まだその日がバレンタインデーなんて知らないころ。ペンギンとシャチの母親たちは、幼い息子たちに上品な装飾が描かれた菓子箱をくれた。二人で仲良く食べなさいね、と言いつけて。
箱をあけると、中には色とりどりにコーティングされた綺麗なチョコレートがあった。
わぁ、とペンギンとシャチが声を漏らす。
「シャチ、どれがいい?」
「えぇと、これかな」
「じゃあおれはこっち」
二人でそれぞれ選んだチョコを取り上げて、口に運ぶ。ふたりの瞳が同時に輝いた。
「んーまっ!」
「これ、ホワイトチョコの中にドライフルーツが入ってる」
「こっちはラズベリーのジャムだ」
次はどれ、こっちはどんなのだろう、とふたりで話しながら、一つずつチョコを食べていく。
見た目も中に入っているものもいろいろで、味を想像しふたりで答え合わせするのも楽しい。
ホワイトチョコに紫のチョコでデコレーション、レーズンとか入ってるかな?
シャチが考えながらそのチョコを摘み上げ、口に運ぶ。
「あ」とペンギンが上げる声が聞こえ、シャチは振り向いた。
ペンギンが思わず言ってしまったという顔で、慌てて手を振る。
「なんでもない……」
(……あ)
ペンギンもこれを食べたかったのか。
そう気づき、シャチは椅子から立ち上がる。シャチがペンギンに身体を近づけ、への字に結ばれたその顔を小さな両手で押さえた。
「え? しゃ、」
困惑の顔で見上げてくるペンギンに、シャチが唇を押しつける。驚いて固まったペンギンの口に、シャチは口の中のチョコを舌で押しこんだ。そして、目を白黒させているペンギンをまっすぐに見つめる。
「ペンギン。欲しいものは欲しいってちゃんと言えよ。おれに遠慮ばっかりするなよ!」
ペンギンがなにか言いかけ、口の中にチョコがあるのを思い出して、もごもごと咀嚼する。ごくんと飲みこんでから、ペンギンはシャチに頷いた。
「……うん。でも、シャチも今みたいにおれに欲しいもの譲ったらダメだ」
「あ、ほんとだ」
素直に答えてくれる弟分に、ペンギンが笑みを浮かべる。
「じゃあ、今度はシャチが欲しいの食べな? どれが欲しい?」
ペンギンが訊ねると、シャチは箱の中に残ったチョコを見比べた。その中の一つを取り上げる。
「……これ」
「そっか! うん、」
微笑んで頷いたペンギンが自分の口にチョコを咥えた。
「……え?」
目の前で意地悪をされて、シャチはどうしたらいいのかわからずにいると、ペンギンがチョコを咥えたまま、シャチの唇に飛びついた。
◇
「シャチどれにする?」
「んー、じゃあこれ」
ポーラータング号の食堂で長方形の箱に所狭しと並ぶチョコレートの粒をペンギンとシャチが覗き込んでいる。
「うん。どうぞ」
シャチは選んだ一粒を、微笑んで頷いたペンギンの唇にそのチョコを押しこむ。
「……?」
シャチがが食べたくて選んだんじゃないの?
見守っていたクルーの誰もがそう思った。
どうすんの、チョコを咥えたままでいるペンギンに静かに視線が集まる。
シャチは少し顔を赤くしてペンギンを見つめ、ねだる。
「ちょうだい」
「ん、」
当たり前みたいに、チョコを咥えたままのペンギンが頷いて、ふたりの唇が近づいた。
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