悠環 彰
2026-02-14 09:10:33
3535文字
Public MCU:サム関連
 

Still in bud

ホアとサムと桜の話。

公開一周年おめでとうございます!
ステキなスクリーンデビューをありがとう!



 キーを打つ手を止め、デスク下に置いたステッパーから足を下ろしてホアキンはぐっと上半身を伸ばした。そして、ふーと息を吐きながら脱力する。ひと休憩とばかりにエナジードリンクの缶に手を伸ばしかけ、寸前でぴたりと止めて立ち上がり冷蔵庫に向かうとスポーツドリンクを取り出す。そして、冷えたそれをぐっと喉に流し込んだ。
 ヘマをしてインド洋に落下してからあとふた月ほどで一年が経とうとしている。今はもう病院のベッドを出て軍内でのオフィスワークに復帰し、フルタイムで働けるぐらいには回復した。まだ屋外任務への同行は許されていないが、サムやイザイアとの基礎訓練は最近やっと許可をしてもらえたところだ。しかし、入院中ベッドに閉じ込められていた間にだいぶ筋力も落ちてしまったので、こうしてデスクワーク中にできる筋トレも並行して行っている。残念ながら翼を背負っての訓練はもう少し先になるかもしれない。とは言え、飛ぶことへの恐怖心が植え付けられなかったのは我ながら感心した。
 まぁ、あの人と飛ぶ空が怖いなんてこと、ある訳ないんだけど。
「ホアキン、いるか」
 扉が開き、サムがやってきた。
「ハイ、サム」
「ああ、いたな」
「そりゃあ、俺の職場だしね。何か用事?」
 今は特段任務などはなかったはずだし、トレーニングは休みの日だ。一体何用だろう、緊急で何かあったのだろうかと首を傾げる。サムはソファでスポーツドリンク片手に寛いでいるホアキンの姿を見て、一つ頷いた。
「よし、暇そうだな。出かけるぞ、準備しろ」
 は、と突然の展開に間抜けな声が出てしまう。急に来て出かけるぞってどういうこと? 俺に選択権はないワケ? っていうか言うに事欠いて人のこと暇そうって、アンタだいぶ失礼じゃない?
「ほら、置いてくぞ」
「ぇ、ちょっと、待ってよ行くってどこに……ああもう!」
 ホアキンの困惑も意に介さず、サムは踵を返して先程入ってきたばかりの扉から外に出ていこうとしてしまう。慌てて立ち上がるとパソコンにロックをかけ、ダウンジャケットとモバイル、財布など最低限をひっ掴んでその背中を追いかけた。
「サム!」
 小走りに追いかけ、一体何事なんだ、どこへ行くんだ、緊急の任務なのかと色々問いかけてみるが、サムは「いいからついてこい」の一点張り。とは言え、ホアキンが早足で追いつける程度の速さしか出していないし、向かった先はサムの車だったので緊急の任務とかではないんだろう。常々思ってたけど、サムってけっこう強引なとこがあるというか、なんというか。不満げに唇を尖らせブツブツと文句を言いながらも助手席に収まる。その姿を横目に見てふっと笑いながら、サムはサングラスをかけエンジンをかけた。
 基地を出発してD.C.の街中を通り、ほどなくして車は停まった。「っていうか暇ではなかったけど」「休憩中だっただけ」「筋トレだってやってた」と車内で賑やかしくしていたホアキンだったが、目的地が判明するとお喋りは少しずつ大人しくなった。降りるぞ、と声をかけられサムの後を追い車の外へ出て、周囲を見回すとホアキンは僅かに眉を顰めた。
 ここ、ヘインズ・ポイントはD.C.でも有数のサクラの名所だった。ホアキンも友人とサクラを見ながらランニングなどをしたことがある。だが今は、まだサクラの時期ではないという理由だけではなく、だいぶ景色を変えてしまっていた。
 そう、ここはサムがデカく凶暴になってしまった前大統領と戦った場所だ。アスファルトはキレイに敷き直されていたが、ヴィヴラニウムのウィングから発せられる衝撃波とハルクのようになったロスのパワーのぶつかりあいで、かなりの数のサクラの木が犠牲になった。被害を受けたサクラの木はどうやら撤去されたようで、その跡にまだ若く細い様子の木が新たに植えられている。
 ホアキンは知らず、下ろしていた手を固く握りしめた。
 あの戦いは、病院で目覚めてから少ししてデータを取り寄せ一通り目を通した。激しい戦いだった。レッドウィングはバラバラになり、ヴィヴラニウム製のウィングは片翼をむしり取られ、サムも片腕の骨折をはじめあちこちに酷い傷を負った。
 ベッドの上でその映像を繰り返し見ながら、ホアキンは悔しさに何度も泣きそうになるのを唇を噛んで堪え、爪が食い込むほど拳を握りしめた。あの時、調子に乗らずサムの忠告を聞いていたら、海に突っ込まずに済んだだろうか。そうしたら、この厳しい戦いの場にサムを一人で立たせずに済んだだろうか。でも、自分がその場にいたとして、本当にサムの力になれるのか。
「ホアキン」
 呼び声にハッと顔を上げると、少し先まで歩いたサムが振り返り、ホアキンを手招いている。暗い気持ちを振り払うようにぶんと頭を振り、そちらへ向かって走る。
「なに?」
「こっちだ」
 追いつくと、再び先導するように桜並木の方へと歩いていく。いくつもの若い苗木の間を抜けた奥、土が掘り起こされたところの側に一人の男性が立っていて、彼と軽く挨拶を交わすとサムは足を止めた。
「悪いな、よろしく」
「そんな、光栄ですキャプテン」
 握手をした後に差し出されたのは、一メートルほどの細い苗木だった。周りに植わっているのとほとんど同じものだ。
「これは?」
 その苗木を、この周辺の植栽の世話をしているという男性が手際よく穴の中へと据えていく。それを眺めながらホアキンが首を傾げつつサムに問いかけると、彼はこちらを見て微笑んだ。
「サクラの苗木だ」
「いや、まぁそれはなんとなく分かるけど……
「実はな。あの後、日本のオザキ首相からサクラの苗木が届いたんだ」
 戦いの後。アダマンチウムを巡る協定についての国際会議に出席するために訪米したオザキ首相から、インド洋でのことについて改めて感謝が伝えられたのだという。そして、日本から米国へ再びの友好の証にサクラを贈りたいとの言葉もあり、こうして被害を受けたヘインズ・ポイントに新たなサクラの苗木が植えられた。
「これは、その内の一本だ」
「へぇ」
「他人事みたいな声出すなよ。その中でも俺と、お前宛で貰ったやつだぞ」
「え、俺……?」
 きょとん、と目を丸めるホアキンを、サムは少し呆れたように笑いながら小突く。
「お前はベッドの上だったから残念だったが、首相はお前にも感謝の言葉を伝えてほしいって言ってた」
「俺にも」
「命がけでミサイルを止めたのは、お前だろう」
 心配していた、無事で良かったってさ、と言って苗木の方へと近寄っていく。そして何か言葉を交わしながらふんふんと頷く後ろ姿を、どこかふわふわとした気持ちで見つめる。
「ほら、ホアキン。土被せるの手伝え」
 再び手招くようにされて、ホアキンも苗木に近づいた。サムと並んで周囲に避けられていた土を根に被せてやり、軽くトントンと叩く。まだ若く、細く、無事だったサクラの木に比べれば頼りなくも見えるサクラの苗木。
「本当に、これがあんな立派なサクラの木になるんだ?」
 不思議そうに呟くと、そうだなぁとサムも頷く。
「バラつきはありますが数年経てば見上げるくらいに大きくなりますよ」
 そう告げつつ植えた場所を整え道具をまとめると、男性はそれではと一つ会釈をして去っていく。
 じっと苗木を見つめながら、ホアキンはふと考えた。このサクラが大きくなる頃、自分はどれだけ成長できているだろうか。サムやイザイア、サムの周りのヒーローたちに比べればまだこの苗木みたいにひよっこの自分が。
 先程悔しさに握りしめた拳を、今度は決意を込めて握りしめる。
「ねぇ、サム」
 昔テレビやネットの向こうにいた憧れのヒーローの瞳が、こちらを、ホアキンを映す。
「毎年、ここにこのサクラの成長を見に来ようよ」
 俺と、アンタと、一緒に。
「二人並んで、このサクラが満開になるのを見よう、絶対」
 それは、未来の約束。いつかこのサクラが満開の花を咲かせる時、同じように大きく成長して、この人の隣に並んでいられるように。何度もかけられた、死ぬなよという祈りへの返事。
……そりゃあいいな」
 噛みしめるような声で、サムが苗木を見つめる。ホアキンもまだ見下ろす高さの苗木を見つめ、改めての始まりとも言えるこの景色を焼き付けた。
「よし」
 しばらくその場に並んで佇んだ後、サムが気を取り直すように手を叩く。
「このへんで何か食って帰るか」
「お、いいね! 俺実は行ってみたい店があってさ……
 そしていつもの調子を取り戻し並んで歩いていく二人の背中を、手を振るようにそよぐ風に揺られた苗木が見送った。