まきわ
2026-02-14 20:57:26
4362文字
Public クロリン
 

あと一歩の手前

バレンタインの現パロクロリンです
2人は同じ高校の3年と2年です
仲良しです。付き合ってないです

バレンタインデー当日の校内はどこか独特の雰囲気で満ちている。
チョコをあげる予定のある者やもらえる可能性に期待している者からは浮かれた空気が溢れ、既に諦めている者からはやや拗ねた空気が漂っている。
その空気を横目に生徒会室にやってきたクロウは扉を開けるなり、テーブルに置かれようとしている大きな箱に目を奪われた。
「あ、先輩」
箱を正に置かんとしていたリィンがクロウを見て微笑む。
クロウの方は半ば呆れた顔でそれを見た。
なにそれ」
聞くまでもなく箱の中に山積みになっているのはカラフルな包みのチョコレート達だ。
リィンが持ってきたわけはないから、受け取ったものなのだろう。
箱の陰になって見えなかったトワがぴょこっと顔を出す。
「リィンくん今年もたくさんもらったよねぇ」
「去年もすげぇ量だったもんな。つか更に増えてねぇか?」
「ははなんだか一年生からももらってしまって。さすがに食べきれないので生徒会の方で寄付にあててもらうことにしまして」
トワが生徒会長になってから、町内の福祉活動のようなものにも生徒会で精を出すようになった。
その一環で近所の学童施設などにお菓子を配ることがあるのだ。
確か去年も困り果てているリィンに声をかけて、寄付に回したはずだった。
「全部?一部は食ったりしねぇの」
「うーん、皆同じようにくれたものですし、さすがに不公平かなと。選ぶ基準もないですし」
「気に入った子とかいねぇのかよ」
揶揄い混じりに言うと、リィンは困ったように眉を下げてちらりとクロウを見た。
「この中に、そういう意味で、ならいません。というかそもそもなんで俺なんかって思ってるんですけど
箱を目線で示しつつ言うリィンにクロウはため息をついた。
「まーじで言ってんだからなぁ。ま、いいや。リィンお前それで用事終わりならオレんち来ねぇ?新しいゲーム買ったからやろうぜ」
誘いの言葉を向けると、リィンはぱっと嬉しそうに顔を輝かせた。
「行きます。トワ会長、それではこれすみませんがお願いします」
「うん、任せてね。きっと皆喜ぶと思うから。クロウ君はゲームばっかりしてたらだめだからね」
「母親かお前は。へいへい、そんじゃまたな」
「失礼します」
軽く手を振ったクロウと折り目正しく頭を下げたリィンは連れ立って生徒会室を出て行った。

リィンがクロウの家に行くのはこれが初めてではない。
入学した年に縁あって親しくなり、あっという間に距離が近づいた。
部活が同じというわけでもないのに、学年が違うにしては親しい間柄といえる。
加えて家が近かったこと、そしてクロウが一人暮らしをしていることから誘われてはクロウの家に行くようになったのだ。
どちらも部活に所属していない気楽な身であることも大きいかもしれない。
先輩はチョコ、もらってないんですか?」
並んで歩きながら、リィンは気になっていたことを聞いてみた。
クロウは頭の後ろで腕を組むとおおげさにため息をついてみせた。
「オレの学年のほとんどの女子はゼリカに渡してるっつーの。あーでもトワはオレ達三人にくれたぜ」
三人というのはトワが特に親しくしているアンゼリカ、クロウ、ジョルジュの三人だろう。
彼らの学年では色々な意味で目立つ四人だ。
「そういえばトワ先輩は俺にもくれました。箱に入れようとしたので慌ててもらったんですけど」
「なーんだしっかりもらってんじゃねぇか」
「それはまぁ、友人からもらったものは自分で食べますよ。そういう意味じゃないですし」
いわゆる友チョコというやつだろう。
他にも女子の友人は何人かいるから、彼女達から受け取ったものはさすがに別にしてある。
「どーだかねー」
「先輩は?」
重ねて聞くとクロウは何故かくす、と笑みを零した。
「だからトワくらいだって。あ、クラス全員に配ってるマメな女子からはもらったな」
そうですか」
少しだけほっとして出た吐息をマフラーに顔を伏せて隠す。
そして反射的に肩にかけた自分の鞄に視線を向けた。
……さすがに変、だよな)
またマフラーで口元を隠してため息をつく。
「あ、コンビニ寄ろうぜ。菓子買ってく」
「いいですけど、先輩ご飯ちゃんと食べてくださいね」
「お前まで母親みてーなこと言うなっての」
唇を尖らせて言ってからクロウの手がリィンの腕を引いた。
「ほれ行くぞ」
「わ、わかりましたから」
クロウの手はそのまま腕を辿ってリィンの手を掴む。
クロウは気軽にこうして触れるけど、その度にリィンは高くなる自分の鼓動に戸惑う。
(寒いのに、顔が熱くなる!なんか、暑い!)
リィンは今度はマフラーを引き下げてクロウに引っ張られるようにしてコンビニに向かった。

コンビニでスナック菓子をいくらか買い込んでクロウの家にやってきた。
育ち盛りの男子なので授業後から夕飯までのこの時間、何か食べたいのは事実だ。
リィンはいつも通りテレビの前にあるソファに鞄を置いてその横に腰を下ろす。
クロウの方はコンビニの袋をテーブルに適当に放るとキッチンへ向かった。
「飲みもん淹れるからちょっと待ってろ」
「はい」
リィンはソファに背を預けて息をついてから、また自分の鞄を見る。
が、断ち切るように首を振ってから立ち上がり、ゲーム機を出す為に立ち上がった。
何度も通う内にどこに何があるかは大体わかるようになってしまった。
クロウもリィンが家の中にあるものを触ることを厭わない。
ゲーム機をセットして菓子を袋から出していると湯気の立つマグカップを二つ持ったクロウが戻ってきた。
「ほれ、こっちお前の」
「あ、ありがとうございます」
テーブルに置かれたマグカップにはスプーンが添えられていた。
冬になってからはクロウの家に来ると出されるのは大体ホットコーヒーで、リィンはまだその苦みが苦手だったけれどクロウがブラックで飲むので懸命にそれを真似してブラックで飲んでいる。
だからスプーンは必要ないはずなのだが。
不思議に思って中を覗き込むと、いつもよりとろりとした茶色から甘い香りが漂っている。
あれ?これって
「ん-っとソフトどこ置いたっけか」
テレビ台の下の戸棚を探っているクロウの背中に一度目をやってからそっとマグカップを持ち上げる。
顔に近付けると甘いチョコレートの香りが確かにした。
(ホットチョコレートだよな)
どくん、と胸が大きく鳴った。
(バレンタインだから?でもさっき買ってた中にはなかったしそれにそれなら何か言いそうな)
無言でさらっと置かれると妙に意味深で勘ぐってしまう。
リィンはまた顔が熱くなっていくのを感じながらちらりと横目でクロウのマグカップを見た。
そちらの方は、見た感じ普通のブラックコーヒーに見える。
(どうして?!もしかしていやそんなバカな、でも、いや!)
混乱してぐるぐると頭の中を思考が巡る。
そうこうしている内にソフトを見つけたらしいクロウがソファに戻ってきた。
「あったあった」
リィンはカップを口元に寄せたまま目を回しかねない顔をして固まっていた。
(でも、それなら!)
クロウがソファに腰を落ち着けたのを合図にしたように、リィンはカップをテーブルに置いて自分の鞄に手を突っ込んだ。
「っせ、せんぱい!」
声が変に上擦った。
「ん?」
音量も大きすぎたから、クロウが驚いた顔でリィンを見た。
「こ、これその、よかったら。いっ、いつもお世話になってますし、だから、あの」
言い訳のようなセリフはそこで尽きた。
顔どころではなく耳まで熱い気がする。
突き出したリィンの両手には鞄から取り出したラッピングされた箱がある。
クロウは目を見開いてその箱をしばし見つめてから、にや、と口の端を上げた。
「なんだ、ハート型じゃねぇのか」
「そっ、それはさすがに」
更に顔を赤くして言うとクロウはおかしそうに笑ってからリィンの手の中の箱を受け取った。
「サンクス、嬉しいぜ」
そう言って、驚くほど優しい顔で笑い、そしてそっと箱に口づけた。
それを見た瞬間リィンの頭は真っ白になって数秒意識が飛んでいた。
そして意識が戻ると目の前にクロウの顔があった。
「おーいどうした大丈夫か?」
「ひぇっ。い、いえ!」
慌てて距離を取ったが自分の鞄に突き当たってそれほど離れなかった。
まだ近い距離を意識しながらリィンは襟元に指を突っ込んで大きく息を吐いた。
なんか、暑くないですか」
「そうか?エアコン下げるか」
エアコンのリモコンに手を伸ばしているクロウを見ながらリィンは軽くネクタイを緩めつつ深呼吸をした。
けれどまったく気持ちが落ち着かない。
クロウの唇が触れたのは渡した箱であったはずなのに、まるでリィン自身の額に口付けられたような気がしていた。
じんじんとおでこか熱い気がしてリィンは熱を測るように手を額に当てた。
(どうしてあんなことそれに嬉しいって。俺からなのに、可愛い女子からとかじゃないのに、本気で?いや、先輩の事だから気を遣ってくれただけかも。でもならどうしてあんなこと!)
ぐるぐると思考が巡って、けれどそれを聞く勇気は持てずにリィンは横目でクロウを伺った。
リィンの渡したチョコはまるで大切なもののように膝に乗せられている。
……溶けちゃいそうだ)
チョコが、なのか自分の頭がなのかわからないまま心の中で呟く。
どこかぼんやりしたままのリィンはその日、対戦ゲームでぼろ負けすることになった。

………
終始顔が赤い様子だったリィンを彼の家近くまで送って戻ってきたクロウはテーブルに置かれたままになっていたカップをじっと見つめた。
「どういう意味って聞いてくれりゃ答えたんだがな」
苦笑して、自分の分も併せて流しに運ぶ。
まさかあちらからもチョコをくれるとは思っていなかったから、よっぽど押し倒してしまおうかと思った。
けれどいまいち不安なのだ、リィンがどこまでそういう感情を認識しているのか。
「押し倒したら「最低!」とかって平手打ちされた~とか勘弁だしなぁ」
せっかくここまで近づけた今の関係を崩したくはない。
(とはいえ、卒業までにはなんとかしてーとこだよな)
卒業してしまえば今のように毎日は会えなくなる。
あの箱の中のチョコを見るまでもなく競争相手は多いので、そうなる前になんらかの決着をつけたいと思っていた。
「ま
クロウはソファに腰を下ろしてリィンがくれたチョコの箱を手に取った。
「今日のとこはこれをもらえて及第点ってとこにしとくか」
呟くと、クロウは本人にするかのように優しくそっと箱に口づけた。