片桐
2026-02-14 21:57:37
2952文字
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【あんスタ・紅敬♀】ただ一人、特別なおまえに

紅敬♀、ES1年目。バレンタインの話。

 最近、蓮巳に避けられてる気がする。
 今日の仕事は早く終わったから、夕方にもなっていない時間に寮に戻ってこれた。このあとはまた出かけるなり、部屋で自由に過ごすなり、色んなことができる時間だ。いつもなら二人一緒に、特に用事のないまとまった時間ができれば、何がしたいどこへ行きたいとあれこれ言ってくる。けれど寮に戻った瞬間、蓮巳は逃げるように言ってきた。
「私は用事があるからな、また明日」
……おう」
 明日も仕事では会う。別に恋人だからといって常に一緒に過ごす必要もない。
 だが。こう、あからさまに避けられると、頭を抱えたくもなる。
「いや隠すの下手すぎだろ」
 暦は一月の終わり。正月が終わり、街が甘い空気に包まれる時期だ。蓮巳の怪しい行動の理由も、察しはつくが。
 一人残された俺は、ため息をついた。
「トレーニングでも行くか……
 一度部屋に戻って支度をして、ESビルのトレーニングルームに向かうことにした。

 そうして、二時間ほど黙々と筋トレをこなし、寮に戻った後。何か飲み物でもないかとキッチンへ向かう。
 一応、誰かいるのかと入り口からそっと覗いてみると、エプロン姿の神崎と目があった。
 その隣には、真剣に何か作業をしている蓮巳の姿。
 いつもなら真っ先に声をかけてくるだろう神崎も、今日は何も言わない。蓮巳に気づかれないよう、神崎がジェスチャーで何か伝えてくる。
 最初はわかった。口元に人差し指を立てて、静かに、っていう。秘密ってことだろう。そのあとは得意げな笑顔で胸に手をあてている。『我に任せて欲しい!』というところか。
 俺は頷き、指でオーケー、と答えてやれば、神崎は嬉しそうにしていた。蓮巳は集中していて気づかないようだ。キッチンは諦めて、部屋に戻ることにする。飲み物くらいなら部屋にもあるし。
 蓮巳が俺に頼ってこないのは、俺に知られたくないからで。流石に、俺のために作ってくれてる、ってことでいいんだよな? これで違ったらしばらく落ち込むぞ。
 まあ、真っ先に神崎に頼ったのはよかった。神崎なら安心だ。
 蓮巳が作ってくれんなら、炭みたいに苦かろうが岩みたいに硬かろうが食べきってやる自信はあるけど。菓子作りというか料理は慣れないと結構手切ったり火傷したりしやすいからな。
 俺たちは小道具を使うことも多いから手元はよく見られるし。そんなことで怪我してほしくない。でも、神崎が見ててくれるんなら大丈夫だろう。
 ……俺だけ仲間はずれみたいで寂しいとか、ちょっとガキみてぇなこと思っちまったけど。



 そんな感じの生活は半月ほど続いた。と言っても、この時期は何かと忙しいから元々そんなに時間が合うわけでもない。俺も仕事の合間に実家に帰ったりしてたし、蓮巳と神崎だって、合わせられたのはせいぜい数回だと思う。
 そして、バレンタインの当日。
 今日は朝から一緒に仕事で、夜に寮に戻ったときだった。
「鬼龍。少しここで待っていろ」
 蓮巳に呼び止められて、言われた通り共有スペースで待っていると、部屋から持ってきた箱を渡された。
「ちゃんと形にはなってるはずだ」
「ん、ありがとな」
 赤いリボンでラッピングされた箱は、俺の両手に乗るくらいのサイズだ。思ったより重さがあるから、ガトーショコラとかブラウニーとかか? なんだって嬉しいけど。
 前にも蓮巳から貰ったことはある。付き合う前も、付き合い始めてからも。なんか洒落た感じの箱入りのチョコ。俺が妹に連れられて行くショッピングモールの催事にあるようなのじゃなくて、専門店っぽいやつの。もちろん、それはそれで嬉しかったし、美味かったけど。
 でも今年は違う。蓮巳の――彼女の手作りだ。わかってはいたけど。本当に、俺のために作ってくれたんだ。
「彼女の手作り……
 人生で初めてだ。こんなに嬉しいもんなのか、と噛み締めていると。
「そんなに感動することか? 手作りではなかったが貴様には何度かやっただろう」
「そりゃ今までも嬉しかったけどよ。蓮巳が俺の為に一生懸命作ってくれたってのが大事なんじゃねぇか」
 俺や神崎と違ってそんなに料理とかする機会もなかっただろうし、なにより忙しい中で神崎に教わってまで用意してくれたんだ。
「いや、その、神崎にだいぶ助けてもらってしまったが」
「神崎は俺たちのことわかってくれてるし、いいんだよ」
 他の男に頼られてたら、心中穏やかでいられなかった気がする。神崎は蓮巳のことも俺のこともわかってくれているし、俺たちの関係も知っているから。神崎も忙しいのに時間割いてくれたんだ。後で礼をしないとな。
……鬼龍なら手作りなんて貰い慣れてるだろうに」
 まあ、母ちゃんは毎年俺と父ちゃんに手作りしてくれてたし、最近は妹も手作りしてくれるしな。妹は俺が手伝ってるしメインは父ちゃんにだけど。家族以外だと、小学生のガキの頃には貰ったこともあるんだが。
「いやー、あるっちゃあるけどよ。小学生の頃なんてどれも義理みてぇなもんだろ」
 みんなに渡すついでだと思う。貰ったらちゃんと返してはいたがな。
 と言うと、なぜか蓮巳は、信じられないというような顔をしている。
「き、貴様、なんということを」
「だって俺なんかがモテるわけねぇだろ。みんなに渡してるついでだって絶対」
……
 すごい不満そうな、物言いたげな顔をしてるけど。そんなもんだって。なぁ。
「俺がモテるような男だったら、おまえが初めての恋人じゃなかったと思うぞ」
……もういい」
 呆れたような、諦めたようなため息。なんだよ、本当に蓮巳が初めての恋人だし、多分本命で貰ったのも蓮巳だけだって。
「おまえだって本命以外にやったことあるだろ」
「確かに、家族以外だと幼馴染みのあいつらには贈ったこともあるがな」
 天祥院と朔間兄弟あたりは予想の範囲内だったが。改めて口にされると、そいつらが羨ましいと思ってしまう気持ちもある。話を振ったのは俺だが少しだけ後悔した。
「手作りは初めてだぞ」
「えっ」
 蓮巳は確かにあんまりこうしたイベントごとに興味が薄いのかもしれないけど。でも俺だけ、なのか。
「おまえは私の初めての恋人だからな。特別だ」
 我ながら単純だと思うけど、そんなこと言われたら舞い上がっちまうだろ。
 蓮巳はくすくすと笑っている。なんだよ、もう。
「だから妬くな」
「妬いてねぇ」
「ふふっ」
 あーもう格好つかねぇな。子供の頃よりずっと、イベントに振り回されてる気がする。でも。
「こういうイベントも悪くないな」
 俺が思ったのと同じこと、蓮巳が言った。なんか、面白いものが見れた、みたいな感じを受けるけどよ。でも実際、めちゃくちゃ嬉しいし、共有スペースじゃなかったら抱きしめてた。
「来月、期待して待ってろよ」
 俺だっておまえのことが好きで、特別なんだ。それに、俺がどれだけ嬉しかったのか、言葉だけじゃなく行動で伝えてやるつもりだ。
「別にお返しを期待してやったわけじゃないんだがな。でも、そうだな。楽しみにしている」
 おまえがくれた分の愛を。いや、それ以上を。
 その笑顔を、もっと見られるように。