくすぐった。
「大佬が?」
「ああ」
「まさか」
「なんだ、俺が妬くのはおかしいか?」
「だって」
「だが、こうしてお前を独り占めできるのは悪くない」
今、龍捲風にサングラスはない。
間近ではっきりと見える瞳は、愛おしさにあふれていた。
嘘じゃない。だから、それは、嘘じゃないのだ。
「~~~~大佬、好き!」
呻きながら叫ぶ。
「まだ熱が高いんだな」
くすりと笑う声は優しい。
「手ぇ握って」
熱のせいにして甘える信一を、龍捲風は咎めなかった。
そっと絡んだ指先はやっぱり少しだけ冷たくて、気持ちがいい。
「来年、また一緒に出かけてくれる?」
「もちろんだ」
来年も、再来年も、その先も。
ずっと、とは言わなかったけれども、絡めたその手にはぎゅっと力が入った。
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