紫よか
2026-02-14 21:45:13
4524文字
Public 刀剣乱舞
 

ラッピング・ラヴァーズ

加州清光×花 バレンタインデー。ほぼ花と京極正宗の会話

 なぜなのかは解らないけれど、好きな人には冬にチョコレートを贈るのがこの国のしきたりらしい。
 と、審神者の少年は歯抜けの歴史資料を見てほうと息を吐いた。家族、友人、仕事仲間、自分へのご褒美──そして、恋の相手。チョコレートを贈る相手はもはや誰でも良いようだ。なぜチョコレートなのかもわからない。それでも、何だかすてきな行事のようにかれは思った。
 ここ数年、万屋街でも凝ったチョコレートが冬になるとよく売られるようになった。特別訓練、ちよこ大作戦に乗っかった商業作戦なのだろう。いや、ちよこ大作戦がこの商業作戦に乗っかっているのかもしれない。どちらにせよ、可愛らしい包装やデコレーションに彩られたチョコレートが並ぶ店たちを見るのは、審神者の少年の心をうきうきさせた。

(私も贈ってみようかしら)

 そして今日、少年は賑わう街を歩いていた。そう決意して。ふと下を見れば、真っ白な雪がふかふかと道に寝転がっており、ブーツを履いた少年の足取りにいたずらのように絡まった。

「ご自身では作らないの? あるじさま」
「そういう人もいるかもしれないけれど、私は……その、ねえ、きっとこの目じゃ上手くはできないから。だから京極さんにも買ってあげるわね、相談と付き添いのお礼のチョコレート」
「うふふ、ありがとうあるじさま。あるじさまにもウーピーパイを作ってあげます。叔父さまにも青江にも頼らず、わたくしひとりで作ったものを」
「まあすてき。京極さんは道誉さんと青江さん、どっちが本命なのかしら」
「あら、秘密ですわ」
「もう、いじわる」
「うふふ」

 珍しく近侍の加州清光ではない別の刀剣男士を伴って、審神者の少年は万屋街の催事場に来ていた。かれの供をするのは京極正宗。片手に白杖を握り、片手は京極正宗と手を繋ぎ、催事場の賑わいをぐるりと見回した。かれの淡くにじむ視界には、ピンク色のイルミネーションが蛍のように舞っていた。

「バレンタインデー、バレンタインデー。ふふ」
「ふふっ、すてきな日。バレンタインデー」

 見るところ全てがはしゃいでいる愛の催事。なんてすてきなのだろうと、にこにことその言葉を舌で転がす審神者を見て、京極正宗はくすくすと笑った。

「それで。あるじさまは加州清光に、どのようなプレゼントを渡したいのかしら?」
……! それ、なのよ」
「あら?」

 歩きながら問いかける京極正宗に、審神者ははっとした様子を見せ、そして、しゅんと再び足元を見てしまった。

「加州さんって、どんなチョコレートが好きなのかしら」
「まあ、リサーチしてこなかったのです? あるじさまったら」
「だ、だって……恥ずかしい……
「あらあら」

 審神者と加州清光は恋仲であることは、かれの本丸の周知の事実であった。今さら恥ずかしがることなど何も無いように感じるが、審神者の少年にとって恋とはまだまだ不慣れで甘酸っぱい味のものであるらしい。

「あるじさまが誠意を持って渡すものなら、きっと何でも喜んでくれますわ」
「そ、それはわかっているけれど……でも、だからこそ一番特別なものがいいじゃない? って思うの」
「ふふ、あるじさまは一番特別なプレゼントをご所望と」
「そう……一番じゃないと」
「ここには一番がたくさんありますわ。あるじさま。今日はたくさん悩みましょう?」
「ええ……ありがとう、京極さん」

 催事場の中央に設置された試食コーナーは、ひときわ甘い香りに包まれていた。カカオの濃い香り、焼き菓子のぬくもりを抱きしめた香り、果実酒のほのかな酸味あふれる香り。人の波に合わせて、香りがゆっくりと混ざり合う。

「試食、できますって」
「まあ! いいの?」
「ええ、今日は誰もが一番を選ぶ日ですもの」

 京極正宗に導かれて、審神者は小さな皿を手渡された。指先に触れる紙皿の感触が軽く、なぜだか胸まで軽くなる。
 最初に勧められたのは、ミルクチョコレートのトリュフであった。表面はまあるく、可愛らしい。

「どうぞ、あるじさま」
「いただきます……

 口に含んだ瞬間、ふわりとほどけるように溶けた。甘さは優しく、後からナッツの香ばしさが追いかけてくる。

……おいしいわ」
「ふふ、安心する味。ですわね」

 京極正宗も同じものを口にし、目を細めた。

「でも、加州清光にはどうかしら? あるじさま」
「ええ、少し可愛らしすぎるかもしれないわ」

 次は、ビター寄りの板チョコレート。カカオの香りが強く、きっちりと角が立っている。

「これは……おとなの味ね」

 審神者はゆっくりと噛んで、考える。苦みの奥に、ほのかな甘さ。強くて、まっすぐで──どこか、加州清光の横顔に似ている気がした。

「加州さんに似合う、気もするけれど……
「あるじさま?」
「ううん、でも……
「ふふ、迷ってくださいまし」

 迷いは次々に生まれて、次々に溶けていく。
 オレンジピール入り、洋酒香るガナッシュ、ベリーのソースが中に入ったショコラ。どれも美味しくて、どれも違っていて、少年は決めきれなかった。そのたびに京極正宗は「これは真昼の味」「こちらは夜の味ですわ」と楽しげに言葉を添え、ふたりはくすくすと笑うのであった。

「ねえ、京極さん」
「はい、あるじさま」
「チョコレートって、食べるとすぐ消えてしまうのね」
「ええ、ふわりと溶けてしまいます」
「でも、消えても……残る気がするわ。甘かったって記憶は」

 京極正宗は一瞬、目を瞬かせ、それから柔らかくうなずいた。

「ええ、記憶に残る甘さ。素敵ですわ」

 試食の甘さがまだ舌に残るまま、ふたりは催事場の奥へと歩いて行った。喧噪が少しだけ落ち着く一角。そこには、チョコレートの山から離れた、小さなギフト専門の棚があった。
 ふと、審神者の足が止まる。
 透明なケースの中に、静かに佇んでいるものがあった。
 深い紅色の、一輪の薔薇。生花ではない、丁寧にラッピングされたプリザーブドフラワーで、花弁の縁まで崩れず、時間を閉じ込めたような姿をしている。リボンは控えめで、過剰な装飾はない。それなのに、どうしてだろう。ひどく目を引いた。

……あら」

 京極正宗が、かれの立ち止まった理由に気づいて微笑む。

「薔薇ですわね」

 審神者はケースに顔を近づける。揺れる視界の中で、その色だけが、確かに存在を主張していた。
「きれい……チョコレートとは、また違う気がするわ」

「ええ。甘いけれど、まっすぐで、強い香りの記憶」

 京極正宗はそう言ってから、少しだけ声を落とした。

「あるじさま、ご存じ? 一輪の薔薇の花言葉」
……いいえ? 知らないわ」
「『あなたしかいない』。そういう意味があるのですって」

 少年の胸が、小さく鳴った。

「あなたしか、いない……

 その言葉を、そっと口の中で転がす。重くはない、けれど軽くもない。あまりにもまっすぐで、逃げ場のない言葉。

……大胆ね」
「ふふっ。だからこそ、一輪の薔薇が背負う言葉なのかもしれませんわ」

 審神者は、ケースの中の薔薇から目を離せずにいた。
 溶けても記憶に残り続けるチョコレート。
 時間を止められたプリザーブドフラワー。

(加州さん……

 脳裏に浮かぶのは、赤い瞳とやわらかな声。「主」と呼ぶ時の、あの少しだけくすぐったそうな響き。

……ねえ、京極さん」
「はい、あるじさま」
「チョコレートだけじゃ、足りない気がするの」
「まあ」
「でも、薔薇だけでも……足りない」
 審神者の少年は、ゆっくりと息を吸う。
「だから、両方が良いわ」

 京極正宗の目が、嬉しそうに細まった。

「素敵な選択ですわ。甘さと、言葉と、形に残る想い……
……重くないかしら」
「愛とは、時に重いものですもの。でも加州清光なら」

 そこで、彼はいたずらっぽく笑う。

「きっと全部、受け止めてくださりますわ」

 少年はこくりと頷いた。
 もう、迷いはなかった。

「これと……さっきの、あのお花の形のチョコレート」
「承知しました」

 レジへ向かう足取りは、来たときよりも少しだけ軽い。ラッピングされた一輪の薔薇と、選び抜かれたチョコレート。
 「あなたしかいない」という言葉を、直接口に出す勇気は無いけれど──

(伝わると、いいな)

 ふたつの恋の形は、はっきりと審神者の少年の一番に選ばれていた。


 その日は、雪がしんしんと降る朝だった。
 本丸の廊下はよく磨かれていて、冬の光が淡く反射している。審神者は胸の前でちいさな紙袋を抱えながら、何度目かも分からない深呼吸をした。

(大丈夫。ちゃんと好きって気持ちを選んだのだもの)

 紙袋の中には、丁寧に包まれたチョコレートと、リボンが結ばれた一輪の薔薇。
 保存された花弁は瑞々しく、まるで時間だけがそこを避けて通ったみたいであった。

 縁側に、加州清光はいた。雪降る空を見上げながら、小さく鼻歌を歌っている。

……加州さん」

 審神者が声をかけると、加州清光はすぐにそちらを向いた。

「ん? 主。どうしたの、そんな改まって」

 審神者は一歩近づいて、紙袋を両手で差し出した。視線はまっすぐ向けられなくて、でも、逃げないように踏ん張った。

「その……遅くなったけれど。これ、バレンタインのプレゼント」
「え……

 加州清光は一瞬きょとんとして、それから、ぱっと表情を明るくした。

「え、マジ? 俺に?」
「ええ、加州さんに」

 受け取られた紙袋が、かさりと小さな音を立てる。加州清光は中を覗き、まずチョコレートを見つけ、それから──薔薇に気づいた。

「薔薇の花?」
 赤い瞳が、ゆっくりと瞬く。審神者は、胸に手を当てた。
「一輪の薔薇には……意味があるって教えてもらったの」
「意味?」
……『あなたしかいない』、ですって」

 言葉にした瞬間、心臓が大きく跳ねた。逃げ出したくなる衝動をこらえて、少年は続ける。

「チョコレートだけでもよかったのかもしれないけれど……でも、どうしても、これを一緒に渡したかったの」

 一瞬の沈黙。
 けれど、それは冷たいものではなかった。
 
 加州清光は、薔薇をそっと取り出し、指先で花弁の縁をなぞる。まるで壊れ物を扱うかのように、丁寧に。

……へへ。参ったなあ」

 小さく、照れたように笑ってから、審神者を見る。

「主さ、俺のこと、こんな風に想ってくれてたんだ」
……ずっと、よ」

 その言葉に、彼の目が少し潤んだ。

「ほんと、ずるい。そんなの……大切にしないわけないじゃん」
 薔薇とチョコレートを胸に抱き、加州清光は審神者の額に、軽く額を寄せる。

「ありがと。俺の主。愛してるよ」
「私も、だいすきよ」

 ふたりの間に、冬の風が吹く。けれど、ふたりの心は温かかった。
 
 この日確かに交わされた想い、『愛』で、ラッピングされていたから。