ここ最近のミアレシティは赤やピンクの装飾がやたらと増えていたように感じる。花屋やレストラン、ジュエリー店などは特にそれが顕著だ。ショウウィンドウを飾るバラやハートの飾りで、今日が一体何の日かを多くの人に伝えているようだった。
今日はバレンタイン。カロス地方で暮らす恋人たちにとって特別なイベントとなっている。バレンタインには贈り物をし合ったり、ディナーを楽しんだり、中には旅行をしたりする人たちもいるようだ。街中にもちらほらと恋人たちが一緒に過ごしているのがわかる。
夕刻頃になってからはイルミネーション装飾なども光を増し、暗くなりかけの街も鮮やかに照らしていた。
そんな中大きな紙袋を持った男女が二人、同じ方向へと並んで歩いていく。ガイとセイカはホテルZを住まいとしている仲間である。二人だけではなくエムゼット団の仲間の分の食事の用意をするともなれば、かなりの量の買い物にもなるだろう。一人では手が回らず今日は二人で買い出しをしていた。
今日という日だ、期待する人がいるかもしれないが二人は別に恋人同士ではない。街の空気によってはそう見えてしまう人もいるかもしれない。
「買い物付き合わせて悪かったな」
「ううん、気にしないで。ごはんいつも作ってくれてるし、むしろおつかいくらいするのに」
「やりたくてやってるからいいんだよ」
そう言いながら両手で紙袋を抱え直すとガイはちらりと辺りを見渡す。
「相変わらずこの時期は盛り上がるな」
プリズムタワーの問題や、ワイルドゾーンなどの野生ポケモンの問題こそまだ見直す点はいくつもあるが、やはりこういったイベントごとには街の人たちも積極的なようであった。昼間は花屋に男性たちの列ができていたのも印象的だ。恋人に贈るバラの花でも買っていたのだろう。
「ふーん。あっ、ガイはそういう相手いないの?」
「そういう相手ってなんだよ」
相槌をうちつつ、セイカは興味深そうにガイに問いかけた。恋人、そう言いながら紙袋を抱えた手を少しだけ離し、親指と人さし指を重ねハートマークを作る。心なしか顔がにやりとしているように見えた。
「おいおい、いるように見えんのかよ」
「ガイは意外と人気者だからね」
意外とは余計だよ。そう言いながら肘で軽くつつくと、セイカはクスクスと笑いながらガイに肩を寄せた。
「じゃあガイもホウエンにいたらいろんな人にチョコとかもらってるのかな?」
「なんだよその話」
「んー文化の違い?」
聞けばバレンタインというのは地域によって風習が違うようだ。カロスでは主に恋人同士のイベントで男性から女性へ贈り物をするのが一般的だが、別の地方では女性が好きな男性にチョコレートを渡すらしい。まぁお世話になった人へ義理で渡したり、友達同士で交換したりすることも多く、話を聞く限りバレンタインに理由をつけてチョコレートを食べたいだけの人もいるんじゃないかと思う。
「もしそういう文化だったらガイはチョコレートをもらえたら嬉しい?」
「えっ、まぁ嬉しいんじゃないのか?」
全く知らない奴から貰ってもどうしたらいいか分からないが、仲のいい友達とかだったら当然嬉しいだろうと思う。それこそ今隣にいるセイカからだったら素直に喜んでしまうと思った。贈り物というのは誰かの事を考えて初めて成立するものなんだし。そんなようなことをかいつまんでガイは口に出していた。
「ふむふむなるほどね」
「何が言いたいんだよ」
そう問い詰めるとセイカは「別に~」と、ひと言言うだけで多くは言及してはこなかった。ただ少しだけ声が弾んでいるような気がした。
そういった話をしながら鮮やかな街を歩いていればやがてホテルZへとたどり着く。入り口を開け中に入ると、抱えた荷物を厨房へと運び冷蔵庫などに整理して入れる。二人で作業を行えば手早く終わるだろう。いざ夕食の準備に取り掛かろうという時にセイカから「ちょっといい?」と声をかけられる。
「なんだよ、今日はやること少ないから手伝いはなくてもいいぞ」
そう言いながら首を傾げると、それはそれで申し訳なさそうにしていた。
「ごはんはガイに任せちゃってゴメン……なんだけどそれとは別に」
そう言いながらガイの目の前に小さめの紙袋が差し出される。おそらくスイーツ店のものだろう。
「さっきの買物中に買っておいたの」
そういえば先程の買い物中、途中で見たいものがあるからとガイのそばを離れていたときがあった。もしかしてその時に買っていたのだろうか。確かにあの店にはギフト用のスイーツコーナーもあったような気がしたのを思い出した。
「バレンタインだからね、ガイにあげる」
「えっ」
いつもお世話になってるから。そう言いながらセイカは軽く眉を下げながら笑った。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
お礼を言えばセイカは更に嬉しそうに笑った。その笑顔を見たとき、なんだか胸の奥がどきりと高鳴ったのがわかった。見慣れている顔なのになぜだろうか、バレンタインの空気に毒されているのかもしれない。
他の地方じゃ女性が好きな男性にチョコレートを渡す。ついさっきしていた世間話が妙に頭に残っていた。セイカはお世話になっているからと言っていたが実際はどうなのだろうか。この場で聞いてしまってもいいのだろうか。そんなことを考えながらセイカの顔を見ると、タイミングよくセイカの口が開いた。
「それ、渡すのガイだけだからね」
セイカは言い捨てるように放つと、こちらの反応を確認するまでもなく厨房に背を向けて出ていってしまった。ガイはその場で取り残され、呆気に取られた顔で、見えなくなったセイカの背中を見つめることしかできなかった。
はっとして追いかけようと足を一歩踏み出すと、紙袋の中にメッセージカードが入っているのがわかった。ガイは急いでカードを取り出し中身を確認すると、そこには遊び心のある文字で短めにメッセージが書いてあった。
『いつもありがとう、来月期待してます』
キラキラしてハートが散られたカードの真ん中に分かりやすく書かれた言葉はガイの疑問点を増やすだけだった。
「な、なんだよ来月って」
一ヶ月後、何かがあるのだろうか。自分には馴染みのないことばかり、この短時間で味わってしまっている。ガイはセイカの行動に対して頭の中をいっぱいにしつつも、すぐにやってくる夕食のために手を動かさなければならなかった。
その後セイカにもらったチョコレートを自室でゆっくり味わいながらスマホロトムを見ていると、そこでホワイトデーという存在気づいた。ホワイトデーとはバレンタインデーのお返しをする日らしい。これは言葉通り義理というものか、いや渡したのが自分だけならば本命なのか、それとも3倍返しというユーモア狙いなのか。ガイは更に頭を抱えてしまうのであった。
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