真九龍
2026-02-14 15:40:24
2457文字
Public 小説
 

ほっとタイム ─ Hot Time ─

鳴ライでバレンタイン……ぽいお話。
注1:両想いな鳴ライになっています。
注2:ライドウremaster版をプレイ及びクリア済み。

 大正二十年、帝都に雪積もる冬の氷点下日。
 近年まれに見る大雪に因り、帝都の交通網は見事に麻痺していた。自動車は積雪でスタック、若しくは凍結でスリップ。路面電車の線路も雪に埋まり、人の手で除雪しないと走行は不可能に等しい。
 鳴海は欠伸を掻きながら帝都の大雪情報をラヂオで聞き、連続登校日数記録を順調に更新する愛しき想い人──ライドウを待つ。石油ストーブの近くには、お目付け役たる黒猫ことゴウトが座布団の上で丸まり、眠っていた。
 普段はライドウと一緒に探偵社を発ち、筑土町の何処かで時間を過ごすゴウトだが、此処連日の降雪と外気の冷寒が応えたのか、外に出歩くのを止めているらしい。
 何時まで続くやら、雪の日々。
 雪を見て喜ぶのは幼児や児童くらいだろう。防寒対策を徹底し、適度に休憩を挟めば延々と遊び倒すことが出来る。雪だるま作り、雪合戦、かまくら作り。いや、かまくらは積雪がもっと無いと難易度が高いか。

(あの子は──ライドウは、同世代の子達と雪で遊んだことが……いや、あの里のことだ……娯楽と言う娯楽は──)

 十四代目葛葉ライドウを襲名する為、あの子は幼少の頃から厳しい修行を積んできた。其の反動故に、娯楽にはとても疎い。雪で遊ぶことも知らないだろう。降雪が落ち着いたら、屋上で雪だるまを作ってみるのもいいかもしれない。
 自分に似た雪だるまと、ライドウに似た雪だるまを並べて──。

「只今戻りました……!」
「お帰り、ライドウ。雪で濡れたものは全部脱いでおけよ」

 探偵社出入り口のドアが開き、ライドウが帰宅する。彼の頬は真っ赤に染まっており、外が如何に寒かったのかよく分かる。鳴海は所長専用椅子から立ち上がり、外套と帽子、及び手袋を脱ぎ、ストーブ近くの椅子に腰掛け、冷え切った身体を暖めるライドウの肩に橙色のブランケットを掛けた。

「寒かっただろう?此れを掛けておけば、冷えた身体も直ぐ暖まるからな」
……!有難う御座います」

 ブランケットは先程まで鳴海の膝に掛かっていた。愛しき想い人の温もりが残るブランケットは、寒気で底冷えしたライドウの身体を優しく包み込む。

「暖かい飲み物を準備してくるから、少し待っててくれ」
「はい」

 鳴海はライドウに笑顔を向けながら、執務兼応接室を後にした。
 鳴海を待つ間、ライドウはストーブに手を翳す。揺らめく炎の熱気は、指先まで冷え切った手をじんじんじわじわと温め、体内に熱を流していく。鳴海が掛けてくれたブランケットの効果も有り、熱の戻りが早い。ふと窓に視線を送ると、雪は未だ降り続いていた。
 雪、雪、雪。真っ白な雪。銀世界。
 ずっと眺めていると、暖まりつつある身体が再び冷えてしまいそうだ。ライドウは窓から視線を逸らし、ストーブの炎を見詰めながら鳴海を待つ。


煌々揺ら揺ら
赤と青の炎は熱々と燃える
ひらひらきらきら
白と銀の雪は寒々と降る


「おっとと、とぉ……(危ねぇ危ねぇ……危うく零すとこだったぜ……)お待たせ、ライドウ。温か~いココアを淹れてきたぞ」
……?ココア?」

 鳴海がトレイを抱え、執務兼応接室に戻って来た。トレイの上には、二つのカップ。カップは晴海町の掘り出し物市場で発見した、二つで一つの意味を成す所謂”ペア”ものである。其のペアカップに、鳴海はココアなるものを淹れてきたようだ。珈琲でもなく、カフェオレでもなく、お茶でもない。初めて聞く飲物の名に、ライドウは首を傾げる。

「(可愛い……)味は飲んでみたら分かるさ」

 其の仕草につい破顔しそうになる鳴海だが、平静と冷静を専念し、抱えているトレイを応接テーブルに置く。そして、ライドウ用のカップを手に持ち、愛しき人に手渡した。

……茶色い、ですね──あれ……?此の香りは……

 振動で波打つココアの色を見て、一瞬戸惑うような声を出したライドウだが、覚えの有る香りが鼻を掠めた時、戸惑いは直ぐに消失する。

(甘くて、でも、少しほろ苦いような……

 鳴海はにこにこしながら応接椅子をライドウの隣に移動させ、もう一つのカップを手に取って腰掛けた。

「ライドウ。温かいものは冷めないうちに、だ」
……!頂きます」

 鳴海はココアをじっと見詰め続けるライドウを催促する。そうだ、此れは外気で冷えた自分の身体を温める為に鳴海が淹れてきたものだ。香りも覚えの有るものだから、決して変な飲物ではない。と、信じたい。ライドウはココアに何度か息を吹きかけた後、意を決し、口に含む。
 甘くて少しほろ苦い。此の味は、口の中の熱で蕩けていくあのお菓子と一致する。

「──!チョコレートの味だ」

 覚えの有る香りの正体は、チョコレートだった。鳴海の「味は飲んでみたら分かるさ」という台詞を漸く理解し、妙に疑っていた自分が恥ずかしくなる。

「茶色の食べ物は日常で目にするけど、飲物はあまり見かけないからな」
「チョコレートが飲物に……凄いですね」

 時代は常に移り変わり、新しいものが常に生み出される。ココアもまた、チョコレートから派生し誕生したもの。固形のチョコレートと比べると、ココアはあっさりとしながらもまろやかな風味となっており、意外と飲みやすい。

「温めた牛乳で溶くと、ココアのまろやかさがより際立って美味いんだぜ」
「──とても、美味しいです」

 ココアの味が気に入ったのか、ライドウはふわりと微笑みながらカップに口付け、少しずつ口に含んでいく。甘い温かさが、身体にじわじわと浸透する。ココアを飲み、ほっと一息つくライドウを見た鳴海は、帝都の守護を背負う十四代目葛葉ライドウと言えど、あどけない年相応の少年なのだとつくづく実感する。

……?どうかしましたか?鳴海さん」
「ん~……そうだなぁ……こういった時間も良いな、と思ってな」

 依頼も来ない、何も無い刻。
 此の時間を幸せだと感じるか、或いは儚いと感じるか──。